第7話 再会の儀式!! ~おパンツを添えて~

◇◇◇

 という訳で久方ぶりの幼馴染と再会を果たしたわたしだが、うん、一旦状況を整理しよう。


 初めて招くお客様をもてなすべく、小躍りするような気持ちを押さえてレディー足らんとオシャレなグラスを両手にリビングに戻ってみれば、おパンツ(キャラもの)掲げて感嘆の声を上げる幼馴染の姿がそこにあった。


 なにを言っているのかわからねぇと思うがわたしにもわからない。

 白昼夢とかVRとかそんなちゃちなもんじゃねぇ。もっと恐ろしい片鱗を味わったぜ。


 どこか遠い目で親友を見つめるが、現実は変わってくれない。


「(それこそ日頃から女子力が低いだの、もっとオシャレすればいいのにだの散々ダメ出しを受けてきたから。この二年でそれなりの量の雑誌を読み込んでそこそこ女子力を上げたつもりだったけど、まだまだレディーへの道のりは遠いみたいだ)」


 どうやら最近のレディーの嗜みは、友人のお宅訪問早々お宝探しに精を出すのがお約束らしい。


 発刊部数百万部を突破する『週刊レディー』を穴があくまで予習したわたしですら知らない新事実を前に、わたしもどうすればいいのかわからない。

 というか――


「あったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーッッ!!」


 わたしのパンツの何があそこまで彼女を駆り立てているのだろう。


 ホクホク顔である。ものすごく満足気である。


 その間延びした雄叫びは、まるで海中に潜んでいた獲物をモリでぶっさす某サバイバル芸人の如くいっそ清々しいものであった。


 しかもなんだろう。別に友人に見られても困るようなものでないはずなのに、やけにイキイキとした目で自分の下着を見られることに危機感を覚えてしまうのは……。

 

(なんかこの一年で親友の身になにがあったのか詳しく問い詰めるのが怖くなってきたんだけどっ!? というか高校の頃あんなんだっけ、どうしてそうなったッ!?)


 わたしの記憶の奥にあるみーちゃんはもっとこう、お淑やかだったはずだ。

 なにせ幼稚園から小中高と約十年以上の付き合いなのだ。

 そんじゃそこいらの人間では知らないことまで知り尽くしている自信がある。


 日本人と北欧の人とのクウォーターらしくその整った顔立ちに太陽を溶かしたような淡いブロンドヘアーはどこか幻想的で、中高でも男子に人気があったのをよく覚えている。

 身長はわたしより頭一つ分小さく、性格もガサツなわたしと違って女の子らしく、周囲に優しく慈悲深いことで有名だった。


 そんな彼女の性格と人格が起因してついた二つ名が『仏の成瀬』。


 その由来は諸説あるもの、高校時代では『第六天』と『百鬼夜行』を唯一止められる人間だったからということで付けられたという説が有力らしいが、それにしたってこれは別の意味でひどすぎる。


「み、みーちゃんなにやってんの?」


 恐る恐る声をかければ、ピシリと薄氷を割るような幻聴が確かに聞こえた。


 ギギギギッと油の指し忘れたブリキ人形の如き動きで振り返り、不自然な笑みを浮かべてみせる我が友、成瀬美鈴。

 しかし一向に返事がないのはいただけない。これでは本当に悪いことをしているみたいじゃないか。


 きっと何かしらの事情があるはずだ。


 そんな一縷の希望を託す思いで喉を鳴らし吐き出された問いは――


「なにって、その――下着チェック?」


 なぜかよくわからない疑問形で帰ってきた。


「下着チェック?」


「うん」


「どうして?」


「どうしてだろう?」


 気まずい沈黙が春先の早朝に静かに下り、ちゅんちゅんと雀のさえずりがやけに大きく聞こえてくる。


 そうして見たくない現実から目を逸らすように憐れな道化から視線をスライドすれば、彼女の何がそうさせたのか山のようにうず高く盛られた下着の山犯行現場が。


 ダメダ。ニゲラレナイ。


 せめて。せめてわたしのタンスからショーツを引っ張り出して天井に掲げることに何らかの意味があって欲しいと願うのはわたしの我がままなのだろうか。

 わたしの願いとは裏腹に右手がテーブルの上に放置されたスマホに伸びる。


「あーいやちょっと待って、誤解、誤解だってば!! 別に神無ちゃんの使用済みパンツをどうこうしようとかそういうことは別に考えてないから、そんな顔しないで!!」


 まるでよくあるサスペンスドラマの如く追い詰められた犯人の姿がそこにあった。

 信じてあげたいのも山々だが、ちょっと絵面がショッキングすぎて言葉が頭に入ってこない。というか――、


「………………その姿を見て信じろと?」


「あーいや、たしかにそれはそうなんだけどこれにはちゃんと理由があって――ってちょっとそこで引かないでよ!? これには、これには本当にやむに已まれぬ事情があるんだってばぁ!!!?」


「いや、慌てている時点で十分怪しいんだけど。もしかしてわたし、再開した時の対応間違えた?」


 というより――


「この問いに言い淀んじゃった時点でいろいろとやばいのでは……?」


「いやいやいや、そんなことないから!? わたしと神無ちゃんの再開はあれで正解だから! だからスマホは、スマホをそっと取り出すのはやめてぇえええ!!」 


「とにかく私の話を聞いてよぉおおお」と自分のパンツを片手に友人から縋りつかれた時、人はどう行動するのが正解なのだろう。


 とりあえず正座待機は確定として、そのまま蓑虫の如く身体を小さくするみーちゃんを見下ろせば、地獄の小鬼も逃げ出さんばかりのドスの利いた低い声がリビングに木霊するのであった。


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