第12話 なにこれ珍百景。ゴミ屋敷ってなんじゃそりゃああああッッ!?
そしてみーちゃんに連れられて、目的地に到着することしばらく。
「なに……、このゴミ屋敷」
到着早々、わたしの口から飛び出したのはそんな言葉だった。
明らかに仕事内容が「家の掃除です」と言わんばかりの様相。ちょっと小高いビルからこの街を見下ろせばきっとここだけ異様な盛り上がりを見せているだろう。
自己主張の強い家と言ってしまえばそれまでだが、それでも今から依頼主に会うわたし達からしてみればただ事で済まされない事態だった。
「えっと、みーちゃん? 本当にここであってるんだよね? どこかのアトラクションパークとかお化け屋敷とかじゃなく……」
「うん。ここで間違いないよ。ほら、この表札にちゃんと依頼主の富岡さんって名前が書いてあるし、あらかじめファックスで送られてきた画像とも一致するしね」
Oh、嘘であってほしかった。
何でも屋というのだから、おそらくこれも業務内容の内なのだろう。
この世にはハウスキーパーという職業があるくらいだ。部屋の中だけでなく家の外まで綺麗に掃除する仕事くらいあったって不思議じゃない。だけど――
「これを世間一般で言い表していいものか甚だ疑問だよね。よくここまで放置できたもんだよ。テレビ番組とかでよくある光景だけど実際に見ると逆に感心するねこれは」
「もう、いまは私しかいないからいいけど依頼主の前でそんなこと言っちゃダメだめだからね。きっと止むに止まれぬ事情があるはずなんだから」
「いやだって、ねぇ? 普通ここまで放置します?」
改めてゴミ屋敷と称するにふさわしい家を眺めれば、その混沌とした現状に顔をしかめる。
綺麗好きなわたしとしては、我慢ならない光景だ。
周りの景観が素晴らしいだけに、余計にその散らかり具合が際立っていた。
それこそ積み上がるゴミの山は屋根まで届かんばかりに埋もれていた。
自転車、勉強机。本棚などが無造作に積み上がっており、庭の植え込みなんか白いゴミ袋の山で見るも無残な姿になっていた。
窓際を覗けば、みっちりと詰まったゴミの山が今にも嘔吐せんばかりにパンパンに歪んでいる。
これじゃあまるでモノを詰め込み過ぎて溢れたおもちゃ箱だ。
(おーおー、よくもまぁ溜め込んだものだよ。これはほんっとに重労働になりそうだね)
「着けばわかる」と意味深に言ったみーちゃんの言葉も今ならよくわかる。
そのうず高く積まれたゴミの山を前に、わたしは改めて今回任されたであろう依頼の難易度に呆然と立ち尽くせば、そのゴミ屋敷から若干さえないメガネをかけた男が歩いてきた。
「やぁやぁお待ちしておりました。仁義屋の皆さんですね」
そう言って手を振りながら歩いてくる男は、ゴミ屋敷の住人とは思えないほど身なりの整った男だった。
豪勢な屋敷に住んでいるだけにどこか整った話し方をする男だが、残念ながら玄関までどこかのアトラクションのように小山と化しているせいで、顔がかろうじて見える程度であった。
はた目から見たら玄関先で奇妙なダンスを踊っている変人にしか見えないが、注意深くゴミを踏まないよう気を付けて歩いているのだろう。
時に滑り、時にゴミの山をよじ登ったりしながらようやくゴミ屋敷からの脱出を果たせば、息も絶え絶えな様子で黒縁の眼鏡を押し上げた男が、どうにか気力を振り絞って乾いた笑顔を浮かべてみせた。
「いやー御見苦しいところを見せてしまってすみません。えーっと、あなたたちが例の便利屋さん、でいいんでしょうか」
「はい。ご依頼ありがとうございます。富岡順太郎さまでよろしいですか?」
「ああ、今日は急なお願いを聞いてもらって悪いね。本当ならもっと早くに連絡すべきだったんだけど色々と事情があって。こんな見苦しい状況を見せる羽目になってしまった」
「いえ、大丈夫ですよ。私たち仁義屋はお客様の日常を支えることをモットーにしておりますから。どのような依頼もどんとこいです!!」
「そうかい。それはよかった。それじゃあ早急に仕事に取り掛かってもらいたいところなんだけど……えっと、こんなことを聞くのも失礼だとは思うんだけど、他の作業員はどこにいるんだい?」
そう言ってやや無遠慮にあたりを窺うようにしてみるその目つきは、何かを探しているようにも見える。
まぁその疑問も当然と言えば当然だろう。
しかしいくら周りを見渡しても他の作業員なんてものは存在しない。
なにせ、本当に無謀なことに、この依頼を受けるのはここにいる二名だ。
いや、試験のことを考えるとわたし一人であると言った方が正しいか。
(そう考えると、すごく頭が痛い。楽勝とか言ったけど、何日かかるのよこれ)
すると、ようやく事の次第を理解したのか。黒縁眼鏡の男があからさまに声を震わせて驚いてみせた。
「えっと、まさか――君たち二人で作業するのかい?」
「あん? わたしたちだと何か問題あんのかよ」
少しドスを利かせた声で迫れば、眼鏡を押し上げる順太郎から慌てたような声が飛び出してきた。
「あ、いや、気を悪くしないでほしい。知人の勧めで依頼させてもらったから、もっと筋肉質な男性の方が来るのかと思ってね。その知人も男の人に依頼を受けたみたいだったから、てっきりその人が来ると思っていたんだが……」
「ああ、もしかして和真さんのことですか? 確かに彼はうちの社長ですが……」
「たしかにそんな名前だった気がするけど、えっ、まさか本当に来ないのかい?」
往生際の悪いやつだ。この期に及んで現実を受け入れられないとは。
戦場なら真っ先に死んでるな、と思いつつ天を仰ぐようにため息をつく順太郎を憐れな目で見やる。……まぁ同情だけはしてやろう。
「君たちにこんなこと聞くのも失礼だとは思うが、本当に大丈夫かい? 依頼した内容が内容だから心配なんだけど……」
「はい!! 我々はプロですので」
君たちじゃ不安だという雰囲気を隠しもしない順太郎の言葉に、美鈴がはきはきとした言葉で答える。
すると一瞬鼻白んだ順太郎が、美鈴の身体から溢れ出る陽気に驚き、
「そ、そうかい。それなら安心だ」
取り繕ろうように言葉を濁してみせた。
おい、このスケベオヤジ。もうちょっと気合みせろや。
なにみーちゃんの可愛さに誤魔化されてんだ。
いや、その気持ちもわかるけどさ!!
「ええっと――そういえば名前をまだ聞いていなかったね」
「はい!! 本日、依頼を担当させていただきます。成瀬美鈴と鬼頭神無です。本日は初めてのご利用ありがとうございました」
「あ、ああよろしく頼むよ。なにせ、僕だけじゃあもうどうしようもなくてね」
恥ずかしそうに顔を伏せ、額を指で掻いてみせる順太郎。
一応、羞恥心の類はあるようで安心した。
「ご依頼の方は部屋の掃除とのことでしたが、大丈夫でしょうか」
「ああ、娘が病院に行っている間に終わらせてしまいたいんだ」
「娘?」
よくわからない言葉に首を傾げると、気まずそうに視線を逸らされてしまった。
なんだ今の微妙な間は。
このゴミの山全部、その娘とやらが一人で散らかしたわけじゃあるまいし、
「とにかく立ち話もなんですから案内しますよ、どうぞこちらに」
そう言って順太郎を先頭に、ゴミ屋敷の中を案内されるわたし達。
ぶっちゃけこのゴミ山ルートを歩くのかよと思わないでもなかったが、これも仕事だ。
ここで諦めたらそれこそ女が廃る。
そんな訳で――
「よ、ようやくついた……」
「ごめんね途中で背負ってもらって。重かったでしょ?」
「い、いや大丈夫。むしろごちそうさまでしたというかなんというか。とにかく大丈夫」
そうして屋敷の住人であるはずの順太郎の息が整うのを待つと、彼の案内の下、ゴミ山で見えなかった豪奢な両開きの扉を開けてみせた。
外にだけゴミが溢れているのかと思えば、そんなことはなく。実際に屋敷の中も足の踏み場もないくらいごみごみしていた。
本来は日本式の礼儀に則って靴を脱ぐ場面なのだろうが、ここまでゴミ袋が散らかっていては外と大差ない。
中にはぐにょぐにょした謎の物体を踏むときもあったが、諸行無常の気持ちでやり過ごす。裸足で踏むよりまだマシだ。
ほんとみーちゃんの忠告を聞いて動きやすいジーンズと厚手のYシャツに着替えておいてよかった。これで昨晩買ったおニューの洋服で来ようものなら、間違いなく精神的に立ち直れないダメージを負っていたことだろう。
ありがとう、みーちゃん。と心の中で祈りつつ、後ろに続くみーちゃんのため移動スペースをこじ開ける。
正直素手で触るのも憚れるような感触だが、生ごみがなかったのは救いだ。
というより――
「(ねぇみーちゃん、本当にこれ合法の仕事なんだよね。始末したものを海とか山とかに捨てたりしないよね?)」
「(もーっ、だからそんなに警戒しなくても大丈夫だって。何回も言ってるけどこれもちゃんとした仕事だから)」
「(みーちゃんがそこまで言うのなら信じるけどさ。依頼人があのじじいだからなぁ。正直不安しかないんだけど)」
「(でも、そう言いつつもやるんでしょ?)」
「(そりゃ……これであのじじいから解放されるだったらなんだってするよ。もうあの鬼畜に振り回されるのはごめんだからね)」
コソコソ―っと内緒話を敢行しながら、階段を一段一段上がっていく。
一応、生活動線だけは確保されているのか。階段を抜けた先は先ほどまでより比較的に歩きやすい。
そうして差し掛かった三階へ続く階段を上がる途中。順太郎の方からチロっとどこか冷めた視線がわたしたちに送られた。
「どうなさいました?」
目ざとくその視線をキャッチした美鈴が先行する順太郎を見上げれば、予想外と言った様子で肩を震わせる順太郎の姿が。
そしてみーちゃんの視線に耐え兼ね、視線を左右に飛ばすと、
「あ、いえ。その――実は御宅に依頼させていただいて恐縮なんだが、一つ依頼内容の変更をさせてもらいたいんだけど、大丈夫だろうかと思ってね」
「内容次第によりますけど、いったいどういった変更をお求めなんですか?」
「今回の依頼を――三日で片付けてもらいたいのです」
「三日ぁ!? アンタ、そりゃまたなんで――」
しどろもどろに答える順太郎の言葉に思わず声を荒げれば、背中に張り付く美鈴からストップがかかる。
「順太郎さん。それはいくらなんでも不可能です。確か依頼では二週間のご予定だったはずですが」
わたしの言葉を遮るように身を乗り出す美鈴の言葉に、順太郎はあからさまに視線を逸らしてみせた。
「たしかにそうなんだけどね。無理を承知で何とかできないだろうか」
「理由をお聞かせいただければ最善を尽くしてみますが、このゴミの量を三日ともなるとさすがに――」
「そ、そうですよね。やっぱり不可能ですよね。すみませんバカなことを聞いて」
そうして振り返る順太郎の顔には、よくわからない感情の色が浮かんでいるように見えた。
怒り、悲しみ、そして――
「何をそんなに焦っているんだい」
すると胸中を言い当てられた順太郎が一瞬だけ驚愕した瞳の色を称えて、わたしを見た。
何やら並々ならぬ事情というものがありそうだ。
そうしてどこか言いにくそうにモゴモゴと口を動かし「実は――」と情けない声を発したところで――
「わたくしたちがご近所の方々から清掃依頼を請け負ったからですわ」
と本来ここにいるはずのない第三者の声が響き渡った。
反射的に頭上を見上げ、迎撃の構えを取る。
殺気。それも並々ならない尋常な気配。わたしはこの気配を知っている。
(この独特な喋り方。そしてこの高慢ちきな気配はまさか――ッッ)
そうしてそのまま階段を駆け上がれば、そこには階段の入口でわたしを待ち受けるようにして優雅に腕を組むこの世で最も高飛車な女が立っていた。
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