第18話 『神無ちゃんってそういうところあるよね……』


 小さくため息をつけば、キョトンと私を見上げるみーちゃんと目が合った。

 間一髪の救出劇。

 正直、情緒もへったくれもないシーンだけど、間に合って本当によかった。


「……あっぶねぇ」


 バクバクとなり続ける心臓を無理やり宥めすかし、もう井戸大きなため息を吐き出す。

 振り下ろされた拳の間に身体をねじ込んで助けられたからよかったけど、あと一秒遅かったら、間違いなく親友のひき肉なんて嫌なものを見せられていたに違いない。


(そう言う意味ではみーちゃんが変な動きをしなくて助かったと安堵するべきなんだろうけど……、うん。なんだろうこのむなしさは)


 みーちゃんを抱えて曲芸じみた緊急回避を成功させたはいいけど……わたしの心は救われない気持ちでいっぱいだった。なにせ――


(くそぅなんでおっぱいでかいくせにこんなに体重軽いんだよみーちゃんッッ!! こんなのおかしいでしょうがッッ!?)


 みーちゃんをおんぶした時も思ったが、なんだこの羽のような軽さは。

 この柔らかさは反則だろう。だって、服越しでもモチモチのすべすべよ?

 咄嗟の魔力制御で集中力が乱れてよく筋肉が断裂しなかったものだと、自分を褒めてやりたい。


 わたしとそんなに体系変わらないのに、なんだこの差は!!

 みーちゃんを傷つけられる怒りより、そっちの複雑な乙女事情が上回ってしまい、いまいち集中できない。


「くそぅ、前々から思ってたけど天はみーちゃんに二の物どころじゃない才能を与えすぎているような気がする」


 ギリリィと口内で屈辱に捩じれる音が聞こえてくる。

 親友の窮地にも拘らず別の敗北感を味わえば、薄い胸元に顔をうずめる親友から心配そうな声が返ってきた。


「ど、どうしたの神無ちゃん。そんな悲しそうな顔して」


「………………なんでもない」


「え、でもものすごく傷ついた顔してるけど」


 うん、本当に何でもないのだ。

 ただいくら闘争の妙を極めようと、女子力の前にはあらゆる暴力は無力だと証明されただけ。


 改めて親友の女としてのスペックの高さに戦慄するしかない。


 当の本人はいたって普通で、いったいなにが起こったのかよくわからないような顔をしていらっしゃるが、まぁこれはこれでみーちゃんらしい。

 ――と、次の瞬間そののほほんとした表情が一瞬強張り、頭上に暗い影が落ちた。


「神無ちゃん後ろッッ!!!?」


「――ッ、ああもう、しつこい!!」


 美鈴の鬼気迫る声に咄嗟に身体が反応し、血管の中に循環していた魔力がわたしの身体に見えない力を充填させる。


 容赦ナシに振り抜かれる二つの鉄拳。


 曲芸じみた挙動で頭上から降り注ぐ二つ目の拳を躱し、飛散するガラクタを拳で叩き落す。


 どうやら飛沫はみーちゃんにまで届いていないようだ。


 大きく距離を取るようにしてバクステップを繰り返せば、「無事でしたのね」と胸を撫でおろす凛子と合流を果たした。

 というか――


「無事でしたのね、じゃねぇわ。文字通り死にかけたわボケ!! なに何事もなかったかみたいに誤魔化してんだ凛子ッ!! お前、この部屋に入ったらこうなるってこと知ってたな!? 危うくみーちゃんが潰されかけたぞおい!!」


「だまらっしゃい。わ、わたくしにだって想定外なことはありますわ。それよりもまずは目の前のことに集中しなさい」


 誤魔化すように鼻白み、唐突に湧き出したガラクタの巨人を見据える凛子。

 ガラクタを寄せ集めたような身体が身動ぎするたび、不快な音が響き渡るが、


「なんだあの化け物。これも『幻想』の力だってのか」


「ここは正真正銘、富岡しのぶさんの『幻想』のなか。無意識に何かを察知したのかもしれませんわね」


「と言ってる間に次々と出てきてるんですが……」


 そう言って震える声で順太郎が指さす方向。

 ガラガラと乱雑にゴミ山を崩しながら起き上がる三体の巨人がゆったりと前進してきた。やっぱり動けるんかい。


「どいつもこいつもガキがガラクタに糊を張っ付けたみてぇな腑抜けた顔しやがって、馬鹿にしてんのかこら」


「でも、あれ優に建物二階ぶんくらいあるよね? あんなもの振り回されたらすごく大変なことになるような気がするのは私だけかな?」


「はぁ……ほんとなんでもアリだなこの空間」


 吐き捨てるようにして舌打ちを鳴らし、みーちゃんを傷つけようとした下手人を睨みつける。


 獲物は優に三メートルを超える巨人の群れだ。

 地響きをうならせながら悠々とこちらに向かって歩いてくるさま、一つの災害と言ってもいい。


「囲まれましたわね」


「なーにあたりまえのこと言ってんだよ。こうなることわかってて黙ってた奴がいまさらなに言ってんだ」


「ふん。わたくしだって間違うことくらいあります。それにこれはあくまで想定内の事象ですわ。ただ少しばかり予定が早まっただけのこと、結果はともかく問題ありませんわ」


「どっちにしろ同じだわボケ」と凛子にツッコミを入れ、改めて前進してくるガラクタの巨人に目を向ける。


 動きは緩慢。迎撃は容易。となれば――


「……それでどうする、見た感じそこまで強い手合いって訳じゃなさそうだけど」


「そうですわね。わたくしと貴女二人なら十分殲滅は可能でしょう」


「ちっ――、そうなると久々に共闘ってか? あー嫌だ嫌だ。何だってこんな高飛車な女と組まなきゃなんねぇんだか。アンタの相手すんのが一番疲れるってのに」


「それを言うならわたくしだって同感ですわ。なんでよりによって貴女なんかと組まなくてはならないんですの」


 互いに憎まれ口を叩き、改めてガラクタの巨人を見据える。

 高まる闘志が全身の血液を介して魔力に変換され、どんどん頭が高揚していくのがわかる。

 ああ、もう。こんなこともう二度とこりごりだって思ってたのに――


「それじゃあ手っ取り早く殲滅するとするか。いつもの通りの役割分担でいいな」


「ええ、そうですわね。――という訳で鬼頭神無。あとはよろしくお願いしますわ」


「「――へ?」」


 二人分の疑問形が異空間に響き、背中に軽い衝撃が走る。

 それが凛子の手によるものだと遅れて気づいたときには、ガラクタ巨人の拳がわたしの鼻先三センチをギリギリ掠めた。


「てんっめぇ、いきなり何しやがる。みーちゃんが怪我したらどうすつもりだ!?」


「この期に及んで自分のことよりみーちゃん優先ですか。貴女のそういうところ本当に変わりありませんのね」


 うるせぇ、そんなことどうでもいいんだよ。一体どういうつもりだ!?


「みーちゃんには悪いですが、囮役と言えば貴女が適任でしょう? こちらはこちらでやりたいことがあるので雑兵の相手は貴女にお任せしますわ」


「なにさらっと面倒ごと押し付けてんだゴラ!? お前も手伝えや!?」


「隠しているつもりの野蛮な地が出てきてましてよ。……戦闘中にもかかわらず無駄口を叩く気概はあいからずですわね。ほらほら、次が来ましてよ」


「――のわっと、あっぶね!? おまっ、あとで絶対覚えてろよ!!」


 こちらはみーちゃんを抱きかかえて反撃できないことをいいことに、空気を切り裂く音が耳元を掠る。


 乱雑に拳を振るってでもわたし達を仕留めようとしているのかもしれない。

 この質量、当たればまずもって致命傷間違いなしだろう。


 知恵なんてなさそうな案山子みたいな面して、味な真似しやがる。


 しかし依然と腕を組んだまま静観の構えを取る凛子は悠長に、目を細めて分析に入っていた。


「おそらく異空間を守護する防衛機構のようなものでしょう。例えるなら体内に入った細菌を排除する白血球のように。これは少々長居が過ぎましたわね」


「悠長に分析してないでお前も手伝えや第六天!!」


「あら、でもこの程度、貴女にとっては紙くずも同然じゃありまして百鬼夜行」


 そう言って高々と振り上げた蹴りで、背後から振り下ろされた巨人の拳を涼しい顔で『粉砕』して見せる凛子。


 おそらく何もできず蹲っている『お荷物』を守っているつもりなのだろう。


『わたくしにもできるのだから余裕でしょう?』と言ったドヤ顔がマジでムカつく。

 ド突きに行ってやろうかワレェ。


「そもそも貴女にそんな恨めしそうな顔される筋合いはありませんわ。試験官の立場にいるみーちゃんは貴女の上司。冷たいようですがわたくしには関係ありませんわ」


 そう言ってふんっ、と鼻息を荒げると、あからさまな嘲笑を浮かべた凛子がまるでなにかを見定めるよう視線で、ガラクタの上を踊るわたしを見た。


「敵対勢力の貴女たちに手の内を晒すほどわたくしは甘ちゃんじゃありませんの。

 それに――その程度の責務を果たせず、このような児戯でわたくしに助けを求めるようではこの件に首を突っ込む資格なんてありませんわ」


「あんだとぉ!? もっぺん言ってみやがれ!!」


「ええ何度でも。その程度の覚悟で依頼をこなそうなんて迷惑でしかありませんわ。それに、このガラクタのほとんどは偽物だと言ったでしょう? このくらいの逆境、悔しかったら自分で何とかしてみなさいな」


 切れた。久しぶりにプッツンしちまったぞ、おい。


「ああやってやろーじゃねぁかこの野郎。この程度、高校時代のテメェに比べれば楽勝なんだよコラ!!」


「ああー、相変わらず煽り耐性ゼロなんだから神無ちゃんは。そんなんだからおじいちゃんにいいように踊らされ――ってきゃあああああああっ、神無ちゃんそれダメ、私を抱えたまま突貫しないでぇぇぇえええ!?」

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