第17話 怪しげな影にご注意を――!?
そう言って睨みつけてやれば、あっさりとした肯定が返ってきた。
「ええいくつかわたくしの方で手立てはありますわ。それこそ、貴女方が大人しくわたくしに依頼を譲ってくれれば、という条件付きになりますが」
「はっ、そんなこと言われて誰が譲るか。アンタに頼るくらいならわたしだって自分一人でやるわ」
「そうですか残念ですわね。……まぁ依頼を譲る気はありませんがせいぜい頑張ってくださいな。あとで泣きついてきて後悔しても知りませんわ」
しかしやけに自信満々なのは、それほどまでにすごい装置なのか。
確かに観測機やら鍵開け機など軍事国もちょっとビックリするような科学技術を持っているみたいだが――
(本当に信頼できる技術なのか、それ)
であれば凛子の性格上、大々的にその発明を普及させないとおかしいような気がするんだが。
すると今まで黙って事の成り行きを見届けていた保護者の方から声が上がった。
凛子の高圧的な雰囲気にやられているのか、それとも権力者の娘という肩書に遠慮しているのか。
腰の低い態度で遠慮気味に話しかける順太郎にはイラっとくるが、相手があの凛子なのでやむなしだろう。
まるでわたしと凛子の間を割って入るように凛子の足元に縋りついた。
「あの――それで娘は助かるのでしょうか」
「可能性としては五分五分でしょう。やってみなければわからないと言ったところですわね」
「そんな――。せめて命だけでも助からないんですか?」
「たしかにそれも大事です。ですが事が幻死症に関わるとなれば話は別です。たとえ命が助かってもこころが死んでしまっては意味がありませんから」
それはもっともな話だ。
幻死症を相手する場合、一番気を使わなければいけないのはこの罹患者の精神状態の確保だ。
幻死症の治療の失敗で、患者の『幻想』が暴走してそれこそ村一つ破壊されたなんて有名な噂話まであるくらいだ。
凛子が慎重に言葉を選ぶのも無理ないことだろう。だが――
「この部屋
「そんな単純な問題じゃないのは貴女もわかっているでしょう。人命がかかってるんです。もう少し真剣になりなさいな」
そうだろうか? 確かに依頼としての破格の難易度だが、問題を大きくしているのは凛子自身のように思えてくるんだが。
まぁ「じゅうぶん真剣だよ」と言ってもクドクド仕事とは何かという説教が返ってくるのは目に見えているのであえてスルーする。
そうしてご自慢の秘策がどれだけ素晴らしいものかご高説垂れる凛子を順太郎とみーちゃんに押し付け、わたしはわたしで一人探索を開始する。
「(さぁーて、わたしはわたしで出来ることをやりますか)」
あたりを注意深く見渡せば、先ほどまでの乱雑に積み上げられたゴミのドームとは違う変化に静かに目を細めた。
たしかに凛子の推測は正しいかもしれない。
この部屋はその富岡しのぶとかいう少女の私室を現しているのか、先ほどまでゴミゴミしていた雰囲気とは違い若干の生活感がみられた。
「おーおー、ずいぶんな散らかしようだねぇ。こんなところで生活してよく発狂しないもんだ。この異空間を作り出した女の子の精神力にはつくづく感心するよ」
中途半端に埋まった机に、ベット。申し訳程度にゴミをどけられて作られたスペースにはまだほんのりと生温かいタオルケットが落ちており、そこで寝起きしていることを証明しているかのように、目覚まし時計が一つ枕元に置かれてあった。
おそらく幻死症を発症してからずっとここで引きこもっていたのだろう。
それにこれは――
「写真立て、か?」
◇◇◇
「間違いないですわ。この子が富岡しのぶさんです」
床に落ちた写真たてを拾い上げれば――おそらく家族写真だろうか。
二人の男女に囲まれて中央で笑う快活そうな黒髪の少女の姿があった。
おそらく彼女が富岡しのぶだろう。
その右隣の立っている年若い七三が順太郎だとすると――
「この綺麗どころのゆるふわガールは――」
「家内のみどりです」
なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?
「え、なに。こ、この普通にモデルとかやってそうな女の人が、冴えないおっさんの奥さん!? いいのかそれで!?」
「本人を目の前によくそんなに驚けますわね貴女……失礼にもほどがありましてよ」
「いやだってさぁ!?」
「神無ちゃん。人は見かけによらないって言葉があるんだよ。きっとこのみどりさんも順太郎さんのどこかよくわからないところに惹かれてたんだよ。わたし達には全然よくわからない趣味だと思うけど、そんなこと言っちゃメッだよ」
いや、わたしよりみーちゃんの方が地味にひどいこと言ってるから。
ほら、冴えないおっさんシュンとしちゃってんじゃん。
すると大きくため息を吐き出し、首を横に振ってみせる凛子が話の軌道を仕切り直すように柏手を叩いてみせた。
「それで、これは確かにしのぶさんの写真に間違いないようですが、現物はこれだけですの?」
「あ、はい。その、幻死症を患うようになってから、どういうわけか急に写真を捨てだしてしまって。今では家族写真はこれ一枚しかありません」
「これ一枚って。どうしてそんなことを――」
「それが僕にもさっぱりで。急に病院から帰ってきたかと思えば、戸棚に飾ってあった家族写真を片っ端から破り捨てたんです」
「ふむ……、そうですか。これは少々調べなくてはならないことが増えましたわね」
すると眉間にしわを寄せ、顎に手を当てる凛子の視線がゴミ山に集中する。
高校からの癖で考え事をすると目尻が鋭くなっていくのは相変わらずのようだ。
そのせいで『西の第六天』なんて二つ名を頂戴する羽目になったが、その理由は彼女の性格にもよるのでザマァとしか思っていない。
まぁ当の本人はわたしとは違ってその二つ名を気に入っているようだが――。
なんだろう。目がやばい。目が。
「それで順太郎さん。しのぶさんが帰ってくる前に一つ確認したいのですが、あなたは本当に彼女が幻死症を患った原因を知らないのですね?」
「え、ええ。おそらくというアタリはついていますが、これと言った確証は特に。でもなんでですか?」
「いえ、わたくしの経験からいくとこの手のタイプの『幻想』は主に異空間内に大切なものを置き忘れてしまったのではないかと思いまして――」
「ふーんなるほどねぇ。で、そういうもんに心当たりとあんのかよ、おっさん」
そうして流し目で順太郎に問いかければ、黒縁の眼鏡を押し上げる保護者の目つきが若干険しくなった。
「心当たり、ですか。それがお恥ずかしいことにこれと言ったものは特に……、ああでも、もしかしたら……」
そう言ってふと顔を上げた順太郎が唐突にあたりを見渡してみせた。
「ん? なにか思い当たる節でもあんのかよ」
「いや、そういえば娘はみどりから貰った小さな寄木細工の秘密箱を大事にしていたのでもしかしたらそれかなと」
「秘密箱っていえば、あれだよね? ちょっと前までMETUBEでよく動画に上がってた一定の手順を踏まないと開けられないやつ」
「ああ、あれか。でも、なんでそんなややこしいもん娘に送ってんだよ」
「さぁ、昔から悪戯好きな女性だったので僕は何とも、ただ、もしかしたらこのゴミ山のなかにいくつか埋もれているかもしれません」
「じゃあ、なおさら絶対に見つけてあげないとだね!!」
そう言ってたどたどしく憶測を語る順太郎の言葉に釣られ、豪快に鼻の穴を膨らませる感動屋さんのみーちゃん。
意気揚々と腕まくりしてやる気十分なのはいいけど、これわたしの入社試験だってこと忘れてない?
あと――
「あ、みーちゃん。それ以上あんまり奥に行かない方がいいよ。これ以上はたぶん帰ってこれなくなる」
「ええっ!? なんで!?」
「なんでってそりゃ――」
「しのぶさんのトラウマが現実となって形になった場所ですからね。本人以外はできるだけ立ち入らない方が賢明かもしれません。まぁ、その――もう遅いかもしれませんが……」
「はぁ? そりゃいったいどういうことだ、よ――ッッ!?」
言い切る前に後ろを振り返れば、やや遅れて苦笑気味に頬を掻いてみせる凛子。
その視線の先には、このゴミ山には存在しえなかった巨大なガラクタを纏った巨人が拳を振り上げているところで――。
「みーちゃんッッ!!」
何も知らないみーちゃんはキョトンと首を傾げるばかりで何も気づいていない。
だというのに、ガラクタを纏って作り上げられた巨人は、その巨大な拳を軋ませると、一切の慈悲なくみーちゃんの頭上めがけて振り下ろしてみせた。
そして――
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