4-5)想像だけで話すことは、罪悪でもあるけれど。
「恋物語、ってこと?」
おそらく音楽室の話をしているのだろう。恋物語、と称していいのかわからないが確かにソレだっただろうから頷く。
「音楽室はわかりやすいよな。窓枠にかかれた和歌を示すものだった、と考えればいい。あれを向けられたのは、彼女の相手だと思う」
子供、という単語を使うのは少しはばかられ、濁して言う。日比野は神妙に頷いて、話し声の相手も? と問いかけた。
「おそらくそうだろうな。話し声が話題になるのは体育倉庫と駐車場。そこで相手と話していたってことになる」
「え、でもそれって」
日比野が顔をゆがめる。そう、これを前提に話すと、あってはいけないことと重なる。
ただの想像で口にしていい言葉ではない。侮辱だ。息が詰まる心地を深呼吸でなんとか整えて、頷く。
「――職員駐車場から走り去る車の音。素直に考えると、相手は教師だろうな」
はくり、と日比野が口を動かす。けれどもそれは言葉を作らず、俺はこつりと机を指先で鳴らした。
「少しあからさますぎるかもしれない。情報が少ない中で、勝手な推測で埋めている自覚もある。けれども想像できる。確信するには証拠がないのに、余白を作りすぎているんだあの七不思議は」
『演劇部の先輩』以外は、ストーリーを描けてしまう六つの怪談。あくまでそれは聞いた側が連想すれば、というだけでしかない。けれどもあまりに、繋げやすい。
「全部、その女の子の未練ってこと? 過去にあったことをその子が繰り返しているの? それじゃあ、保健室の綺麗すぎるベッドも」
「そこなんだよ」
日比野の困惑した声を静かに止める。この話の肝は、繋がりではない。
なんで繋がるのか。それが大きな問題で、だからこそ今俺たちが七不思議を調べている理由にもなる。
「日比野の説明で確信した。この七不思議は、この六つの怪談はすべて作られたものだ」
「へ」
日比野が抜けた声を漏らす。それから頭を左右に振って、待って、と慌てたように声を上げた。
「さっきの月くんの話から変わっちゃわない? 先生との恋物語があったとして、女子生徒の未練で、でも作り話? それじゃあむしろ、先生を作り話で理不尽に貶めようとした、になっちゃうんじゃ」
「変わらない。俺の予想だと、これは告発文みたいなものだからな」
ぱちぱちと瞬く日比野に、俺は気づかれないように息を吐いた。告発文、というが、実際この推測は日比野が言うように、証拠がないまま先生を貶めようとするものでもある。意気揚々と話せるものではなく、けれども日比野が魔法少女とやらに選ばれている今、黙して終えられるものでもない。
いや、魔法少女でなくても、この可能性を無視することはもう出来なくなっているだろう。嘘であれ本当であれ、確認しなければいけないところに差し掛かってきている。
誰かが死んだ原因に繋がるかもしれない可能性があるのに、どうして黙することが出来るだろうか。
「まず、これが作り話の理由を話そう。『保健室の綺麗すぎるベッド』は今日比野が言ったように使用中だったはずのベッドが使ったとは思えないほど綺麗だった。これからなにが想像できる?」
「使っていないか、綺麗に整え直した? ……いやでも」
日比野が顔を歪め伏せた。その可能性は俺自身考えて罪悪感で死にそうになったが、幸いそちらではない。
「相手が出てきた様子はないし、そっちはない。それよりも、だ。おそらく作り手が意図した方は『使用中』――ベッドの利用者がいる方じゃなく、相談中の方だったんじゃないかと思う」
「相談……そうか、保健の先生に相談ってことは」
はっとしたように日比野が顔を上げる。おそらく同じ考えだろう。俺は頷いた。
「そう。おそらくこの怪談を作った人は、図書室の女子生徒が『自身の妊娠を相談した』という状況を作った。――水島の話に嘘がなければ、実際は誰も相談を受けていないからありえない作り話だ」
作り話。実際に可能性としてありえることをそう言ってのけるのはいささか躊躇いを持つが、正直日比野の現状を考えなければ視点として俺に馴染むものだ。
さらに言えば作られた物語は、無作為にある現実より意図を読みやすい。
「……俺はこの話を作ったのが、演劇部の先輩じゃないかと思っている」
「七不思議に入っているイレギュラーで、なおかつ僕に魔法少女って声をかけた人だもんね」
「もちろんそれもあるけど、それだけじゃない」
それらは大きな理由になる。けれどももう一つ、そもそもの繋がりがあるのだ。
「日比野を魔法少女にしたってだけでなく、あの人、図書室の女子生徒がやりとりしていた本を知っていただろ。先生が話したのは当事者と、いつもいた大きい先輩だけだ。当事者は生きて年賀状のやりとりをしているんだし、必然的に部外者である演劇部の先輩がなんで知っていたってことになる」
「ああ、幽霊だから何でも知っているかと思ったけれど――そうか、十年前と八年前だし、直接聞いたか見ていてもおかしくないってことか」
十年前。図書室の女子生徒が三年生だったのなら、演劇部の先輩は一年生。一年と三年なんて中々縁はないと思うが、それでもあり得ない繋がりではない。
「直接聞いたか、それとも本を偶然みたんじゃないかと思う。図書室の女子生徒が栞に書いていた内容だけど、アンネの日記に入っていた『秘密は守ります』からしておそらく相談したいことがあると濁したものだったんじゃないかってのが俺の想像だ。メールアドレスを教える――個人を伝えてしまう方法ではなく、あくまで本をやりとりする匿名で、自分一人じゃ抱えきれずに漏らしたSOSを残したんじゃないだろうか。
どこまで話すつもりだったかはわからないけれど、秘密のやりとりを始める合図としてアンネの日記を選んだんだと思う。あの、隅の本棚。奥だからってだけでなく、大きい先輩がいつもいたって言っていただろ?」
子猫のシールを貼ったのは、おそらく自分が相手の本を早くに見つけたい、だけではないと思う。いつもそこに人がいる――自分が気づかなくとも人目があり続けるということは、その人物に秘密が漏れる危険と同時に、他の人物に漏れた時に知ることが出来る可能性があるということになる。
それに、その人がいつもいたからこそ他人が想定から外しやすい場所ではないだろうか。演劇部の先輩が返事の栞を見つけられなかった理由はわからない。けれども秘密のやりとりをするときに人目がない場所を選ぶだろうと考え、除外した可能性はありえるだろう。あえて人目のあるあの場所は、盲点なのかもしれない。
「人目がある場所を選んでまで、返事を隠そうとしたなら。そしてその返事が『秘密』を誓うものなら。そういう相談をしたいと願うことが挟まれていたんだと思う。
演劇部の先輩が図書室の女子生徒が挟んだ栞を見つけて、それが知っている先輩だと気づいたとしよう。なにかわからないが親しい先輩が悩んでいる。そのことを案じてどうしたのか詰め寄ったとして、秘密を抱えた女子生徒がなにを答えたのかはわからない。栞のやりとりの話は多分しただろう。なにをどれくらい、というのは調べられないし、多分そこまで重要じゃない。その栞をきっかけに演劇部の先輩は知った。そういうことが、あったという可能性が重要だ」
あくまで想像に想像を重ねたものだ。けれども結果として、日比野は演劇部の先輩から本探しを頼まれた。その事実が、想像の下で転がっている。
「じゃあ、『演劇部の先輩』の、真実を暴く人って、自身の自殺じゃなくて」
「そもそも、日比野が想像したように先輩は自殺じゃないと思う。だからそれは自殺の動機になりえない。先輩はきっと、真実を自分で暴きにいったんだ」
おそらく図書室の女子生徒と親しかった先輩は、直接聞きだしたのか調べだしたのか、女子生徒の悩みに触れることがあったはずである。知った範囲については、単純に道ならぬ恋だったのか、女子生徒が身に宿した抱えきれない悩みだったのかはわからない。けれどもどちらにせよ、事故で女子生徒が死んだ。その情報は、先輩にとって大きな意味を成しただろう。
先輩は女子生徒が残っていた意味を知っていたはずだ。そしてそれが、ただの夜遊びだとかそういうものだけでもないと想像するだろう。最初は実際、夜遊びだったかもしれない。理由は、わからない。その教師との関係から遅くなった可能性は強い。けれどもおそらく先輩が残した『駐車場に響く泣き声』は、女子生徒の悲痛な訴えを残そうとしたものだ。
女子生徒と相手の関係は、おそらく破綻しかかっていたか破綻したか、どちらかなのかもしれない。それでも子供について誰にも相談できず相手に縋ろうとした、けれどもふりほどかれてしまったことを私は知っていると、演劇部の先輩はあの七不思議で示したかったのではないだろうか。
「じゃあ、七不思議を全部とけばその女子生徒の相手がわかるってこと? ……もしかすると、先輩が死んだ理由の、人も」
躊躇いを含めて、日比野が尋ねる。その問いには半分はイエスで、半分はノーだ。だから、頷くことはできない。
「女子生徒の相手はわかる、と思う。けれども多分、今ある七不思議だけじゃ足りない」
「足りない?」
日比野の問いに、今度こそ頷く。そう、足りない。
「日比野だって想像つくんじゃないか? 今ある七不思議で、唯一二度出てきた場所がある。そうしてなにも見つからなかった場所も、多分意味があるのなら」
日比野の眉間にしわが寄る。けれどもそれは、悩んでいるからではない。
二度出てきたのは、職員駐車場。音楽室の窓から見えた車は、職員駐車場に止められたものだ。泣き声が響くのも職員駐車場。それだけでは先生、という形から絞りきれないが――ただの話し声でも、体育倉庫にしたのは実際聞いたのか、それとも遠回しな意味だったのか。どちらかはわからないが、演劇部ならステージを使う機会だってある。
「顧問だった、高橋先生……」
神妙な声に頷く。正直、知っている人がそんなことを、という気持ちはある。確証もないのに暴力じみた妄想だという罪悪感もある。得意な先生ではないが、それとこれとは別だ。
けれども、思考を止める理由にはならない。身勝手な息苦しさは、言葉を止めない。
「素直に予想するなら、そうなる。ただ、これはあくまで予想でしかない、ってのでもあるんだ。先輩が勝手に作り出した妄想としてしまえる。こんなの、はっきりいって何の根拠もないからな。日比野が言ったように『先生を作り話で理不尽におとしめようとしたもの』と一蹴されるのが普通だろ」
証拠もなにもない。こんなの怪談として流布したところで、なんの意味があるのか。あくまで女子生徒を事故の女子生徒と結びつけないまま、それでも彼女にあった事実を伝えるだけのもの。これだけでは、演劇部の先輩に不幸が訪れるまでの衝動になり得ない。
けれどもそもそも、そもそもの話がある。日比野に言ったように足りていないのだ、これは。足りないままの、七不思議。
「……先輩は学校の七不思議として、この怪談を作った。それじゃあ、七つ目はどこにある?」
「――それが真実か!」
はっとしたように日比野が声を上げる。あくまで推測だけれどな、と言葉を重ねる。
「でも、推測だけれど無かったことにはできない。高橋先生には失礼だと思うけれど……逆に言うと、演劇部の先輩の妄想でしかないなら暴かれても高橋先生には痛くないと思うんだ。ただの子供の身勝手な妄言でしかない。証拠らしい証拠のない七つ目かもしれない」
慎重に日比野が言う。そう、あくまで俺のこの妄想は、話の作り手が正の場合のみだ。日比野を魔法少女にしたから正しいなんて言うことは出来ない。
けれども、俺がこの想像を一蹴できないように、日比野も否定で終えるような物言いはしなかった。
「先輩がひどい妄想をして、それを訴えようとして自殺、という線だってあるのはわかる。誤解に誤解を重ねているだけかもしれない、ということもある。けれども、なら、だからこそ。僕らは七つ目を知らないといけない」
静かに、はっきりと。重ねられた言葉の中に『僕ら』とあったことに少しだけほっとする。そう、この推論は身勝手で、暴力じみて、けれども失えないものだ。抱えられないものだと捨ててよいものではなく、かといってたった一人で抱えるものでもないだろう。
「明日、七つ目を探そう。それからどうするか――場合によっては大人に相談することも含めて、考えよう」
今のままでは荒唐無稽だが、その七つ目によっては過去に置き去りにされた事件が動き出すかもしれない。日比野の言葉に頷く。
なんとか見えた先は、ひどく暗く、それでも確かな形を成していた。
(第四話 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます