第16話 桐生院凛子の秘策――
◇◇◇
いや、なんでアンタにそんなことわかんだよとツッコみたいが、こういう時に限ってツッコめばマウントを取り出すのはよく理解している。
調子にのった宿敵を相手するときほど面倒なことはないので本来ならスルーすべきなのだろうが、形式美を理解するわたしの口は残念ながらお約束を踏襲せずにはいられなかった。
というわけで――
「いや、なんでアンタにそんなことわかんだよ」
と非情に残念な目で問いかければ、なぜか自信ありげに形のいい鼻を膨らませるイキイキとした宿敵の姿があった。
「ふっ、かつて『東の百鬼夜行』と謳われた貴女らしくありませんわね鬼頭神無。長年の引きこもり生活で観察眼が落ちているんじゃありませんの?」
うっさい。こっちはやむに止まれぬ事情があったんじゃい。
「というかいい加減もったいぶらずさっさと話しなよ。アンタの茶番に付き合ってたらそれこそ日が暮れちまうわ」
「ふっふっふっ、見てわかりませんの? この空間に訪れた明確な変化を」
「変化? あ、そういえば――ここだけちょっと違う、ような?」
「いやいやいや、みーちゃんもこんな奴の戯言に付き合わなくていいから。どうせいつもの対抗心とかそんなんで見栄張ってるだけだから」
そもそも機械ですら識別困難な『
「ふっ、それを解析できる手掛かりがあるとしたら、どうです?」
「ああん? そりゃどういうことだ?」
そうして改めて周りを見渡せば、わたしにつられて同じように周囲に視線を巡らせ、可愛らしく首を傾げてみせるみーちゃん。
いやどう見ても先ほどと同じゴミ山です。どうもありがとうございました。
「それで、いったい何を根拠にここが異空間の中心だと結論付けたわけ?」
「御覧なさい。ここだけやけに個人的なものが多いとは思いません? 周りはゴミ袋や不燃ごみで一杯なのに、下着や学生鞄など私的なものが散乱してますわ」
「あ、ほんとだー。見てみてこれ三か月前に発売してたファッション雑誌だよー。あ、こっちには絵本まである!!」
「それにこの清女学園の制服!! この制服が何よりの証拠ですわ」
そう言ってゴミの中から引っ張り出したのは、しわくちゃの学生服だ。
清女学園と言えば、都内でも有数の女子高だったと記憶している。
いや、順太郎の娘だってくらいだからそりゃ学生服があるのも不思議じゃないだろうが、
「つまりあれか? その娘さんの私物が転がってるから、ここが空間の中心とでも言いたいのか?」
「その通りですわ!!」
声高らかに自分の推測を語り、その豊かな堕肉を誇らしげに張って見せる。
いや確かに根拠としてはそこそこ的を射ている気がするけど、
「少し安直すぎやしない?」
「でも思い返してごらんなさいな。あの扉からここまでくる間に一つでも年頃の少女が持っているような雑誌や化粧道具が転がっていまして?」
む? そう言われてみれば確かにそれらしいのはなかったような――
「そこらへん几帳面なみーちゃんはどう思う?」
「うーん。たしかに言われてみれば自転車とかかき氷機とか子供用の服とか法則性のないものなんかはいっぱい転がってたけど、そういう趣味? みたいなは一つも見てないよね」
「それにこの観測機の反応が何よりの根拠ですわ。ここから強い磁場の乱れを感じますわ」
なるほど。それでさっきからスマホを見比べては当てもない行進につき合わされたわけか。
その観測機? とやらの精度はともかくとして、
「そこんとこどうなの?」
「え、ぼ、僕ですか?」
そうして後ろでオロオロしている順太郎に視線を投げかければ、視線を左右に彷徨わせる親の口から同意するような頷きが何度も返ってきた。
「え、ええ。確かに桐生院さんの言う通り、この辺のものはウチに常備していた家電ばかりありますね。この雑誌なんか特に娘が持っていたような気がします」
「気がしますかよ。親の癖に頼りねーなおい」
「まぁ年頃の娘を相手にする親なんてそんなものですわ。わたくしのお父様もそうでしたし。……ああ、この雑誌なんかまさにそれですわね」
そう言って足元に落ちている古びた雑誌を拾い上げれば、パラパラとページを捲ってみせる凛子が懐かしそうに目を細めてみせた。
「三年前に絶版したものを桐生院財閥の力をもって探し出したものですわ。一年前に差し上げたものですのに、まだ持っててくださったのですわね」
「結局アンタの持ち物かよ!? ――って、ん? いまなんつった?」
「ですから、我が桐生院財閥の力を持って探し出した思い出の品だと……」
いやそうじゃなくて。つまりなんだ?
「えーっと、となると凛子ちゃんはその娘さんを知っているように聞こえるだけど……」
「ええ、病院でたまたまお会いしまして。なにか問題ありまして?」
とケロッと悪びれもなく言って見せたおったで、コイツ。というか――
「いや問題だらけだわこのバカちんが!! たしかにどっちがこの依頼を引き受けるかって話でまとまってたけど、どうするにせよ情報共有は基本でしょうが!?」
「でもそうなると、いち早くあなたがこの依頼を完遂してしまうでしょう? いくら人命が掛かっているとはいえ、貴女に負けるのはわたくしのプライドが許しませんの」
「いやだから何年前の闘争心引きづってんだ!? それでいいのか社会人ッッ!!」
なにその『あらそういえば、そうでしわね』みたいなキョトンとした顔。
アンタほんとそういうところだからね!?
「そう言われましても、この程度なら調べればわかる情報でしてよ? まぁそこからちょくちょく顔を合わせるようになったんですわ。本名は富岡しのぶさん。気配りのできる優秀な子でしたわね」
「…………ふーん。たまたま、ねぇ」
「……なんですの貴女さっきから。言いたいことがあるならはっきりと口にしなさいな。黙ってて何もかも伝わるなんてうぬぼれは怠惰でしかありませんわよ」
「いやそれアンタに言われたくないんだけど――ってああぁもう、わかったわかったわかりましたよ!! 正直に言えば『用意周到なアンタに限って偶然出会ったなんて嘘くさいセリフはねぇよな』って疑ってただけですぅ。だからそんな睨むなって」
「その口ぶり、信用なりませんわね。貴女こそ何か隠していることあるんじゃありません?」
いや、だからそれアンタに言われたくないんだって。
なんでそんなに特大のブーメランをぶん投げて平気な顔してられるの?
アンタのメンタル、アダマンタイトか。つか――
「それこそその富岡しのぶ? のこと知らないって。わたしがここに引っ越してきてどのくらいだと思ってんの? 出会って早々面倒ごとに巻き込まれるとか、ラノベじゃないんだからやめてよね」
まぁ、とにかくここが空間の中心だというのはわかった。それで――
「それで凛子ちゃんはこの中心で具体的にはどうするつもりなのかな」
くそう、台詞取られた。今日はほんとこんなんばっか。
すると美鈴の言葉を受けた凛子が改めて背筋を正すと、言葉を選ぶようにして頷いてみせた。
「みーちゃんの疑問はもっともですわ。幻死症の見せる『幻想』はそれこそ地球上の法則や理論を無視した謎の現象。こういった異空間を生み出すこともあれば、地球上には存在しない物質を生み出すこともあります。わかりやすいもので言えばあのゴミ山なんかがいい例でしょう」
「えっ、あれもそうなの?」
「ええ。あれらがどういう意図や仕組みで存在しているのかわたくしにはわかりませんが、先ほど調べたところ本物に限りなく近い偽物であることがわかりましたわ。例えば……これなんかはそうですわね」
そう言って床に突き刺さった手頃な椅子を掴んでみせると、それを景気よく真っ二つに素手で叩き割ってみせた。
ボロボロと外皮が崩れ、中身がすっからかんの自転車が空中に溶けるように消えていく。おそらく中身の強度や性質まで意識が回っていないのだろう。
だからと言って自転車を手刀で叩き割ってみせるのもどうかと思うが……
「このように幻死症が及ぼす現実改変能力は現代の科学では干渉するのは難しいと言われてきました。そう――最近までは」
「最近までってことは――もしかして解決策があるの!?」
「ええ、特に今回の件で問題となっているのは、この無限に広がりを見せる異空間がしのぶさん本人を蝕んでいることですわ。おそらく扱いきれない自分の『
……というと?
「幻死症の原因の元であるこの異空間を破壊してしまえばいいのですわ!!」
ババーンと、それこそしょうもない結論を世紀の大発明とばかりに大々的に口にする凛子。
いやそれができないから困ってんじゃん。とツッコミを入れたいのだが悲しきかなここにはわたし以外の常識人はいないらしい。
いまかいまかと待ちわびていたみーちゃんの口からなぜか大きな歓声が上がった。
「おお~~っ!! さすが凛子ちゃん。考えることが大胆というか、相変わらず頼りになるねぇ!!」
「ふふん。それほどでもありませんわ」
いやいや、ふふんじゃないから。盛り上がってるとこ悪いけど、それムリだから。
確かに原因となっているこの空間を壊してしまえば、少なくとも『幻想』の顕現。つまり幻死症の症状は抑えられるだろう。
しかし先ほども凛子が言った通り、この幻死症は思春期の子供が心に
例え、この異空間を破壊できたとしても再び『幻想』が『現実』を塗り替え始めるだけで意味がない。だいたい――
「そんな方法、ほんとうに存在するのかよ」
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