4月25日の昼――

第11話 日本版冒険者ギルド、ランクシステムの実態!!

◇◇◇


 正午、太陽がやや真上に差し掛かった時間。


 さんさんと降り注ぐ日光を全身に受け、わたし――鬼頭神無は道端に捨てられた猫よろしく絶望の心地で植え込みに腰かけていた。


 ゲ〇ドウさんよろしく両ひざに肘を立て眉間にしわを寄せれば、陰鬱な空気が魔力を伴って周囲に伝播する。

 もちろんこんな情けない姿をさらすのも理由があって――


「……つまりなんだ。大人しくこの試験をクリアしないと、わたしの安寧の住居はあのクソじじいの手によって奪われ、半強制的にあの地獄に返されるってわけか」


「うーん、どうやらそうみたいだね。依頼内容もそういう脅しが書かれてるっぽいし、なにより孫娘の監視をよろしく頼むってはっきりで書かれてるし」


「鬱だ。死のう」


「もういつまでいじけてるの神無ちゃん!! 早くいかないと時間に遅れちゃうよ。ほらちゃんと立って!!」


 平日ということもあり、人通りは少ないのだが道端の中央。まるで彷徨えるゾンビの如くそこだけ明らかにどんよりとした空気を放つ人物がいれば目立つなという方が難しい。


 それもこれもあのクソじじいに一杯食わされたのが原因なのだが、わたしが精神的に抱える問題はそこではなく――


「まさか、まさかみーちゃんがじじいの手先だったとは」


「もー、まだ気にしてるの? だからさっきちゃんとごめんねって謝ったでしょ?」


「いや確かに謝ってもらったけどさ。あんなに嬉しそうなゴメンね見たの初めてだよみーちゃんッッ!!」


 おそらく生涯十本の指に入るくらい爽やかな笑顔だった。

 親友を欺いておいてあんないい笑顔できるなんて、ほんとビックリだよ。

 いつから菩薩から小悪魔にジョブチェンジしたのか詳しく問い詰めてやりたい。


 しかも『わたしは神無ちゃんと働けるなら嬉しいし、さっきも言ったけどそんなに悪い職場じゃないよ?』とフォローされては何も言えない。

 わたしだってみーちゃんと一緒に働けるのは嬉しいのだ。


 そう。嬉しい、はずなのに――


「それがじじいの差し金だというのがなによりムカつく。ああちくしょーッッ!! 絶対何かあるってわかってたのに浮かれてたー!!」


 まったく、道理でわたしの言うことを素直に言うことを聞いたわけだ。


 一切干渉しないとか豪語してたくせに、札付きの自分たちではなくカタギのみーちゃんを利用するとは何て肝の太い奴だ。


 長い黒髪を振り乱し、全身で怒りを表現すれば、地団太を踏んだ勢いで花壇が縦に揺れ始める。


「ああもう。なんでこの可能性を思いつかなかったわたしッッ!! あの人たらしなクソじじいなら絶対使いそうな手だってわかってたのに!!」


「うーん。でもこの依頼状を見る限り、成功報酬は神無ちゃんに有利なものばかりだし、別に神無ちゃんがそこまで怒る理由はないと思うんだけど」


 いや、たしかにそう言われればそうなんだけど……。

 そうして煮え切らないわたしの言葉に、不思議そうに眉をひそめて可愛らしく首を傾げるみーちゃん。


 ああ、これあのクソじじいに借りを作ることがどれほど厄介なのかわかってない顔ですわ。


 いやね、確かにあのアパートは想像以上に最高だよ? Wi-Fi状況も完璧だし、駅から近いのも近くにスーパーが存在する点も申し分ないし、なにより家賃が掛からないのがでかい。


 オタクは何かと金が入用なのだ。


 この恩恵は、今後のわたしのオタ生活を間違いなく支えてくれるだろう。

 しかしだ。裏を返せば――わたしの輝かしいオタク人生があの忌々しいクソじじいの人質に取られることを意味しているわけで――。


「そこんとこあのじじいは人の弱みを的確に見抜いてやがるから厄介なんだよなぁ。容赦のなさは変わらねぇってか」


 ガリガリと髪を掻き揚げ、脱力するように大きなため息を一つ零す。


 いつまでも座り込んでいる訳にもいかず、観念して歩き出せば上機嫌にへたくそな鼻唄を口ずさみながらわたしを先導しはじめた。

 おそらく本人は利用されたなど毛ほどの先も考えてはいないだろう。


(まぁだからこそ、わたしもみーちゃんと親友になれたわけだけど……)


 さすがは昭和の極道世界を生き抜き、一代で日本統一までやってのけた傑物。

 目の付け所が違うというか、わたしを繋ぎとめるにせよやり方が大胆すぎる。


 たった一人の孫娘のために、こんな月収数十万円規模の稼ぎを叩き出さなきゃ住めないようなマンションをポンと用意するとか馬鹿なんじゃないかと思う。


 正直、『このマンションに住むことがオメェが一人暮らしを許すうえで俺が出す条件の一つだ』なんて言われた時にはついにあの天下のクソじじいもボケてしまったのかと哀れんだものだが。


(結局手のひらで踊らされていたのはわたしの方だったって訳か)


 ふたを開けてみれば御覧のありさま。

 見事にその狡猾な手練手管にやられて、いまわたしはここにいる。


 どんな綺麗ごと言っても結局は金が全てだ。


 本来なら自分で手頃な立地を押さえて本格的に『別の問題』も対処するつもりだったのに、こうまで鮮やかに外堀を埋められてはぐぅの音も出ない。

 しかもその他の条件というのが――


一つ わたしの親友、成瀬美鈴の働いている会社に就職すること。

二つ わたしの滞在先は自分たちの指定した場所から無断で住所変更しないこと。

三つ カタギの皆さんを裏切らないこと。


 というのだから厄介だ。


「ぜってぇあの時の勝負、根に持ってるよねこれ」


 最後の方はわたしをゴ〇ラか何かと勘違いしているのだろうか。

 確かに街一つ破壊するチカラはあるけど――向こうから手を出してこない限り滅多なことしないって…………たぶん。


 ちなみにこのほかにも『異世界転生者』としてわたしが密かに自分で取り決めた『お約束』があるのだが、


(まぁ、あっちの制約はいくらなんでも大丈夫でしょ。ここじゃあわたしに絡んでくるようなわかりやすい馬鹿もいないだろうし。それよりも問題は――)


 達筆に書かれた依頼書をぐちゃぐちゃに丸めて、ポケットに突っ込む。


 そうしてジッと見定めるように隣の親友の身体を観察すれば、わたしの視線に気づいたのか、不思議そうに眉を顰めるみーちゃんが可愛らしく首を傾げてみせた。


「うん? どうしたの神無ちゃん。急に黙りこくちゃって」


「いやなんでもない。というかさらっと、人のお腹揉むのやめようねみーちゃん。まだ直ってなかったんだその抱き着き癖」


「うーん、だって神無ちゃんの匂い懐かしいんだもん。この適度に引き締まった身体、抱き着きやすい腰回りどれも満点だよ」


 いや評価を聞いてるんじゃなくて、離れてほしいんですけど。

 正直、歩きにくいです。はい。


「というより神無ちゃんは私に何か質問とかないのかな? 時間も時間だし歩きながら説明することになっちゃったけど、いまなら何でも答えるよ?」


「……つまりその口ぶりは、わたしが途中で逃げないようにあえてギリギリまで情報を伏せてたように聞こえるんですが、そこんとこどうなんでしょうみーちゃん?」


「ナンノコトデスかにゃ――っていふゃいいふゃい!?」


 相変わらず嘘をつくのが下手ですなー、みーちゃんは。

 そうしてひとしきり可愛らしい頬っぺたをグニグニすると、小さく唸り声をあげるみーちゃんが潤む瞳でわたしを見上げてきた。


「もう、これからお客様に挨拶行くんだから。変な顔になったらどう責任取るつもりなの。客商売は顔は大事なんだよ!!」


「その信頼を真正面から躊躇なく踏み潰したあんたがいいますか、それ」


 だが一向にこのままという訳にもいかず、どうせじじいの思惑通りに事が進むのなら、自分の今置かれている状況を知っておく必要がある。そんなわけで――


「それで、アパート出る前に入社試験とか言ってたけど、みーちゃんはいったいわたしになにをさせる気なの?」


「ふふん、よく聞いてくれました。神無ちゃんにはこれからランクB相当の仕事を一人で片づけてもらいたいと思います」


「ランクB? なんだそれ」


 詳しく話を聞けば、どうやらみーちゃんの働く『仁義屋』には独自のランクシステムが導入しているらしく仕事を受注した際に社長のカズマ何某が上から順に『S』『A』『B』『C』『D』と達成難易度をランク付けしているらしい。


 格付けの基準は社長が決めているので、ランクの振り分けはみーちゃんも詳しくは知らないようだが――大まかな基準を聞く限り、


ランクDは一人の従業員でも比較的容易に達成可能な依頼

ランクCは一人の従業員では達成不可能な依頼

ランクBは複数の従業員が取り掛かってようやく終わる依頼

    もしくは一人で長期間取り掛からなければ達成できない依頼

ランクAは二人以上の従業員が複数回、長期的に依頼を遂行してようやく達成が

     見込める依頼

ランクSともなればは全従業員の技術、知識を総当たりしても達成困難な依頼

 

 に分類されているらしい。

 Bより上のランクは基本、会社の都合や仕事内容によって断る場合もあるそうなのだが――


「和真さんの話だと、ランクD・Cは比較的甘めに設定されているらしくてね。だいたいの日常業務がこれに相当するかな」


 とのことらしい。

 となればランクA・Sはどれほどの難易度なのか。

 ちなみにみーちゃんは高難易度の依頼とか受けたことあるの? と聞いたところ、


「私はランクAは去年だと三回。ランクSは少なくとも私が入社してから一度もなかったかなー。何せ私が入社するまで一人で経営してたみたいだし」


 という返答が返ってきた。

 つまりこのランク制はつい最近導入されたという訳か。

 なんだか在りし日の世界線の冒険者ギルドを思わせる格付けだが、たしかにわかりやすくていいかもしれない。


「ふーん、なるほどね。つまりその仕事ぶりで試験の合否が決まるって訳ね。だったら簡単じゃん」


「簡単って、本当にわかってる? 神無ちゃんは、一人でも達成するのが難しい仕事を初日に任されてるってことなんだけど……」


「それってもしかしなくてもじじいの差し金でしょ?」


「うん、試験内容も特別難しくしろって依頼だったし、いま仁義屋に舞い込んできてる依頼のなかでは一番難しい依頼だと思うけど」


 若干申し訳なさそうに顔を伏せてみせるみーちゃん。

 確かにみーちゃんでも一人で達成困難な仕事となれば、それなりの覚悟を決めなければならないだろうが、


「ならなおさら引くわけにはいかねぇな」


 胸の奥底に隠れた負けず嫌いの火が灯る。

 じじいの策略に嵌りっぱなしってのも気分悪いし、いい加減あのじじいの陰謀にはイライラしてたんだ。ここいらであのクソじじいの鼻っ柱を折ってやる。

 それに――


「ランクAだかBだか知らないけど、そんなもんわたしには関係ないね。クソじじいの思惑ごとブチ砕いてやる」


「えーほんとにー? 神無ちゃんの過去と性格を知っている私からすれば今回の依頼はすごく面倒なことになりそうだと思うんだけど」


「いやいや。確かに心配するのもわかるけどこれでも成長したんだよわたし。そんな昔みたいに手あたり次第『拳』で解決なんかしないって」


 すると今まで腰に張り付いたみーちゃんの方からどこか意味深な視線が飛んできて、その口元がどこか意地悪く歪んだのが見えた。


「ふーん。でもさぁ、おじいちゃんの部下さんからはすごい死闘だったって聞いてるけど?」 


「うぐっ、みーちゃんその情報をどこで!?」


「もちろん。神無ちゃんと戦った組長さんたちからだよ? ふふっ、これでもグループラインを共有する仲なんだよ、私たち」


 あ、あいつ等ぁ。身内の恥を自慢げにべらべら喋りやがって!!


「並みいる組長さんを相手に千切っては投げ千切っては投げを繰り返して百の屍を積み上げたんだってね? さすがは神無ちゃん。『百鬼夜行』の面目躍如だね」


「や、やめてよね。もうわたしはそんなんじゃないって」


 震える声を下手糞に誤魔化して、あえて視線を逸らす。


 そうだ。そんな不名誉な二つ名で呼ばれるのは過去の話だ。

 これからのわたしはは乙女な世界に生きるのだ。そんな過去の栄光など邪魔でしかない。それに――


「その二つ名は家を出るときにちゃんと返上したし、これでもわたしは立派な社会人なんだよ? 荒事で問題を起こしたら周りに迷惑かけるわけでしょ」


「おお~、神無ちゃんが成長してる~!!」


「ふっふっふ、人は成長するのだよ、みーちゃん。わたしももう子供じゃないの。せっかくの自由を手に入れたんだから、これからは時間を有意義に使わなくちゃ」


「うんうん。神無ちゃんずっとここに来るのが夢だったもんねぇ」


 すると先ほど掲げてみせたみーちゃんのスマホからブーブーと着信音が鳴り響いた。

 驚いたみーちゃんが画面を覗き込むなり「ちょっとごめんねぇ」と、わたしに断りを入れてからどこかへ行ってしまう。


 どうやら聞かれてはならない電話の類らしい。


 もしやあのクソじじいからではあるまいな。

 誰からだった? と聞けば『上司のカズマさんからの定時連絡』といって意気揚々と歩きだすみーちゃん。


「じゃあ、そろそろ着くけど気持ちの方は準備できてる? 私服出勤OKだからその格好でも特に問題はないと思うけど……」


「うん? 何か問題でもあった?」


「ううん。そうじゃなくてね。今日の依頼はいつもの掃除じゃないから」


 掃除。なぜだろう、ただ普通の依頼のはずなのにすごく不穏に聞こえるのは……


「まぁ今日は依頼主との簡単な顔合わせだけだから多分大丈夫かな」


「へ? そんなんで大丈夫なの、わたしはてっきり事務所の方に向かってると思ってたけど」


「けっこう緩ーくやってるところだからね。むしろスーツ姿で出勤なんかしちゃったらお客さんを怖がらせちゃうから」

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