第24話 『だってこれしかやり方知らないし――』
まぁそう時間もおかずご対面だ。
あれだけ最悪な第一印象であれば警戒されるのも無理もないだろうが――
「まぁまぁそう睨みなさんな。特別アンタに危害を加えような考えちゃいないよ」
そう言って両手を頭上に掲げれば、布団お化けの少女から機敏な反応が返ってくる。
ほぼ手ぶらなわたしを見て、『侵入者』がいったい何を企んでいるのか察したのだろう。
『幻想』によってつくられた異空間が不恰好に歪むのが肌でわかった。
(ああ、なるほど。そういう風に勘違いしてる訳か――)
なんとなく少女の意図をくみ取り、身体の奥底にひそめていた魔力を霧散させる。
すると、どこか警戒じみた声色でわたしに視線を飛ばすしのぶの口から、震えるような疑問が漏れた。
「どうやって、もう誰も入ってこられないようにしっかり鍵をかけたはずなのに」
「そうみたいだな。よくもまぁこんな面倒なカギをしこたまぶら下げたもんだよ。開けるとき面倒じゃないの?」
「そんなこと、聞いてるんじゃない!! あたしはいったいどうやって入ってきたかって聞いてるの!! まさか――凛子さんに」
何かに思い至ったように息を呑んでみせるが、大外れだ。
なんでよりによって凛子の助けを借りなきゃならんのだ。
ガキ一人の部屋入るのにそんな屈辱的な真似できるわけない。
そもそも、そんなことするくらいなら素直に腹を掻っ捌いて死んだ方が幾分かマシだ。
「んなわけあるか。こんなもん気合だ気合い。凛子にできたんだからわたしにだって同じ事ができるでしょ。それともなにか。もっと壮大な秘密兵器を用意しといたほうがよかったか?」
「なによ、それ……」
どうやら本人は絶対に入ってこれないように念入りに扉に鍵をかけたらしい。
よく見れば確かに閂から電子錠と、一人の女子高生の部屋にしては仰々しすぎるセキュリティーの数々が。
これも全て『幻想』によって生み出されたものなのだろう。
わざわざ調べて用意したのならご苦労なことである。
(まぁそれも全てわたしの手で使い物にならなくなっている訳だけど――)
ガリガリと頭を掻いて小さく息をつく。
まぁいくら仕事とはいえ、他人の。それも思春期の乙女の花園に押し入るのだ。
いくら無神経と周りから定評のあるわたしとは言え、同性のわたしにだって思春期の『秘め事』や『諸事情』には理解があるつもりだ。なので――
「一応勧告だけはしてやるよ。なぁ、本当にこの部屋から出る気はねぇんだな」
そう忠告してやれば、息を呑む声と同時にしのぶの口から動揺を隠すような虚勢が吐き出された。
「――っ! ど、どうせお父さんに言われたんでしょ。あたしを立ち直らせてほしいって」
異空間に虚しく響くのは少女の抵抗ともいえる嘲りだ。
まるでわたしはお前の思い通りにならないという意思表示にも見える。
「知ってるのよ。あんた達、便利屋が無理やりあたしのこと更生させようとしてるのも。この部屋の秘密を調べたがってるのも。でも、あたしがそんな脅しに屈するとでも――」
「ああもう、そういうのはいいから。もうしゃべんな」
そう言って片手でしのぶの言葉を遮れば、少女の口から素っ頓狂な言葉が漏れた。
「も、もういいってどういうことよ。アンタ、あたしを立ち直らせるためにお父さんが依頼を出したんでしょ」
「あー違う違う。まぁ状況的にそう勘違いされてもおかしくないけどさ、一応、病人ってことで気を使っただけで、別に許可が欲しくてやってるわけじゃないのさこれが」
そう、だからこれはわたしなりの慈悲だ。なにせ――
「これからやることに同意を得ようが得まいが、わたしがこれからやることに変わりねぇからな」
「な、なによそれ。それじゃアンタいったい何するつもりでここに来たわけ?」
「わからねぇか? だったらママにでも聞くんだな」
混乱にわかりやすく顔をしかめるしのぶ。
どうやらまだわたしの言葉の意味を理解していないらしい。
わたしははじめから言ったはずだ。この部屋を出る気はないのかと――
「ったくめんどくせぇな。まぁ、……忠告はしたからな」
低い声でしのぶを睨みつければ、ビクッと大きく肩を震わせ、頭から毛布をかぶった『
まるでお気に入りの毛布を取られまいとする子供そのものだ。
敵意、怯え、不安。色とりどりの感情が浮き彫りになり、それでも頑なにこの部屋から出ようとしないという意志だけは確かに伝わってくる。
「決意は固い、か。それがアンタの選択なら。わたしも勝手にさせてもらうよ」
「神無ちゃん!! いったいなにやってるの!? これは一体……」
「ああ、やっぱり来ちゃったか。もうちょっと遅れてきて欲しかったんだけど」
悲鳴と共に遅れてやってきた親友の「ちょっと神無ちゃん!?」という叫びが背中を叩くが無視して、部屋に入る。
どうやら例のバリケードを突破してきたらしい。こんなことならもっと積んどけばよかった。
そうして悲鳴を聞きつけわたしを連れ戻そうとするみーちゃんだが、
「入ってこないで!!」
しのぶの叫びと共に躊躇うように、その場で二の足を踏んでみせた。
(あーあ、こりゃめんどくさいことになりそうだな)
そうして部屋の主の忠告も構わず、我が物顔で部屋を踏み荒らせば案の定、ブルリと異物に反応するように空間が大きくたわみ、刺すような重圧が鋭く唸りを上げた。
まるで刃そのものを魂に突き立てられているような感覚だ。
在りし日の
だがそんなもの関係ないと割り切り、そのまま屈むように溢れ返るガラクタに手を触れると、
「ちょっと何するのよ。やめてよ!! 入ってこないでってば!!」
頭から布団を被っていた少女の口から絹を裂くような悲鳴が上がった。
そのまま我を忘れて、飛び掛かってくる少女。
ヘロヘロで動きも怪しいくせに、モノに対する執着は立派なものだ。
他人の宝を強奪せんばかりの必死さでわたしの右腕にしがみつくが、
「うるせぇし鬱陶しい。わたしの仕事の邪魔すんな」
「きゃっ――!?」
力が足りなさすぎる。
そのまま腕を横に軽く振るってやれれば、崩れ落ちるようにしのぶの身体が地面に打ち付けられた。
静止の言葉も虚しく、ぜぇぜぇと堰を切るような息づかいが隣から聞こえてくる。
そのまま足元に落ちた私物やごみを手当たり次第にゴミ袋に詰めていく。
くしゃくしゃになった雑誌、脱ぎ捨てられたパジャマ。大人びた化粧品に、子供用のオムツなんてのもある。
幻想であろうと現物であろうわたしには関係ないものだ。
無心にガラクタを掴み上げてゴミ袋に詰めていく。すると――
「家全体の様子がおかしいと思えば、いったいなんの騒ぎだこれは!!」
遅れて順太郎の怒鳴り声が響き渡った。
ハァハァと吐息を荒げ、部屋の現状を見て全てを悟ったのだろう。
黒縁の眼鏡の奥から睨みつけるような視線が突き刺さる。
その目は「話が違う」とばかりに、場違いな力強さがそこにはあった。
そもそも娘の心を救ってほしいなど、一介の便利屋には高望みが過ぎるのだ。
邪魔なゴミを掃除する。
その仕事を完遂するためにわたしはここにいるのだから。
「ここは私とお母さんの思い出の場所なの、あんたみたいな他人が勝手に入ってこないでよ。なんで、なんでそんな酷いことするの!」
泣きじゃくるしのぶ。
後ろからは「そんな――」と順太郎の絶句するいうことが聞こえてくるがあえてすべてを無視する。
すると衝撃が背中を叩き、少女の口から涙交じりの悲鳴が上がった。
「やめてよ、ねぇ――、やめてってば!!」
拳で思いっきり背中を叩かれる。
野人のような暴れっぷりだ。
おそらく顔は疲労と相まって酷いことになっているに違いない。
素人の拳などいたくないが、鬱陶しいことには変わりない。
もう一度振り払うように腕を回せば、華奢すぎる少女の身体が乱暴にゴミ山に打ち付けられた。
少女の口から「ううっ――」と小さく呻く声が聞こえ、父親の怒鳴り声が耳の奥に響き渡った。
だが、それでもすべて無視して、ごみ処理に没頭する。
すると――泣きながら縋りつくように。しのぶの震えた手のひらがわたしの服の裾を掴み上げた。
「やめて、お願いします。何でもしますから、これ以上、――やめてください」
「――っ、だったら。いつまでそうやってめそめそしてる気だお前!!」
空気に溶けるような震えた声。
その情けない懇願に、我慢できなくて胸ぐらをつかみ上げてやれば、大きく目を見開くしのぶの口から「ひっ――」と引き攣った声が漏れた。
淀んだ瞳はいったい何を見ているのか。
少なくとも現実に目を向けていないのは確かだ。
そのまま宙づりの状態で前後に揺すってやれば、酸素に喘ぐ口元から呻くような声があがった。
「お前の母ちゃんが、そんな情けない様を見て本当に喜ぶと思ってんのか。お前が今までどんな苦労背負ってきたか知らないけどな。いつまでも死んだ人間に縋りついてんじゃねぇよ!!」
現実を叩きつけるように言葉を叩きつけてやれば、ジワリと滲み出す瞳の奥に怒りの色が覗き始める。
それは徐々にしのぶの内側にあった『何か』を刺激し、肩で息を荒々しく切る少女の口から『初めて』本音に近い怒りの声が吐き出された。
「うるさい!! あんた、なんかに――あたしの気持ちがわかるもんか!!」
不思議と反響する強い言葉に、初めて部屋の殺気が鳴りをひそめる。
「ぬくぬくと両親に育てられてきたアンタなんかにあたしの苦しみがわかってたまるか!! どうして赤の他人のアンタに邪魔されなきゃいけないの。関係ないでしょ。ただお金貰うための中途半端な気持ちならあたしに関わらないでよ。大人しく死なせてよ!! なんでそんな簡単なこともわかんないの!!」
「ああわからないね。いつまでもウジウジ、親離れできねぇガキか。そういうのはちった―自分の足で立てるようになってから言えよガキが」
そうして、勢いよく少女の襟首を突き放せば、「ううぅぅぅ」とケモノのような唸り声と共に、隈の濃い青白い顔いっぱいに大粒の涙が零れ落ちた。
そして――
「うああぁぁあああああああぁぁぁああっっ!!」
と痛みに顔をしかめ、けれども懸命につかかってくる少女の顔を強引に引き離す。
何度も。何度も繰り返される抵抗は何のためか。
ついに力尽きた身体が縋りつくようにわたしの身体に枝垂れかかる。
汗にまみれた身体。浅く、今にも途切れそうな息づかい。
それでもその右手はガラクタを詰め込んだ袋に伸ばされ――
「このままグダグダ母親を呪って死ぬ気かお前は、それでお前のおかあさんが本当に幸せになんのかよ」
「うっ、ああ――、かえ、して」
「はっ、しつけぇ」
無慈悲に突き放せば、横倒しになるしのぶの身体が無抵抗に地面を転がる。
すると部屋に掛かるプレッシャーがひときわ強くなり、肌が粟立った。
だが関係ない。親がなにもしないならわたしが代わりに現実を叩きつけてやる。
「もう一度言ってやるよ。このお部屋を片付けたって何も変わらねぇ。ここには死んだ母親の面影しかねぇんだ。いつまでしがみついたって仕方がねぇって気づいてんだろ! なら、本当に変わらなきゃいけないのはなんだ!!」
ボロボロに打ちのめされた少女の襟首をもう一度掴み上げ、ひきつけるようにして額を合わせる。
すると、徐々に焦点を結ぶブラウンの瞳に一つの強い感情が宿り、
「――鬼、アンタなんて死んじゃえ!!」
呪うような口ぶりに今度こそ世界は歪な形で襲い掛かってきた。そして――
◇◇◇
「失敗した」
「うん、堂々と言えることじゃないからね、それ」
何とか九死に一生を得たわたしはボロボロの身体になりながらも、青筋を浮かべた友人二人からきついお説教を頂戴するのであった。
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