第3話 サクラ舞い散る、血染めの花道ッッ!!
その結果「こんな人生もう嫌」とブチ切れ、気付いたら稀代の魔導師の才能をフルにいかして独自に開発した『転生魔法』を発動していたが、悔いはない。
唯一の心残りは原作を堂々と自分の作品と言って憚らなかった盗作野郎こと異世界召喚者に一発拳を叩き込めなかった事だが、まぁこの素晴らしい出会いを提供してくれたことに免じて許してやろう。
そうして奇しくもセルジアは現代の日本の『一般家庭』に転生することとなった訳だが――
「「「「いってらっしゃいませ!! 神無お嬢さま!!」」」」
『これ』である。
苦笑気味に頬を引きつらせ、毎度おなじみのあいさつに返事を返せば豪快な男泣きが返ってきた。
上下黒のスーツでぴっちり決めた若い衆に半分涙声で見送られ、サッと台所に視線を走らせればこの屋敷を支えてくれている女中さんたちもハンカチを目元に当て、別れを惜しむように手を振ってくれる。
なにも今生の別れじゃあるまいし大袈裟ではなかろうか――と思うのだが残念ながらマジな反応なので指摘しにくい。
この屋敷に生まれ育って二十年。様々な行事でバカ騒ぎを繰り返してきたけど今日ほどしんみりした空気になるのは珍しい。
クリスマスの夜から約四か月。覚悟は決めていたけど――
(やっぱり、みんなの顔を見ると
だけどそれがわたしの選んだ道なのだと、自分を納得させる。
そもそも独り立ちしたいと言い出したのはわたしの方なのだ。
いずれはこうなるとわかりきっていたではないか。
だったら――別れは湿っぽくない方がイキというものだ。
「それじゃあ、お嬢、例の皆さん方がお待ちのようなのでそろそろ――」
「うん。それじゃあみんなも体に気を付けてね」
「へい。お嬢こそお身体におきをつけくだせぃ。オレたちゃいつでもお嬢の帰りを待ってますけぇ」
そういってみんなとお別れを済ませば、一般家庭にしては豪華すぎる屋敷を背にし、上機嫌に踊る靴裏が桜色の石畳を叩く。
いやぶっちゃけ、初めはもうちょっとまともな転生先あったでしょう、と思わなくもなかった。
転生直後なんてそれこそ、なんで何千万ある世帯の中でピンポイントにこの家庭を引いちゃうかなーとやり直しを要求したものである。
しかも『転生した器』は以前のように自由に魔法を使うこともままならず、センテ・イグラスでは当たり前のように大気に浮遊していた魔力もこの世界にはないときた。
幸い、転生前の記憶を保持した状態で転生したのでそこら辺の事情はどうにかなったし、なくても困らない時代に生まれたので特に問題はなかったのだが……
「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人――か。まさかこの歳になるまで独り立ちを許してもらえなかったのは想定外だけど」
普通に生きてきたつもりだったのに祖父の清十郎に才能を見抜かれてしまったのが人生最大の過ちだろう。
その結果、この歳になるまで独り立ちを許してもらえず、しつこく組を継ぐように言われ続けてきたという訳だが、
「まぁなんだかんだ楽しかったのは事実だし、そこだけは感謝してあげますかね」
在りし日の面白おかしい命がけのバカ騒ぎを思い出し、小さく独り言ちる。
寂しさはある。
この家はわたしが思っていた以上の愛情を『神無』に注いでくれた。
生まれも、傷も、出会いも、別れも、理不尽と思えるような壁も、どれも『セルジア』では味わえなかった刺激だ。
キャリーバックを片手に『屋敷』の長屋門を潜れば、一般家庭には絶対にないだろう門扉の前に黒塗りのリムジンが止まっていた。
屋敷の前に勢ぞろいするのはどこぞの名のある組長さんたちだ。
表札に『鬼頭組』と書かれた門扉の前に集う全員が、びっしりと上から下まで黒スーツを身に着け男泣きをキメていた。
「お嬢おおおおお、いかないでくれえええええええ」
「ざびじくなるぜえええええ」
「なんでいっじまうんだよおおおおおおおおおおお」
いや、わたし死んでないから!? 何その葬式みたいなテンション。
厳つい黒服の男たちに見送られ、苦笑気味に頬を掻く。
まさか自分がここまでこいつらに好かれているとは思ってもみなかった。
ほとんどが一度か二度顔を合わせた程度の関係なのに、ずいぶんと慕われたものである。すると豪快に玄関の引き戸が開け放たれ、山吹色の着物を流し着た白髪頭の老人が歩いてきた。
ガリガリと気だるげに頭を掻くさまはいつも通りで、まさに今気まぐれに起きてきましたと態度で訴えかけるようなだらしない格好だ。
孫娘の記念すべき門出の日だというのに、相変わらずマイペースな人である。
だが、さすがにこの光景は予想外だったのか。たかが一人の小娘に男全員泣かされたという惨状を目の当たりにしたじじいは一瞬だげ目を剥き、静かに――厳かに重い溜息を吐き出した。
「ったく、大の男が情けねぇな。代紋背負って頭ァ張ってる野郎どもがこんな小娘に泣かされてどうすんだよ」
「だって、オヤジぃぃい」
「情けねぇ声出してんじゃねぇよ前ら。男ならシャンとして見送ってやれ。なにももう二度と会えねぇわけじゃねぇんだからな」
さすが『鬼人』と呼ばれるほど極道界隈で名を馳せ、その頂点に上り詰めた男の言葉は伊達ではない。
義理と任侠を何よりも重んじる祖父の言葉だ。
そう言う漢気と生き様に憧れて彼をオヤジと慕う者は多い。
まぁ今は、負けたのが悔しくてブスッとしてるみたいだけど。
「……もう行くのか」
「うん。明日には仕事があるし、引っ越し業者も待たせてることだしね」
これが今生の別れになるかもしれない会話だというのに、淡白な反応には我がことながらあきれて言葉もでない。
「我が孫娘ながらほんと割り切りのいい性格してるよなオメェさん。爺ちゃんとの別れを惜しんだりとかもうちょっと未練を醸し出す解かねぇのかよ。これが最後の会話になるかもしれねぇんだぜ」
「殺しても死なないような超人がなに言ってんの。そういう冗談は一回死んでからにしてほしいもんだね」
「かぁーッ、相変わらず可愛げのねぇ奴だこと。そんなんだから彼氏の一人もできねぇんだよ」
「それ今関係ないでしょッッ!!」
じじいの作法に則って冗談をかぶせてやれば、思わぬカウンターに頬を膨らませる。
しかし、その怒りも束の間。突然神無の頭上に大きな影が落ちると、まるで頭に落ちた桜の花びらでも払うかのように武骨な指先が跳ねっかえりの黒髪を優しく梳いた。
「……いつでも帰ってこい。ここはオメェの家だ。家の戸口はいつでも開けといてやるからよ」
突然大きくしわがれた手がわたしの頭に置かれたせいで顔は見えなかったけど、不器用な温かさを感じた。
まったく普段からぶっちょ面でわかりにくいくせに、こういうことするのはやめてほしい。不覚にもキュンと来るじゃん。
だけどこんな老いぼれじじいに乙女センサーを連打されっぱなしというのもなんだか癪なので――、
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