4月26日の朝――
第25話 やかましい朝食は突然に――
◇◇◇
で、
かくして『強引にお掃除大作戦』はものの見事に失敗したわけだが、
――翌日。
「それで、聞き間違いだと思うんだけどもう一回言ってもらえる? 誰が、どこの家に寝泊まりするって?」
「ああ、寝ぼけてるみたいだから何度でも言ってやるよ。これからしばらくお前の家で厄介になることになったから」
早朝。
世の中のお母さんがご飯を作って息子を送り出す時間帯に、
なにごとかと驚く小鳥の羽ばたきと共に、しんと静まり返る食堂。
荒々しく鼻息を荒げるしのぶはそれだけじゃ飽き足らず、風を切るようにズンズンと勢いよく行進がわたしの前でピタリと止まり、冷たい視線を送ってくる。
その額にはピクピクと痙攣する青筋が浮かんでおり、
「あれだけ散々人の覚悟を
「まぁな。その辺はわたしもバツの悪い気持ちで一杯よ」
そう言って食べかけの白米の入ったお茶碗を掲げてみせれば、しのぶの方からギリリッと歯が軋む音が聞こえてきた。
さきほどまで寝ていたのか。
明らかに寝起きとわかる栗色の髪に、シワの寄った制服姿。
その姿はかろうじて『女子高校生』を保っているように見えるが、なにぶん顔色が悪いため、出来の悪いコスプレにしか見えない。
――だが爛々と薄暗く輝く瞳の奥は怒りに燃えているように見え、
「冗談じゃないわ!! なんでよりにもよってアンタなんかと一緒に生活しなきゃなんないのよ……ッッ!!」
「そう言ったって話の流れでそうなったんだからしょーがねぇだろ。わたしだってこんな面倒な仕事受けるのはホントは不本意なんだよ。うじうじ言ってねぇでお前もいい加減諦めろ。女だろ?」
「そういう問題じゃないッッ!!」
煩わしそうに肩をすくめてみせれば、身体全身を震わせてこちらを睨みつけてくるしのぶの姿が。
手が出ないのは昨日の記憶があるからか。
振り上げた拳が不恰好な形で、宙を彷徨っている。
チラリと横目で順太郎の方を盗み見れば、依頼者として、父親として諫める立場にあるはずの男は我関せずを貫いている。一向に娘と目を合わせる気配がない。
まぁこの怒れる思春期に関わりたくない気持ちは十分にわかるが――
(ようやくまともに娘と遭遇できたろうに説明の一言もなしか。ほんと他力本願にもほどがあるな、こりゃ)
あえて順太郎の出勤時間を
となると結局、このじゃじゃ馬を宥めるのはわたしの役目になる訳で――
「な、ん、で、そうなるのよッッ!! そもそもアンタがお父さんから受けた依頼はゴミ掃除だけでしょ、それがなんで居候なんて話になるのよ。第一、泊まる泊まらない以前に、あたしそんなこと知らない!!」
「そりゃそうだろ。だってお前が気絶してる間に決まったんだもん。あ、ちなみに寝床はお前の部屋になったから、そこんとこよろしくな☆」
「~~~~~ッッ!! ふざけないでッッ!!」
遂に堪え切れなくなったのか空間が歪み、何もないところから大量のガラクタが溢れ返る。
ああ、苛立ってる証拠だ。
「まぁまぁ、そうカッカすんなって。幻想の使い過ぎで死んじまうぞ。それとも生理か?」
「ふざけないでって言ってるでしょ!! あたしは真剣に言ってるの!! なんで――、なんでよりにもよって部外者のアンタなんかをあたしの部屋に泊めなきゃいけないのよ!?」
「だってお前の部屋以外に使える部屋つったらお前のお母さんの部屋以外ないし」
「なっっ!?」
そう言って即答してやれば僅かに言い淀むしのぶが口を閉じ、あきらかな戸惑いを浮かべてみせる。
おそらく最愛の母親の聖域を荒らされたくない、という無意識の反応なのだろう。
わたしだって人の子だ。赤の他人とはいえ、故人の聖域を冗談まじりで踏み荒らすような真似はしたくない。かといって――
「こんな冴えないおっさんの部屋にうら若き乙女を同居させろってか? おいおいさすがにやめてくれよ。いくらわたしが超絶強いからってこのおっさんの隣で一夜過ごすのはごめんだぜ?」
「だ、だからって、アンタがあたしと一緒に寝泊まりする必要は――」
「ああ、わたしもないと思うんだけどね。だけどこれがこの依頼を一時的に譲る条件だって凛子に言われたら飲むしねぇじゃん?」
「そんな、凛子さんが……」
そう言って肩をすくめてみせれば、何も言い返せなくなったしのぶが俯き加減に床を凝視した。
「まぁ今はそんなくだらない話どうでもいいじゃねぇか。それより朝食、食べないのか? ここにあるもん全部の出来合いばっかだけど、最近のコンビニさんってのはすげぇのな。正直レトルト舐めてたわ、どれもマジでうまい」
感心したようにさと芋の煮っころがしを口に運べば、「うるさい!!」とテーブルを震わせるしのぶの平手が、顔の真横を通り過ぎた。
寸でのところで食器を支え、貴重な食料が床に零れるのを阻止する。
「おっと。あっぶねぇなおい、わたしの最期のお楽しみのミートボールちゃんが落ちたらどうするつもりだよ」
「知らないわよそんなこと!! そんなくだらないことどうでもいいから答えて。なんでアンタみたいな奴が、ここにいることになったのか経緯を話して!!」
「――ああ、もったいない。卵焼き落ちてらぁ。まぁ捨てるくらいならわたしが貰うけど」
「ねぇちょっと聞いてるの!!」
むっしゃむっしゃと食卓に並んだ料理を箸でつついていけば、テーブルを叩く音が皿を浮かす。
まぁ朝日差し込む食堂で、因縁深い相手が平然と食卓に混じってれば怒りたくなる気持ちもわからなくもない。
なにせあの激動の大掃除から一日もたっていないのだ。
半ば力尽きるように気絶した彼女にしてみれば、ほとんどつい先ほど起きた凄惨な出来事の延長戦ように感じているはずだ。
加えて『幻死症』で体力を奪われているとあっては苛立つのも仕方ない。
わたしだってそんな状態で寝起き早々、見たくもない顔した凛子がさも当然とばかりにみーちゃんの隣に座っていれば、同じように喧嘩を吹っかける自信がある。
だが――
「何度も言ってるが、わたしから言えるのは『そんなことどうでもいい』だ」
「……なっ、なにを――、わたしにとってはくだらない事なんかじゃ――」
「わかってねぇようだからもっかい忠告してやるが、とりあえずわたしなんかのことよりまずテメェのことだろ。お前がそのしみったれた
「――ッ!! あ、アンタに言われなくてもわたってるわよ、そんなこと!!」
安い挑発にこうも簡単に乗るとは、ガキはやりやすくてほんと助かる。
わなわなと震える声で言葉を吐き捨て、豪快に椅子を引き、荒々しくわたしの隣に腰かけるしのぶ。
本人は悪ぶっているつもりなのか、それとも教育が行き届いているのか。
「いただきます」と誰にも聞こえないように小声で手を合わせ、不機嫌そうにこちらを睨みながらモソモソと顔をしかめて飯を食べはじめるものだから、そのわかりやすい反応につい笑いが漏れる。
「……なによ。なにか文句があるわけ?」
「いんや、なにも。ただ悪ぶるのも大変だと思ってね」
まったく反抗期なのか、律儀なのか分かったもんじゃない。
飄々とした態度で躱してみせれば、悔しげに歯ぎしりする音が隣から聞こえ、ふんと不機嫌そうな鼻息が飛んでくるのであった。
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