第五話 答え合わせ!

魔法少女になりたかったのは、誰だったのか。

5-1)きっとこれは、あの日の続き。

 使われていない演劇部の部室は、ほこりくさい。滅多に使う人間がいなくても掃除当番が決まっているような教室とは違い、誰も触れないのだから当然だろう。おそらく、日比野が台本を探しに来たときのようなイレギュラーがないかぎり入る人間もそういないはずだ。


「やっぱり出てこないね」


 部室を見渡して日比野が呟く。探すような声と言うよりは当然そうだろうと思うような調子に、俺も頷いた。

 まあ、そもそも出てこられたらどうすればいいのかわからないのが正直な気持ちだが。

 思念だし日比野にしか見えないだろうという仮定を立てたとはいえもし見えてしまったらどう受け止めればいいのかという問題がある。いやな想像、というか無意味な可能性を振り払うように頭を横に振ると、そもそも、と俺はごまかすように言葉を落とした。


「これまで出てきていないし今更だろ」

「それもそうだけれど……ほら、条件がそろったら再会とかあるかもだしさ。まあ今出ても困っちゃうけどね」


 困っちゃう、は俺のことだろう。いないだろうと思って一緒に来ていることはわかるので肩を竦める。実のところ、いないはいないでやけに物陰やら後ろが気になるから神経は使うのだが、わざわざ言って心配させる必要はないのでその点は黙するのみだ。

 代わりに、という訳ではないが、仮説の為に口を開く。


「演劇部の先輩が声をかけてはじまったのは、日比野を動かす為に必要なことだったからじゃないか? 必要な、スタート。けれど、始まってしまえばあとは俺たちの判断なんだよ。多分、俺たちの判断で、俺たちがどう動くかも含めてのものだから余計出てこないんじゃないか?」

「縁を繋ぐ服だから?」


 俺の言葉に、日比野が問いを重ねる。人が動けば、人と繋がる。縁というのは、そういう形で広がるので、確かだ。だから、それもあるとは思う。

 けれど、それだけじゃない。縁を繋ぐことと暴くことは、きっと先輩にとって繋がった意味を持つものなんだ。


「縁ってくくりをだいぶ大きく見たら、そうなるのかもな。多分、日比野が最初に思った形よりも広い意味があると思う。

 本堂先生も海野先生も、なんか懐かしそうって言うか知ってそうだっただろ? 日比野が女子生徒に見えるのって、やっぱり最初に想像したように先輩よりなんじゃないかなって思うんだ。図書室の女子生徒も思うけど、どっちかというと先輩かな……当時先輩が動いていたことの追体験みたいなのを俺たちはさせられているんだと思う」


 日比野が魔法少女になったことには、意味があったのだと仮定する。そして日比野曰く、あの格好にある条件は三つ。

 制服を着ていれば女子に見える。手がかりとの縁を繋ぐ。人の言葉を引き出すのに長けている。シンプルな能力は、それ故目的もわかりやすい。


 手がかりとの縁は、わけもわからぬまま探す俺たちにとって大切なものだろう。おそらく普通にやっていれば見逃しただろうものとか、知ることの無かったものと縁を繋いでくれたのかもしれない。縁なんて曖昧すぎて明確ではないけれど――それでももしかしたらあっただろうことは、想像できる。

 人の言葉はそのままの意味だ。本堂先生、海野先生。もしかすると、高橋先生ですら。普通ならそのままにしておくような、秘したものを零してくれたのかもしれない。


 縁と同じで予想でしかないし、ともすれば自分の意志で話してくださったことに失礼ですらある。けれど、やはりこれも可能性として想像できる能力の効果だ。

 制服を着ていれば女子に見える。これだけが、先の二つと違う。先の二つは気のせいだと一笑することが出来る程度のもので、それでいて効果としては物を調べるために重要な意味を持っていることがわかる。けれどもこれは明確な異常で、気のせいとするには難しく、しかし調査になにを意味するのか不明だ。

 だからきっと、女子に見えることに意味がある。それも、二つの意味だ。一つは今言ったように追体験。明確に先輩とまではわからなくても、過去にあったものを先生たちが体験することに意味がある。そうしてもう一つは――


「月くん?」

「……あ、ああ。悪い。追体験についてだな」


 沈んだ思考から浮上して答える。笑った、のはまずかったかもしれない。日比野がいぶかしむように眉をひそめた。


「大丈夫?」

「大丈夫だ」


 少しぼうっとしていた、と答えればよかったのかはわからない。けれどもそれは嘘になるし、下手にごまかすこともおかしいだろう。短く答えて、息を吐く。

 なんてことはない、思考の続きを並べるように見えればいい。


「追体験については、きっと探す人間がいると伝える意味があって、それこそが大事だったんだと思う。先生たちが思い出すかどうかまではわからないけれど、きっと先輩はあの過去を無かったものにしたくない、と思っているんじゃないだろうか」

「真実を暴く過程で、当時の人にも思い出してほしかった、のかな」

「予想でしかないけどな」


 まあ、今話していること自体すべて予想を超えない。うつむいた日比野をみて、続けそうになる言葉を飲み込む。

 日比野に渡された制服と、俺が手伝いとして関わっていること。可能性は可能性でしかなく、たとえ予想が合っていたとしても、この仮定なら先輩に悪意はないはずだ。

 七つ目さえ見つかれば、大丈夫。ざわめく内心を宥めて、言葉を続ける。


「俺たちに解かせたかった、のは多分あると思う。一方的に話して信じられる内容じゃないってのもあるし、信じる人間かどうか、俺たちが手伝うのか、そういうことを判断するにもきっとこの過程は必要だった。けれども日比野の魔法からして、多分人と関わることはそれなりに重要だったんじゃないか」

「だとするともう少し話せば良かったのかな」

「声も出せないのに無茶はあるだろ。むしろ十分だ」


 やや沈んだ声で呟く日比野に、あえて言い切る。十分かどうかなんてわからない。けれども、だからこそ身勝手に言い切る。十分だろうが不十分だろうが、今出来ることが変わるわけでもないから、勝手くらいが丁度いい。

 そう、俺は勝手だ。勝手だから、ここにいる。


「けれど七つ目、見つかるかな。ヒントもなにもないのに」


 日比野が隅の棚に触れながら呟く。まあ、現状この部屋を選んだのは消去法だ。


「ここ以外で思いつかないんだよな。あとは演劇部の活動場所くらいだろ。ステージ横は題材になっているから、誰かが探しに来てしまうかもしれない場所だ。そうした場所に隠すとは思えないし、演劇部が活動していたっていう場所は誰でも出入りできるからやっぱり隠すのに向いていないと思う。部室なら多少閉鎖空間であるわけだし」

「家に置いていたら詰みだから、結局ここしかないって言えば無いのか」


 ままならないねぇと言う日比野に同意しながらこちらも物をどかす。ウエディングドレスのようなものが置いてあるが、すでに色が白といいきれない状態になっていた。手製のつぎはぎのようなものがあるので、誰かが作ったものなのだろう。もったいないと思うものの、使う人がいない現在どうしようもないことだ。


「今ある七つ目は、誰が流したのかな。先生?」

「どうだろうな。先生が本当の七つ目を隠すために流した可能性はある。けれど、単純に噂話に尾ひれが付いて、ってのもあるだろ。ショッキングな事件とはいえ、本人を知らない人間がどう考えてどう噂するかは別だからな」


 デリケートな話だからこそ、軽い話の種にしてしまうことは少なくない。図書室の女子生徒の事故と違い、自殺という内容では広まるものもあっという間だろう。それの真偽は問わず、おそらく話題としては転がりやすい。


「……七つ目があったとして、どういう形ならいいのか想像できればいいんだけれどな」


 ほこりでせき込む合間に、呟く。大人に相談するためにも、もしくはこれがただの妄想と知るためにも七つ目をあるものとして探しているが、同時にその七つ目が未だに見えない。

 真実を暴く。けれどもそれは危うさだ。広まることの無かった女子生徒の交際関係、失われた命を晒すことになる。家族が引っ越した後で、演劇部の先輩はどこまで、なにを追い求めたのだろうか。


「どういう形、かぁ」


 日比野がゆったりと呟く。わからないね、と言う声は、存外優しい。


「わからないけど、多分、そんなに苦しい形じゃないと思うよ」

「……そうだな」


 犯人探し、のようなやっかいなところに来てしまっているのも含めて、その柔らかさは憶測で、希望で、勝手だ。お互いさまだな、となんとなく笑ってしまう。

 苦しさから目を背けることは出来ないが、かといってがんじがらめになるつもりもない。


「にしても、廃部なのが信じられないね」


 日比野の声に振り向くと、本棚から瓶を取り出しているところだった。中身が入っていない瓶には、ラベルもなにもない。

 なにに使ったのかはわからないが、本棚自体が物置のようになっていて瓶以外にも箱やらなにやら雑然としているのがわかる。


「これなんかさ、多分小道具の延長だよね。本棚に入れて舞台に運ぶとき楽したとかそういうのかなあ。使っていたまま残っていて、部室だけ取り残されたって感じがある」

「もう一度活動するつもりだったのかもな」


 廃部となって、部室が残っている。それも道具がそのまま。自殺した生徒の原因と疑われながらも残った場所は、部員たちにとってどういう意味があったのだろうか。そして七不思議となってしまった先輩をどう思ったのだろう。

 残るものから読みとろうにも、俺は文字通り部外者でしかない。

 真実を暴く。そのために探していても、同時に踏みにじるようで手が止まる。けれども、止めたところで意味はない。結局振り切るように棚を持ち上げてずらす。隙間に落ちているだとか、そういうものがあれば――


「……月くん、これ」

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