第28話 怒れる第六天、アキバに降臨ッッ!!


 そんな訳でアニメ喫茶で『マジカルジャンボ・キャオシュパフェ』を平らげ、店を出た頃には時計の針はちょうど正午を回っていた。


 わたしの目的はこの『魔法少女ナニカ限定缶バッチ』を手に入れることだったのでもう目的は果たした事になるのだが、せっかくアキバに来たのだ。

 渋るしのぶを強引に連れまわし、オタクの聖地をこれでもかと満喫していけば――


「それで、なんでこうなりますの!?」


 高飛車な声が街の中に響き渡った。

 何事かと同志の視線が集中するが、高飛車な女は我関せずとばかりにイライラとわたしを睨みつけ、ヒールのつま先をリズミカルに鳴らしていた。


 もう一度言うがここは萌えと尊さに溢れる街。アキバだ。


 メイド服や猫耳チャイナ服が当たり前のように闊歩するこの街で、上から下までブランド物で身を固めていれば当然目立つこと間違いない。


 現に、チラチラと男どもの視線がその豊かなおっぱいに集中するが、凛子はそんなことお構いなしと言った様子でわたしを睨みつけていた。


「それで弁明があるなら聞いてあげなくもないんですけど……これは一体どういうことですの鬼頭神無」


「いや弁明も何もわたしが聞きたいくらいだし。つかなんだよおまえ、こんな平日の真っ昼間からわたしの所に殴り込みって」


 え、なに? 社長って実はそんなに暇な職業なの?


「もしくは役立たずの烙印を押されて社内で孤立。泣く泣く時間を潰すためにアキバに来たって可能性も無きにしも非ずだけど」


「なに勝手な妄想を膨らませて憐れんでるんですの!? 忙しい激務を無理やり片付けて様子見に来たに決まってますでしょうッ!! それより貴女に託した仕事はどうしたんですの!? しのぶさんは!?」


「はぐれた」


 と短くまとめてやれば、天を仰ぐ凛子の姿が。

 認めたくないが、かなり整った美貌なだけにかなり目立っている。


 たゆんたゆん揺れ動く堕肉の塊にオタク共のせせこましい視線が上下に動く。

 おい、わたしをガン無視とはいい度胸だこら。


「はぁ、どうして貴女はそう本能に忠実なんですの。そんなのだからあの子にも呆れられて逃げられるんです。護衛が対象を見失っていてどうするんですの」


「いや正確には見捨てられたというべきだろうな、これは」


「なんでそこで堂々とできますの!?」


「本当に依頼を達成する気あるんです?」とお小言を頂戴するがそれはわたしの台詞だ。


「そりゃわたしが聞きたいね。あの野郎どこを連れていくにしろ文句ばっかなんだぜ? ジュースを買ってやれば炭酸がいいだの。汗の臭いから帰るだの。グチグチグチグチ隣で文句ばっかしか言わねぇの。

 挙句、連れを置いていくとか――どうかしてるんじゃねぇの?」


 あれは絶対友達いないタイプだね。うん、間違いない。


なけなしの財産を使って無情なクリアケースの中に閉じ込められた推しを助けるべく「二分でいいからここで待ってろ」と言ったのに。

 両脇にどでかい魔法少女ナニカのぬいぐるみを抱き抱え、『GAMEセンター』と書かれた監獄から勤めを果たせばこの仕打ち。


 戦利品両手に呆然と佇む、わたしの気持ちを組んでもらいたい。

 せっかくこちらから歩み寄ろうとしたのになんて奴だ。


「ったくほんとありえねぇよな凛子!!」


「ありえねぇのは貴女の方ですわ!!」


 おおっと、まさかの逆切れである。


「なんですの先ほどから黙って聞いてればその言い訳わ。なに依頼の最中に自分の欲望に負けてるんですの!? 監視はどうしたんですの監視は!! わたくし、貴女に彼女から目を離さないよう散々言い聞かせましたわよね!?」


「いやだって、監視するためにまず心を開く必要があるじゃん? なら手っ取り早く共通の話題を見つけるのが近道だろ? ――ときたらやっぱり今話題の魔法少女ナニカのぬいぐるみが必須なのわけで。――って、おいなんだよその目は。アニオタなら世界共通の認識だろうが」


「んなニッチな界隈の事情などしりませんの!!」


 わたしだってこの展開は予想外なのだ。そんな怒んなくたっていいだろう。


「はぁ、もう貴女に任せていいと思っていた昨日の自分を殴り倒したいですわ。ほんとなんで貴女なんかに任せようと思ったのでしょう。急に不安になってきましたわ」


 ヤレヤレと首を振るう凛子。その顔には若干の疲れが見える。


「ちくしょうあの小娘、わたしにだけじゃなく凛子にまで迷惑をかけるなんて、どこまでも舐めくさりやがって。こっからあのゴミ屋敷までどれだけ距離離れてると思ってるんだ。意趣返しのつもりかこら」


「……彼女のチカラを使って電車賃を浮かそうだなんて考える、せせこましい人間がいえたセリフじゃありませんわね、それ」


「――ッ!! な、なんでそれを……!?」


「はぁ、やっぱりですのね。貴女の考えることなんてお見通しですわ。その必死さから鑑みるにおおかた散財しすぎて家賃も払えなくなったんじゃありません? でなければ貴女がこの件でああまで必死に働く動機がありませんもの」


 エスパーかテメェは!?


「あまつさえこんな低俗なグッズに手を出すとは。見損ないましたわよ鬼頭神無」


「ばっかお前、アニメは世界を救うんだぞ。わたしのオタ道を馬鹿にするならいくらお前でもぶっ飛ばすからな」


「それを本気で言ってるから始末に負えないんですの」


 そう言ってヤレヤレと大きく首を振り、肩をすくめてみせる凛子。

 その仕草がやけに道化じみてわたしには見え、つい堪え切れず――


「それで、何しに来た凛子。茶番はいいからさっさと本題に入れ」


 と口にすれば、眉間に手を当て首を振っていた状態の凛子の動きが唐突にピタリと止まった。

 おどけた空気が徐々に引き締まっていく感覚。

 どうやら勘違いではないらしい。


「アンタほど多忙な人間がわたしなんかの為にこんな場所に来るはずねぇよな。おおかたあの小娘がらみで進展でもあったか?」


「…………ほんと、デリカシーの欠片もないのに、勘だけ鋭いんですのね貴女」


「そうじゃなきゃ生き残れない世界にいたもんでね」


「まったく。どうしてそこまで人の機微がわかっているのに女子高生の気持ちがわからないのか不思議でなりませんわ」


 そう言って差し出してきたのは白い煙草のような棒状の機械だった。

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