第4話 極道カタナシ、乙女の仁義ッッ!!

「ふん、当り前じゃん。ここはわたしの家でもあるんだし」


 そうやって自分の本心を隠すように強がってみせれば、一瞬だけみせた感情を誤魔化すようにじじいの表情が破顔した。


「かかっ、当たり前か。何だったらついでに俺の席を開けといてもいいんだぜ?」


 はっ、馬鹿言わないで。何がついでだ。わたしはこれから平和な一般市民として生きていくんですぅ。冗談も休み休み言って欲しい。それに――


「しばらくはあっちの生活が忙しくなるだろうから当分は帰って来ませんよーだ」


「そうか? オメェは案外こっちの世界の方が性に合ってると思って引きとめてんだけどなぁ」


「はっ、いまどき義理人情がはやると本気で思ってるの? 極道なんて血生臭い生き方誰がやりたがるもんですか」


 それにずっと言いたかったけどわたし、こんなんでも女なんだけど?


「だからどうした。性別の差なんかそれこそ些細なもんだろ。オメェの極道の才能は間違いなくてっぺんを取るためにあんだよ。見ろ、こいつらがいい証拠よ」


 そう言って清十郎が背後を指させば、外聞もなく泣きじゃくる大人たちの姿が。

 いや確かに、昨夜は結構豪快に殴っちゃったけど――


「頭だいじょうぶ? というかみんなはわたしなんか組の頭でいいって本気で思ってるの? クソじじいの前だから合わせてるだけでしょ? なんだったら本音をぶっちゃけちゃっていいよ」


「お嬢!! そんなこと言わんでください。オヤジの言う通り、儂らはお嬢の心意気に惚れたんでさぁ。鬼頭組の頭はお嬢しか考えられねぇ」


「いやだからわたし組は継がないって」


 ズズイッとその厳つい顔を近づけてくる組長の一人からわずかに距離を取れば、豪快に洟を啜り、袖で顔を拭い頷いてみせた。


 おそらく、先ほどの祖父と孫娘の何気ない会話にあてられたのだろうが、それにしたって泣きすぎじゃね?


「わかってます。お嬢にはお嬢でやりたいことがあるのは昨日、拳を交えて理解しました。でも、気が変わったらいつでも呼んでつかぁさい。儂らはいつでもお嬢のために身体張りますんで」


「二十の小娘にいいように使われる組長って……でもその心意気だけもらっとくよ、京さん」


「ったく。だからこんな面倒なことになる前にさっさと形だけでも襲名式終わらせときゃよかったんだよ。テメェ等が珍しく神無の意思を尊重しろって騒ぐから大人しくしたがってやったのに、せっかくのチャンスを不意にしやがって」


「ですがオヤジぃ。お嬢は儂らの宝ですけぇ。無理強いなんてできやせんよ」


「はっ!! それで伸されちゃ世話ねぇんだよ。ったく、そろいもそろって――この親不孝どもが」


 若干嬉しそうに言ってのけるじじいの言葉に何度か柏手を打って黙らせる。

 というか――


「もう、いい加減しつこいよ。約束は約束でしょ。京さんみたくわたしの意志を素直に尊重してくれたらこんな面倒なことにならなかったのに……。あと嬉しそうに言っても説得力ないからね」


「約束ねぇ……、あんな軽はずみなことしなけりゃよかったぜ」


 ジト目でじじいを睨みつければ、苦い顔して昨夜景気よく打ち付けた顎を撫でつける清十郎。本人もまさか負けるとは本気で思っていなかったのだろう。


『今後一切、わたしの好きなことに口出ししない』


 それがわたしとクソじじいが決闘の前に決めた不文律の掟だ。

 極道は仁義を重んじる。

 特にこの目の前の清十郎はそう言った意味では漫画の世界より仁義を重んじる極道だったのでそこに関しては何も心配はない。


 まぁそれもこれもわたしだけが持つ『秘密の裏技肉体強化』のおかげなのだが、ここは言わぬが花と言うやつだろう。


 ちゃんと正々堂々勝負になるように調整したし、ズルはしていない。


 そもそも、肉親同士で殴り合わなくちゃ自由に生きていけないってどんな世界?


「まぁ、今更だがオメェには組のこと以外に色々と面倒をかけちまったからな。かわいい孫娘のためだ。今回くらいは俺が折れてやらぁ」


 まったく偉そうに。いや親分だから実際偉いんだろうけど。

 そのおかげでわたしがどれだけ苦労してきたと思ってるんだ。


 こちとら少女漫画みたいな学園生活を送りたかったのに、家柄の所為でわたしに降りかかるのは暴力的な『少年漫画』生活。


 確かに漫画みたいな自由な生き方がしたいと思って転生魔法を使ったけど、毎日、拳と拳を交えて友情を確認する世界なんて望んでない!!


 おかげでうら若き乙女なのに『百鬼夜行』なんて物騒な二つ名がついちゃったし、地元の人はみんなわたしを怖がって年上だろうと敬語を使われる始末だ。


 おまけにいまどきコンビニもないド田舎に転生とか、どういうこと!? 

 

「他人の人生に散々口出しといて言うセリフ? わたしはオタクで充実した乙女の世界に生きたいの!! 誰が極道なんて血まみれの人生を歩むもんですか」 


「ふん。まっ、せいぜい束の間の平和を楽しんできやがれ。世間様ってのはオメェが思ってるほど甘くはねぇからな、近いうち世間の厳しさも知ることになるだろうよ」


「ったく、そういうところは相変わらずなんだから。まぁ、とにかく。……じじいも身体には気を付けなよ、もう十分いい歳なんだからさ」


「かかっ、晴れ晴れしい顔しやがって。……よっぽどこのうちから離れたかったんだな」


 そう言って腰に手を当て高らかに笑ってみせる鬼の瞳に、穏やかな光が灯ったように見えた。


 鬼のように鋭かった清十郎の目元が下がる瞬間なんて久しぶりに見た。


 それはわたしがまだ幼いころ見ていた『おじいちゃん』の顔で――。

 だから、わたしもわたしでちゃんと伝えなきゃいけないことを思い出した。


「ううん。それは違う。確かにこんな家柄だから世間の目は痛いし、近くにコンビニはないわ、何故かよく絡まれるわでケンカに明け暮れる毎日だったけど――、わたしはこのうちが好きだよ。この家に生まれて本当によかったって思ってる」


「だったらオレの跡を継ぐって選択もあったんじゃねぇのか」


「うん。ぶっちゃけじじいが言ってた通り、わたしはそういう才能もあると思う。でもね――わたしはさ」


 そこで一度言葉を区切ると、門扉の近くに堂々と咲き誇る桜の花を見上げ、それこそ生まれて初めて自分の野望を祖父に口にした。


「ただ、生まれも育ちも関係なく一から自由に生きてみたかったんだ」


 そう。自分の力でどこまでやれるか試すために。


 生まれて初めての告白。

 それはずっと胸に秘め、誰にも知られないように、迷惑をかけないように、押さえつけていたわたしが初めて『家族』に話した本音だ。


 鬼人の孫娘としてのわたしでなく、何者でもない『鬼頭神無』という一個の存在として世界に在るために。


 すると少し遅れて黙ってわたしの話に耳を傾けていた清十郎の厳かなため息が聞こえてきた。


「そうか。それがオメェさんのやりたいことか」


「うん」


「それじゃあ――。仕方ねぇな」


「うん」


 久しく聞かなかった穏やかな声に小さく頷き、改めて生まれ育った我が家と自分を支えてくれた荒っぽくも人情深い『家族』を見据える。

 伝えることはもう『拳』で伝えた。あとは、ケジメをつけるだけだ。


「お控えなすって!!」


 生涯最後となるであろう極道の流儀を嫌がらせに変え、わたしも最後まで通すべき『仁義』をわたしらしく通す。


 これからの生き方に恥じ入らないよう伸ばした背筋に別れの左手を回し、未来へ伸ばすための右手を上手に向ければ、そのまま腰を落として


 大きなどよめきが組長たちから巻き起こる。――が、正面に立つクソじじいだけは生意気にも初めからわかっていたかのようにまっすぐな瞳でわたしを見ていた。


「お控えなすって!! ……あっしは生まれも育ちもここ東方、御伽町おとぎちょう。鬼頭組の孫娘として生を受け、ならず者の馬鹿どもに囲まれながら紆余曲折こうして今日まで生きてまいりました。

 姓は鬼頭、名は神無。人呼んで『百鬼夜行の神無』と発するチャチな組の孫娘ではございますが、今日、此度の別れをもちまして勝手ながらこの二つ名ここに返上させていただきたく存じます」


 そう口上を吐き捨てた瞬間、ざわめきがより大きくなり、大人たちの顔に涙が浮かび始める。


 誰もがわたしの言葉の意味を理解したのだろう。


 そう、結局のところわたしはわたしだ。

 じじいの望む、――極道の孫娘にはなれない。


 だからこれは――鬼頭神無というわたしから世話になったじじいたちへ贈るせめてもの『夢の選別』だ。


 せめてこの老い先短いじじいに、そのくらいの夢を魅せるだけの義務はある。


「鬼頭組の大親分さんのご期待に沿えぬこと誠申し開きもございませぬが、此度は、親兄弟たちの厚き義侠の下、己が信念を通すため勝手ながら仁義押し通させてもらいます」


「……はっ、押し通るもくそもあるか。はじめっからそのつもりだったくせにほんっと嫌味な野郎だなオメェは。……最後までオレに未練を残しやがって」」

 

 そうしてどこか頼りなく吐き出された言葉は見栄か意地か。

 眩しそうに目を細める祖父の眼差しを一身に受け、わたしは改めて背筋を伸ばすと深々と『家族』に頭を下げる。

 そして――


「……二十年間、お世話になりました。このご恩は決して忘れません」


 最後まで己の『極道』を曲げなかったことを誇りに、子供のような屈託のない柔らかな笑みを浮かべるのであった。


――――――――――――

――――――――

――――

――

 

 とここで物語が終われば全て美談で終えられたのだろうが、あいにくとこれは現実である。


 漫画でもなければ映画のワンシーンでもない現実に何を望むかと言えば、当然――後日談が必要だろう。


 そんなわけで感動的な旅立ちから次の日。


「だぁっーはっはっ!! ザマァ見晒せくそじじい!! 見事に騙されてやんのー」


 誰もいない新居となるアパート893号室のリビング。


 情緒もクソッタレもない大胆な唇から下品な吐息を噴き出すわたし――鬼頭神無は、早朝にもかかわらず鬼居ぬ新天地を目下に収め、厄介なじじいどもを出し抜けたことに喜び、一人高笑いをキメるのであった。

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