第8話 残酷なほど美しい親友の気遣いに絶望を――
◇◇◇
「…………それで、あれだけのこと言ったんだ。わたしを納得させるだけの言い訳はあるんだろうねみーちゃん」
「ふぁい」
そのまま発言を促してやれば、ダラダラと不吉な汗をかき始めた美鈴の視線が僅かにブレるのをわたしは見逃さなかった。
いつもと立場は違うがそんなの知らん。この状況をどうにかしなければ一歩も前に進めん!! とわたしの魂が叫んでいる。
そんなわけで身体の奥底から湧き上がる魔力を怒気に変換すれば、目の前の親友がぶるぶると雨に濡れた子犬のように震えだした。
「えっとですね。怒らないで聞いてほしいんですが――」
そうしてぽつぽつと語られる懺悔を聞くに、どうやら事の発端はうちのクソじじいが原因らしい。
昨日仕事帰りに突然クソじじいから連絡が着て、ウチの馬鹿孫の様子を見てきてほしいとお願いされたそうだ。
そこまでは先ほど玄関前で聞いたやり取りと一致しているが――
「なにせ神無ちゃんとは二年ぶりの再会でしょ。お互い忙しくて連絡も疎かになってたし、今更この二年どうだったって真面目に聞くのもアレじゃない? もし、神無ちゃんがイケイケのギャルに変わってたらと思うと心配になちゃって」
「うん。この後も色々物申したいことが増えちゃったけど、それで?」
「う、うん、それでね。神無ちゃんがどう変わったかおじいちゃんも全然教えてくれなかったからふと思いついて昨夜コンビニに立ち寄りましてーなにかいい方法はないか模索したわけですよ」
はいそこです。そこですよ。
なーんでそこでわたしのパンツに行き着くのかなぁ?
いくら天下のコンビニさんだって、友人の下着を漁って仲を取り持ちましょうなんてとち狂ったものは置いてない。そんなものがあるのなら、それこそわたしの全能力を使って存在ごと消して――
「女の成長は持ってる下着で決まるって週刊レディーに書いてあったから」
うん、潰れちまえあんな雑誌。もう二度と読まん。
「ううっ、ほんの出来心だったんだよぅ」
うるうると瞳を涙で曇らせ。許しを乞うてくるみーちゃん。
くっ――、そ、そんな可愛い顔しても
まぁ、「神無ちゃんは不安じゃなかったの?」と言われてしまえばわたしも反論できないけどさぁ……
「はぁ、なるほどねー。それであんな奇行に出た訳か」
「許してくれるの?」
いや納得はしないし、なんならまだ怒ってるし。
「でもあの冷静沈着を絵にかいたようなみーちゃんが柄にもなく緊張してたのはわかったかな。まったく、どこをどうとち狂ったらそんな怪しげな雑誌の結論を信じちゃうのさ」
「いやーだから私も突然のことでパニくってたんだってばー」
「わたしと凛子の喧嘩に割って入れるようなあの仏の成瀬が?」
「だってあの神無ちゃんだよ? おじいちゃんがこんなにあっさり神無ちゃんを手放すなんて思わなかったんだもん」
だからって何が悲しくて友人の家のパンツを漁らにゃいかんのだ。
思わずツッコミを入れれば、それに呼応してどこかおかしそうに笑う美鈴がとてもすっきりとした笑顔でわたしを見上げてきた。
「ふふっ、でもあの雑誌のおかげでわたしは安心したよ神無ちゃん。このおパンツを鑑みるに、神無ちゃんは昔と何も変わってない!! 数ある女物の下着のなかでも眩く輝きだすこの幼女趣味全開な可愛らしい下着。こんなの持ってる人がイケイケギャルに変わってるわけないよね、あなたはわたしの知ってる神無ちゃんだよ!!」
「うっさい。余計なお世話だわッッ!!」
「あいたぁっ!?」
その菩薩もほころぶ優しい笑みを浮かべる美鈴。そのお団子頭をひっぱたけば、可愛らしい悲鳴が鳴る。
そしてすかさずキャラものパンツを強引に奪い取れば「あーん、いけずー」と名残惜しそうにわたしのパンツに手を伸ばす美鈴があざとく唇を尖らせてみせた。
「ぶー、久しぶりなんだからちょっとくらい悪ふざけたっていいじゃ――ああっ!?二度もぶった!? おじいちゃんにぶたれたこともないのにー!!」
「いきなり変態行動に出るみーちゃんが悪い。わたしがいない間にみーちゃんが都会の変な常識に染まって変態趣味に走ったんじゃないかって心配したんだからね!!」
「うー、相変わらず冗談が通じないんだから――というか、神無ちゃんが怒ってたのってそこなんだ。私が言うのもなんだけど神無ちゃんってけっこう他人に駄々甘なところあるよね」
「というかお母さん?」という笑えない冗談に思わず出しかけた拳をぐっと堪えただけでも褒めてもらいたい。
さすがに引っ越し早々サスペンスドラマはまずいだろう。
このままペースを乱されたら本当に彼女の掌で踊らされてしまう。なんとか主導権を奪還せねば。
「ああっもう。とにかくそういう冗談のはいいから大人しくしてて。はいこれ、テーブルの上のもの好きに飲んでていいから」
「わぁいシソジュースだー!!」
すると先ほど怯えていた様子が一転、歓喜の声を上げる美鈴がハイテンションでテーブルの上に置かれたシソジュースに飛びついた。
手渡したオシャレグラスになみなみと紫色の液体を注ぎ、コクコクと喉を鳴らすみーちゃん。
よっぽど喉が渇いていたのか、それとも懐かしい味に飢えていただけか。こういう食いしん坊なところは相変わらずのようだ。しかし――
「(自分だってこの二年でずいぶんと変わってるくせに、変わってないか会うのが怖いなんてどの口が言うんだか)」
むしろ何も変わっていないように見えるのは、きっと彼女がそう振る舞っているからに他ならない。
そうしてひとまず大人しくなったことを確認すれば、みーちゃんが戯れに散らかしたであろうショーツの山を手早く片付け、美鈴が座る対面の椅子を引いて静かに腰かけた。
「おいしい?」
「うん、これ懐かしい味がするんだけど、もしかして豊さんがつくってくれたの?」
「向こうにはないだろうから持ってけってさ、……和菓子屋のばあちゃんのダイフクもまだあるけどもちろん食べるよね?」
「食べる食べる。あっその前に――神無ちゃんに渡すものがあったんだ」
そう言うなり大福を皿の上に置くと、床に置いてある鞄から四角い木箱のようなものを取り出してみせた。
「これ引っ越し祝い。つまらないものですが」
ふかぶかーと言葉にしながらガサゴソと可愛らしい通勤用バックから取り出したるは、名店ひさしの激辛からし饅頭。
確かにお土産の物産展でも売られている超有名どころだが――
もっと他にもチョイスがあったろうに、なぜこれを選んだみーちゃん!?
「ふっふっふー。ありきたりな引っ越し祝いなんて面白くないと思って奮発してみましたー。結構おいしいんだよこれ」
いや知ってるよ、という言葉をぐっと飲みこみ、引き攣りそうになる笑みをぐっと堪える。
そもそも、みーちゃんにまともなお土産を期待するのが間違っている。
お土産というものは気持ちが大事だ。
この場合、親友のみーちゃんがわたしのために買ってきてくれたことにこそ意味があるのだ。だからそれ以上は考えるじゃない。
また一つ大人の階段を上り、さりげなく受け取った激辛からし饅頭とみーちゃんを見比べれば、そこには自信ありげなドヤ顔が。
「あ、相変わらず斬新な感性だね、みーちゃん」
「でしょー。昔、修学旅行の時におじいちゃんにも同じこと言われたよー」
どうやら本人には渾身のお土産だったらしい。
さすがはみーちゃん。物怖じしないというかなんというか、じじいの修学旅行の手土産に『木刀』をチョイスだけのことはある。
あの気性の荒いクソじじいにそんなプレゼント持っていって五体満足でいられるのはおそらくみーちゃんくらいなものだろう。
わたしだったら即、乱闘騒ぎになってたね、うん。
ちなみにわたしが買ってきた京都土産の八つ橋はなぜか「つまらん」の一言で斬り捨てられた。解せぬ。
「あ、それともう一つお土産あるんだ」
「え、なになに――」
「はいこれ。前にずっと欲しかったって言ってたでしょ。久しぶりに会うから奮発しちゃった」
そうして紙袋から取り出したるは、見覚えのある魔法少女ナニカの限定特典プレミアムDVDボックス。
そのわたしの通帳を吹っ飛ばしたであろう現物を前に。
わたしは親友の心遣いと、タイミングの悪さに咽び泣くように床に手を付けるのであった。
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