第9話 『ヤロウ、ぶっ殺してやる!!』
◇◇◇
そんなわけで懐かしの交流会もしばらく。
お互い二年間の空白を埋めるようにテーブルを挟んだ報告会が開かれた。
地元なら血で血を洗う『拳』の語り合いも、相手が違うだけでこうまで穏やかになれることが証明された。
おかげで久しぶりに楽しい報告会になったし、肩を弾ませながら一生懸命に自分の仕事ぶりをアピールする親友のなんと微笑ましい事か。
見ていて癒される。
それにしても――
「なんでも屋ねぇ。ずいぶんと特殊な仕事してるんだね、みーちゃんは」
彼女の話しぶりを聞く限り、どうやら今のみーちゃんはここいら近辺にある『何でも屋』のようなところで働いているらしい。
充実した毎日を送っているようだ。
上司となる人物もいいのだろう。
そうして二年という月日を会話で埋めていくように、互いの近況報告に花を咲かせることしばらく。
「でも意外だな。みーちゃんことだったらそんな地方によくあるような仕事じゃなくもっと自分の能力を伸ばせる大手企業に就職すると思ったのに」
「ふふっ、でもイメージよりずっと楽しい仕事だよ実際。いろんな依頼が舞い込んで普段できないことを体験できるし、なによりありがとうって喜んでもらえるのが嬉しいよね」
「あーそれは確かにみーちゃんが好きそうな要素かも」
「神無ちゃんは向こうにいたときどんなバイトしてたの? おじいちゃんからは結構好評だったって聞いてたけど」
「……好評ねぇ」
あれを好評と呼んでいいものか甚だ疑問だが、少なくともあんな血生臭い職場は二度とごめんだ。
飲食店なのに、なにが悲しくてサンドイッチ片手に群がる男どもを血祭りに上げにゃならんのだ。
そんな乙女から最も遠い
「でもずいぶんと人気だったって聞いてるよ。神無ちゃんのおかげで売り上げがいつもの十倍に跳ね上がったとか」
「そこだけなら胸を張って報告できたんだけどねぇ……」
なまじ地元で名前が売れていると面倒なことに関わることが多くてほんと嫌になる。
いったいどんな噂が流れていたのか。
バイト就任翌日――わたしが働いていた喫茶ピースフルにはわたしの存在を聞きつけたムキムキマッチョメンの猛者たちが道場破り上等でやってくるようになったのだ。
蹴散らせど蹴散らせど、Gの如きしつこさで増殖する筋肉バカたち。
終いには格闘家たちの長蛇の列が店先にできて、ほんと別の意味で大繁盛だった。
「おかげでよくわかんない営業団体から謎のスカウトが来るわ。毎日毎日鬱陶しい男どもの相手してたら世界チャンプとかよくわからない外国人に路上で喧嘩吹っかけられるわで大変だったんだからね」
しかも店長は店長で『あ、いい客寄せになるから~』とか言って店の隣に格闘リングを作っちゃうし。店の理念は一体どこに行ったんだろう。
少なくとも店内のファンシーな雰囲気に似合わないガタイのいいおっさんたちがコーヒーを嗜んだあと日夜「ありがとうございます!!」と吹っ飛んでいく平和など滅んだ方がいい。
「へーっ、それでそれで!! 勝率は?」
「あー三〇〇超えたあたりから数えてなかったなけど、――全部ノーダメでクリアしてやったよ」
「うわー、わかってたけど神無ちゃんってそういうとこあるよねー」
いやだってあんな素人の拳。掠らせる方がどうかしてる。
遊びとはいえ真剣勝負。挑まれて手を抜くのはマナー違反だ。
いくらわたしがか弱い乙女だからと言ってその辺の常識はちゃんと弁えている。
それにだ。
「鬼頭家で生きていけばあの程度のスパーリングなんて戦いの内にも入らないしね」
「まぁそうだよねー。地元でも神無ちゃんの拳をまともに受けられたのって凛子ちゃんくらいなものだしねぇ」
と懐かしそうに目を細めれば、「ああ、そういえば」と手のひらを打つみーちゃんが満面の笑みでわたしを見た。
「こっちに来たってことは神無ちゃんはいつから仕事に復帰するつもりなの?」
「いや今日からなんだけど」
「えっ!? それ聞いてないんだけど!?」
うん、だっていま言ったもん。
それにわたしどこで働くかなんてまだはっきりとわかってないし。
「えっ? えっ!? それっていったいどういうこと? わたしはてっきり神無ちゃんが自分で決めてこっちに越してきたとばかり思ってたんだけど……」
いやーそれが違うんですよねー。
実際はあの『鬼の乱』のあと、別の件でもう一波乱揉めたのだ。
もちろん一人暮らしは許されましたよ?
そう言う約束事は死んでも裏切らない人だし。でもさぁー、
「あの後、うちのじじいが俺の指定する職場に就職しろ就職しろってうるさくて。つい根負けしちゃったんだよね」
「ええーっ!? それじゃあその――おじいちゃんの言う通りにしちゃったの?」
「いや、わたしだってそこまで馬鹿じゃないよ。もちろん抵抗したさ」
だっていくら引退したってじじいは極道の頭目だよ? その勧めってなれば当然、裏に精通する奴らばっかだし、その頃のじじいは未だにわたしを鬼頭組の二代目にすることを諦めてなかったから当然断った。でも――
「でも?」
「『テメェみたいなガサツな女がまともな職につける訳ねぇだろ』って言われてさすがのわたしもカチンときちゃって。つい売り言葉に買い言葉になって『常套だこら、そこまでいうなら真っ当なカタギの所紹介してみろ、そこで働いてやるわぼけぇ』って殴り合いになって、その……それっきり」
「ああー、なんだろ。見てないのにその光景が見えるようだよ神無ちゃん」
「そんな憐れむような目で見ないでよ。わたしだって反省してるんだから」
まぁ結局、合格通知とか届かなかったし面接もしなかったから落ちたのかなぁと思って、ずいぶん前にそのことをじじいに問い詰めたのだが、
『そのうちわかる』
の一点張りで何も教えてもらえず、いまに至るという訳だ。
「結局昨日もじじいから何の連絡もないし、今朝唯一教えてもらった情報と言えば出勤時間くらいなもんだし。――ね? めちゃくちゃでしょ?」
まぁわたしもわたしでとりあえず平和なオタ活ができるようになれば何でもよかったし、よほど変な仕事でもない限り対応できる自信はあったから、いつも通り当たって砕けろの精神で今日を迎えたという訳なんだけど――
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