フワフワした彼女と海と私

南野月奈

海の見える部屋

「ねえ、一緒に死んでくれる?って言ったらどうする?」

 昔少女のときに同じことを聞いたときと同じ世界の終わりが見えてるかのような影を落とした表情で彼女は私に問いかける。

「だめだよ、……一緒に生きてくれるならいいけど……ねぇ、この街に帰ってきなよ~一軒家ほどじゃないけどこのマンション北斗君と三人で暮らすにはなんとかなるよ、浮気の慰謝料ぶんどってさ」

「ふふっ……冗談だよ、ジョーダン、あたしが旦那の浮気位で死んだりしないよ、今のあたしには北斗がいるんだから、強い女になったんだから」

 のっこがそう言うのはわかっていたけどどこか期待していた自分もいる、新入社員のときからがむしゃらに働いて頭金を貯めて買ったこの海の見えるマンションにのっこが一緒に住んでくれることを夢見る自分、無理なこととわかっていていろんな人を呼んではホームパーティーばっかりして紛らわせている自分もどっちも愚かだとわかってはいるけれど

「愛華の作ってくれたご飯、おいしかった、明日アイツが迎えにきて謝ってきたら帰るよ、ごめんね子どもまで連れてきちゃって」

 のっこはアイツとの結婚を親から反対されていたから私を頼りにして来てくれたのだろう。結局アイツの彼女が独身だと偽っていたアイツを結婚詐欺で訴えると弁護士を連れて乗り込んできて揉めに揉めているのだからのっこの両親が正しかったのはあきらかで。

 明日になったらアイツはのっこを迎えに来て安っぽい土下座でもして許してもらうんだろう、のっこは泣く男に弱いから、そういえば結婚式でも号泣していたっけな

 私が作ったシーフードグラタンを一応ふうふうしながらもやけどするんじゃないかって勢いで食べてから大人しく漢字ドリルの宿題をしていた北斗君は宿題が済んで落ち着いたのか机に突っ伏して眠ってしまった。普段のっこがやんちゃで困る、全然勉強しない、私の息子なんだからしょうがないんだけどとこぼしていたのが嘘のようだ。そういえば子どもって案外空気読むんだよななんて自分の子どもの頃を思い出したりして悲しくなる。彼もまた空気を読みすぎてのっこからはやんちゃと言われる個性を消して夫婦の仲を無意識に取り持つようになってしまうんだろうか……

「北斗~ちゃんと歯を磨きな、あとトイレもいっとき」

「うーん、わかったぁ」

 のっこが北斗君に歯を磨かせたりトイレに行かせている間にソファベッドの用意をしてあげる。

「お…やす…」

 北斗君は意識を失うように眠りこんでもう朝まで起きてこないだろう。私が用意していた肌がけを優しくかけて髪をとかしてあげているのっこは母の顔をしている。昔初めてできた彼氏に三股かけられたあげく本命じゃないとわかってあの質問をしてきた少女時代ののっこと今ののっこが地続きだとはとても思えなくて、でもさっきは同じ表情してたしな……そんな風に私の情緒はのっこに乱されっぱなしだ。

「窓、開けようか…ちょっと暑いよね」

 海の見えるマンションはいいことばかりじゃない、夜の海は真っ暗で夜に外をうっかり見たらなんかいそうで恐いしここはちょっと海に近すぎて窓を開けたら潮風が入ってくるしそんな距離だからもちろんベランダには洗濯物を干せないから常時部屋干しだ。

「いい音だね、あたし波の音好きだな、吸い込まれるような気がするの」

 知ってるよ、のっこが波の音が好きなことも吸い込まれて死んじゃいそうなことも、……あのときは一緒に生きてくれるならなんて言葉は私も幼くて出てこなかったけど『海の音って好き、このまま海見てたら吸い込まれて死んじゃえるかな』『生きてたらいろいろいいことあるよ!』『いろいろって?例えば?』『いろいろ!そうだ明日一緒にいちごパフェ食べに行こうよ!』『じゃあ、とりあえず明日まで生きる』一緒にいちごパフェ食べたらあんな男のために死ぬなんて何言ってたんだろと笑い飛ばしたのっこ……そんな馬鹿げた少女時代の思い出をたとえ私だけが覚えてるのだとしても


「ねえ、愛華??」

 昔の思い出にトリップしていた私の意識はのっこの呼び掛けで引き戻される。

「なあに?」

「……明日いちごパフェ食べに行こうよ」




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フワフワした彼女と海と私 南野月奈 @tukina

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