第27話 譲れない誇りが【わたし】にはあるッッ!!


 という訳で――


「わたしは帰って来たぞ!! 秋葉原ッッ!!」


 万感の思いを込めてもろ手を上げれば、そそくさと視線を合わさず通り過ぎていく同志オタクたちの姿が。


 東京、秋葉原。いわゆるヲタクの聖地である。


 チェック柄のシャツに、アニメプリントという紳士の服装に身を包む益荒男ますらおたちは、誰もかれもが関わりたくないというオーラを全開に出してわたしの横を素通りしていった。


 相変わらずシャイな野郎だ。


「いやー二日ぶりの帰還だというのに、この萌えと尊さに溢れた街並みはいつ見ても感慨深いものがあるねぇ」


 と言っても受けた仕事を投げ出してオタ活するほど、わたしだっていい加減じゃない。


 通すべき筋をちゃんと通すのがわたしのやり方だ。

 もちろん件の引きこもりである富岡しのぶをちゃんと連れてきた訳だが――


「おいどうした? もっとはしゃげよ。なにそんなしらけた顔してんだ」


「……あたしとしてはこの状況で、なんでアンタはそこまでテンション高くいられるのか不思議なんだけど。……人前だよ? 道端でガッツポーズとか信じらんないんだけど」


 よれよれの制服姿で「ねぇそんなことして恥ずかしくないの?」と呆れた目でわたしを見てくるが、そんなのどうでもいい。


 むしろ「一向にかまわん!!」と堂々とない胸張って宣言してやれば「これが大人か……」と項垂れるように頭を抱えられ、げんなりと乾いた嘲笑を頂戴する始末。

 わたしだって一般常識にそぐわないことをしている自覚はある。

 だがそんなちっぽけなプライドなど、推しの前では無力に等しい。というより――


「なんだよそんなデカいため息吐き出して。アキバだぞアキバ。ヲタクの聖地。楽しいのはこっからだろうが。はっ――!! もしかして、寝不足か?」


「……そういう冗談は数時間前の自分のやらかしを思い出してから言ってくれる? てかそれ以上近づかないで。同類と思われたくないから」


「まぁまぁそう遠慮すんなって。どうせお前も病気だとか言って学校サボってんだろ? ならここでいっちょ、ぱぁーっと気晴らしすんのが一番じゃねぇか」


 バンバンと荒く背中を叩いてやれば、「きゃっ」という可愛らしい悲鳴と共に枯れ木の如く脆い身体があっさりくの字に折れた。

 うわ、コイツ脆すぎ。


「あ、アンタ。後で覚えてなさいよ」


 と地の底を震わせる恨み節が聞こえるが、あいにくとここは外なので何も起こらない。つまり――


「そんな下手に凄んだってなにも怖くないから。前から思ってたけどお前あれだな。ケンカ慣れしてねぇのな。不良気取ってるくせにいい子ちゃんか」


「くっ……!! ああもう。なんであたしがこんなところに連れられなきゃなんないのよ!!」


「ん? そりゃ、お前がチョロいのが原因だろうが」


「チョロくないッ!! アンタ本当に後で覚えてなさいよ!!」


 そう言って指摘してやれば、屈辱とばかりにしのぶの眉間に深い縦シワが刻まれ、大袈裟に地団太を踏んでみせるしのぶ。


 わたしとしては恥じる必要はないと思うのだが、どうやら思春期のお嬢様にも譲れない一線というものがあるらしい。


 まぁどう言い繕っても、わたしの思い通りに事が運んだのは事実なので、


「ああ、はいはい。チョロくなーいチョロくなーい」


 と適当にあしらってみせれば、ぐぬぬぬぬっとわかりやすい反応が返ってきた。

 まぁ、わたしの要求をあっさり通しちゃった時点ですでにチョロインなのは確定なのだが――言わぬが華だろう。


 なにせ、かの世界戦の大魔王ですらわたしに抗うことができなかったのだ。

 たかだか十六年そこそこ生きてきた小娘に抗えなくて当然である。


「だいたい、電車賃ケチりたいからって人の病気を使おうとかどういう神経してんの。アンタ、あたしを助けるためにこの仕事受けたんでしょ!? なに人の寿命縮めるようなこと積極的にしてるわけ!?」


「いや、だってこうでもしないとお前外に出ないだろうが」


「人を引きこもりみたいに言わないでくれる!? 言われなくたってちゃんと毎日外に出てるわよ!!」


 というがこの小娘、わたしが誘わねば引きこもる気満々だったのは言うまでもないだろう。

 まったく。こっちがせっかく便利な力があるんだから使わなきゃもったいないと、どこぞの国民的アニメの野球少年のように、


『なぁ、しのぶ!! アキバ行こうぜ!!』


 とフレンドリーに幻想の扉を吹っ飛ばし、いやいや駄々をこねる小娘を無理やり外に駆り出してやったのになんて言い草だ。


 昨日の件でそれなりに気まずいと思って、わたしの方から遊びに誘ってやったのにその心遣いを無にするような暴言を吐くとは。いったいどんな教育を受けてきたんだ。


 逆にわたしの粋な計らいに咽び泣いて感謝してもらいたいものなのだが。


「余計なお世話よ!! というよりあんな脅し文句吐いておいてよくそんな恩着せがましいこと言えるわね!!」


 と富岡しのぶ(17)ご立腹である。

 どうやら余計なお世話だったらしい。


 まぁ確かにこちらに送ってもらう際――「はぁなんでアンタのために扉繋げなきゃなんないのよ」という呆れた言葉を頂戴したわけだが、


『いいのかお前そんなこと言って。初めに言っとくがわたし、目的のためなら手段は択ばない主義だぞ。そんなこと言うならわたしにも考えがある』


 と言って堂々と例の部屋に居座ったのをまだ根に持っているらしい。


 ぐっとあからさまに狼狽えだすしのぶ。


 そのわかりやすい反応につい興が乗ってトドメに『わたしをアキバに連れていかないとこのきたねぇガラクタ部屋を本格的に掃除してやるぞ』


 と脅してやればあれだけ騒いでいた小娘がしぶしぶと大人しくなったのだ。


 また部屋を荒らされるのは面倒だし、わたしに付き合って体力を浪費するのも馬鹿らしいから大人しく従っておこうとでも考えたのだろう。


 その思考回路からしてすでにわたしの掌で踊らされているのだが、そうとも知らずにノコノコ出入り口を繋ぐとは、まったくチョロいものである。


 そんなわけで――


「ほら、恨み節ならそれよりさっさと行くぞ!! この試練を乗り越えてお前はまた一歩華々しいデビューを飾ることなるんだ」


 と半ば無理やり手を引いて歩き出せば、全力の抵抗が返ってきた。


「ぜぇぇえったい嫌。なんでアンタなんかと一緒にこんなヲタクの街を回らないといけないの。馬鹿なの? 死ぬの? アンタ一人で行けばいいじゃない!!」


「んなこと言ったってわたしはお前の監視を命じられてる立場だから、下手に動かれると怒られるんだよ。お前だってここに来たかったから扉繋げてくれたんじゃねぇの?」


「冗談言わないで。なんでこんな気持ち悪い場所に来たいと思うのよ!! あたしはどっちかと言えば渋谷や池袋派だし。アンタと一緒にアキバめぐりなんて絶対嫌だからね――って、ちょっと離しなさいよ!! 服伸びちゃうでしょ!?」


 ギャーギャーとやかましく駄々をこね。必死に抵抗して見せるしのぶ。

 どうやら朝の一件で意固地になっているらしい。

 荒ぶる子猫のように電柱にしがみつくと、どこにそんな力を隠していたのか。


『我。ここから動かない』と駄々をこねる洞窟の邪竜ばかりの万力でその場にとどまってみせた。


 だが今回ばかりはわたしも容赦するつもりはない。


「いいから来いって!! お前がいなきゃ絶対にできない依頼なんだよ。お前の力が必要なんだ。力を貸してくれ!!」


「そんなこと言って騙される馬鹿はいないわよ!! チョロインって言ってたの覚えてるんだからね!! だいたい来いってアンタいったいどこに連れてくつもりよ!!」


「んな些細なことどうでもいいだろ。それより腹減ったな。ちょっとそこのカフェで腹ごなしでもしようぜ」


「ホント話を聞かないやつねアンタは!! それにさっき朝ご飯食べたばっかだからお昼なんていらな――」


「それより腹減ったな。ちょっとそこのカフェで腹ごなしでもしようぜ!!」


「それが目的か!? というより、誘い方が雑過ぎる!? アンタ絶対友達多くないでしょ!! アンタいま自分がどんな顔してるかわかってんの!? いったいあたしをどこに連れてく気よこのヘンタイ!! 人攫い!!」


「怖くない怖くない。絶対楽しいところだから!! 絶対満足させてみせるから!! 先っちょだけ。先っちょだけ付き合ってくれればいいからッッ!!」


「もうその時点で絶対行きたくないんだけどッッ!?」


 と四の五の言うが、当然枯れ木のような腕で、コンクリートのブロック塀も容易く貫通してみせるわたしの剛力に勝てるはずもなく。


『チームプレーを発揮しよう。完食者限定!! 魔法少女ナニカ限定特典グッズ発売中☆』


 とデカデカとアニメチックに書かれた乙女チックな看板の喫茶店に連れ込むのは、わたしの中で既に確定事項となっているのだった。

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