4-4)真面目を嫌みで使うの本当止めて欲しいよな。
「高橋先生」
声でわかるかも知れないが、奥にいる日比野にも伝わるように名前を呼ぶ。先日の海野先生の件があって日比野に奥を任せたのは正解だっただろう。どうせ受け答えできるのは俺だけだし、何かつっこまれてもそこまで困ることはない。
「文芸部でここに用事なんてそうそうないだろ? 体育館掃除の担当、今は月山のクラスじゃないよな確か」
「あ、はい。掃除はないです」
だよなあと頷いて、高橋先生が中に入ってきた。そうしてから扉を閉めるときに電気をつけて、にやりと笑ってみせるその顔は少しいたずらっぽい。こういうあたりに教師っぽさよりも親しみやすさを他の人は感じるのかもしれない。俺はあまり得意じゃないけれど。
「真面目君が珍しいじゃないか。電気もつけないで、なにしてたんだ」
明るい調子で高橋先生が笑う。逆に、俺はひきつった感情を宥めるように肩をすくめる。
「はは……別に真面目ってわけじゃないですよ」
少し揶揄するような物言いに良い気分はしないが、とりあえず笑って誤魔化すしかない。別に不真面目になりたいわけではないし褒められることを嫌うような性格でもないが、今の言い方を褒め言葉ととれるほどの純朴さは持っていない。
「そうか? 先生方には評判だぞぉ」
けれどもまあ、高橋先生に悪気はないのだろう。言い方はあっさりだし、少しいたずらっぽく笑いながら俺のそばに立つのだから俺を責めるとかそういうのでもなさそうだ。そうして俺が見ていた場所を高橋先生はのぞき見ると、ふうん、と声を漏らした。
「またなにかするのか? 劇をやるには時期が過ぎただろ」
「そうですね、劇はやらないですけれどちょっと、まあ、今は秘密です」
別になにか舞台でするわけではないのだが、そういうことにしておいた方がいいだろう。ある意味では『七不思議探し』をしているので、まったくなにかしていないわけでもないから、嘘ともいいがたい。
少しの罪悪感を誤魔化して答えると、高橋先生がじっとこちらを見下ろしていた。
あまり、じっと見られることに馴れていない。見下ろされる、ということも早々ないから余計だろうか。いや木戸あたりはじっと見てくるけれど、なんだろうか。うまく言えない。
多分こういう、違和感、と言うものを普段は持たないせいだと思う。木戸は静かだから気にならないだけかもしれないが。ついひるんだ俺に、高橋先生が笑う。
「なにか企んでいるのか? 先生に教えてくれてもいいだろ」
軽い調子は、こちらに寄り添うような悪戯っぽさを含んでいる。とはいえ、俺にとっては答えられるものなどない。
「秘密は秘密ですね。楽しみが無くなってしまうでしょう」
別に楽しみでもなんでもないんだけれどな! そんな俺の内心はさておき、まあそういうスタンスにしておこうくらいで答える。そうか、じゃあ仕方ないなと答える高橋先生は、それでも立ち去ろうとはしない。
「当ててやろうか」
それどころか、少し含み笑うようにして言ってのけた高橋先生にどう返せばいいかわからない。
きっと火野あたりだったらうまくやるんだろう。日比野も多分、うまくやれる。俺はと言うと、少し先日の海野先生を思い出してしまう故に苦い気持ちにしかならない。苦手なもの、わかりやすいのだろうか俺。
「最近月山にしては珍しく遅くに帰るの見ているからなァ。……くだらないからまさかとは思ったが、もしかして七不思議調べているのか」
「あー……まぁ、ハイ」
言われてしまえば流石に否定も出来なくて素直に頷くと、高橋先生の瞳が冷ややかにこちらを見た。
「そんな馬鹿馬鹿しいこと、信じているのか」
口元は笑み。けれども言葉は冷たく、しかし音はいつもの明るさを持っていた。ちぐはぐな印象にぎくりと体をこわばらせる。見上げると、言葉の冷ややかさが嘘のようにいつもの顔がそこにあった。
「まあ高校生だもんな。正直高校生にもなってとは思ったが、話題の種ってやつか? 月山一人で調べるってのも珍しく思えるが――他に誰かいるのか?」
誰か、と言われれば日比野なのだが、今一緒にいるのは日比野ではない(ように見えるというややこしさだ)。どう答えるべきか、と悩んでいると、高橋先生は苦笑を含んだ息を漏らした。
「月山一人でも他に誰かいるでも、気を付けろよ。最近不審者も出るらしいしな」
「不審者、ですか」
注意喚起の案内は聞いていない。不思議に思い復唱すると、ああ、と高橋先生は神妙に頷いた。
「まだ正式な目撃情報らしいものはない噂程度だけれどな。でもまあ、遅くまで残っていると危ないのは確かだ。部活もないのにうろうろするもんじゃない」
「はい」
不審者の有無に関係なく、先生としては当然の注意なので素直に頷く。海野先生にも言われていたし、学校方針として正しい。
高橋先生の態度から、これは一度出た方がいいのかと悩む。しかし日比野を置いていくのもな、とためらいもしてしまう。
「七不思議で捜し物か?」
俺の視線が動いたせいだろう。日比野がいる方を高橋先生が見て、それから俺を見下ろして問う。こちらから日比野が見えないから、高橋先生の問いはまあ当然だ。とりあえず、というように俺は口の端に笑みを乗せたが、どうにもこういう対応は得意じゃない。
「探しているというか……なにかあるかなくらいのものですよ」
「なにもないさ」
断言は、穏やかな声音からなされた。はっきりとした否定。俺自身、日比野の件がなければ同じように思うのでわからなくもない。オカルト的なことを信じる信じないは結構人によるだろう。
けれどもあまりにもはっきりとしているから、つい高橋先生を見上げてしまった。
「残念だけれどなにもないよ。そんなの作り話だろ」
にか、と、高橋先生が笑う。尤もだ。アレがいるわけがないのだから、そう言う言葉は馴染む。けれど、なんだろうか。あまりにもはっきりとしすぎていて、なにもなかったあの日の音楽室が浮かぶ。
あの日見つけたものは、なんだったのか。
「作り話なんてくだらないんだから、あまりのめり込むなよ」
軽い調子で宥めるような言葉だった。まあ、七不思議なんて真剣に受け止めるものではないだろう。高橋先生の調子は至極当然の音で、けれども俺の内側にくるりと巡った。
作り話はくだらない? いいや。
「……作り話だから、ですよ」
高橋先生の言葉に、静かに返す。言葉にして、やけにしっくりきた。これは反論ではない。けれど、持論だ。
「本当だったら正直厄介だと思いますけれどね、作り話なら面白いじゃないですか。作り手の意図があるってことだ」
訝しそうに、高橋先生が顔を歪める。けれどもそれは長くなく、すぐにその表情は「仕方ないな」とでも言うように笑いに変わった。
「本好きだからこそ、って奴か。まあ、どっちにしろ遅くなるなよ。幽霊なんかより不審者の方がよっぽど厄介だ。一人で遅くまで残らないように」
「気を付けます。……俺が帰るまで、先生もここにいるつもりですか?」
失礼かとは思いつつ尋ねると、高橋先生は小さく笑った。
「そう迷惑そうにするな。下駄箱まで見送ってもいいけど、そこまでされるタイプじゃないだろう」
くつくつと高橋先生が笑う。まあその通りなので頷くと、素直だなあとさらに笑われた。素直で面倒が減るのなら儲けものなので、今度は頷きはしないものの動かずに待つ。
高橋先生は、あくまで楽しげに笑っていた。
「じゃあ、気を付けろよ」
そう言って高橋先生が出て、扉が閉まる。そこまで経って、ようやく息を吐けた。
「……先生出ていったぞ」
なんとなく気になってしばらく構えていたが、扉が動くことはない。奥に進んで小さく言うと、日比野も大きく息を吐いた。
「毎回ごめんね」
「いや、寧ろ分かれていてよかったな。面倒がなかった。それより、なにか見つかったか?」
尋ねるが、日比野は首を横に振った。だろうな、と呟くと、日比野が不思議そうにこちらを見る。
「なにか思いつくことあった?」
「あった、というか可能性だけれど。なにもないとは言い切らないけど、多分なくても問題ないと思う」
高橋先生と話していて、ひとつ思いついたことがある。可能性を越えなくとも、話さない理由にはならない。
この思いつきはある意味ではひどい、と思う。勝手な空想で他人を悪く言うことに似ていて、けれども胸が騒ぐのは罪悪感とは別の理由だ。
「場所を変えよう。ここは話すには向かないしな」
こくり、と日比野が頷いた。これでいいのかわからないが、それでも俺は、これしか浮かばない。
この七不思議には、日比野が言うように意味がある。読まれるために存在する物語の可能性に、黙することは見合わなかった。
* * *
準備室は変わらない。海野先生がいつ戻るかわからないのとおそらく今日は話で終わるだろうとのことで日比野に着替えてもらい、改めて座るのを確認して息を吐く。
なんだか奇妙な心地と、少しの罪悪感。それらを吐いた分だけ吸い込む空気と一緒に飲み込んで、日比野を見る。
「一度整理しようと思う。残りの七不思議を先に教えてくれないか」
俺が聞き損ねてから慣習的に調べる直前話すというスタイルになっていたので、改めて日比野に頼む。日比野は頷くと、残りは三つだね、と言葉を落とした。
「『保健室の綺麗すぎるベッド』について簡単に言うと、放課後の保健室に人がいたんだけれどベッドは誰も使ってなかったしいたはずの子は見えなくなったってやつだね。いたはずなのにもういないってことで音楽室と似ているかも知れない。
『放課後、保健室に行くと使用中の札がかかっていた。少し時間を空けて向かったが、まだ使用中。仕方なくノックしようとすると女子生徒が出てきたところで、もう大丈夫だから入って良いとのことだった。中を見たがベッドは使ったというには綺麗すぎるようで、疑問に思い振り返ったが女子生徒はもういなかった』、こういう内容が怪談として話されている」
「まあ、怪談としては無難だよな」
基本的にいたと思ったのにいない、とか、唐突に消えるネタはアレらと相性がいい。俺の言葉に日比野は頷いて、「駐車場も違うパターンの王道かな」と言葉を続けた。
「『駐車場に響く泣き声』はだいぶ短いよ。『職員駐車場で、なにやら声がする。その内容を聞こうとするとエンジンの音が響いて、車が走り去る。そうしてすすり泣く女子の声がするから見に行ったが、そこには誰もいなかった』ってやつだね。声はすれども姿は見えずもよくある話だ。んで、もう一つの下駄箱も短いけど、こっちはちょっとよくわかんないんだよね」
「わからない?」
七不思議にわかるわからないも無いと思うが、不思議に思い聞き返すと日比野は肩を竦めた。投げやりでも適当でもなく、純然とした不明なのだろう。少し眉をひそめて、「なんていうか怪談なのかってかんじ」と答える様子は不可解をそのまま形にしている。
「『下駄箱で消えた靴』は、女子生徒が放課後昇降口に戻るのを見るって話なんだ。それで、もう遅いのにどうしたんだろうって見に行く。けれど靴は無くなっているって、ただそれだけ。いじめ、と見ることも出来るけれど……」
いじめとなると、演劇部の先輩の話に繋がる。かぶっていることはまあありえるとして、そもそも日比野はいじめ説を否定している立場だ。他に死んだ人がいなかったという情報の現在、余計その結論は違和感だろう。
俺自身、いじめとは思わない。考えがあっているかはわからないが、俺が結ぶのは別のものだ。
「有り難う。とりあえず日比野が知っている七不思議は七つ。そして、俺たちが知っていることは、図書室と演劇部だけ死んだ人が題材なんじゃないかってことだ」
演劇部と違い図書室は憶測の域を出ないが、タイミングとしてこれは正でいいだろう。頷いた日比野に、俺は片手を上げる。親指と人差し指、中指だけを残し立てて、細い呼吸を二度。
「日比野が言うように、七不思議が真実を暴くためにある情報だと仮定しよう。すべて女子生徒が関わっているこの七不思議に意味があるとして、関係するものを考える場合可能性は三つ。
一つ目、他の七不思議は死んだ人と関係なく生きている人が題材のもので、なんらかの生徒の秘密が隠されている。
二つ目、他の七不思議は図書室と演劇部の二人が関わっている。
三つ目、実はぜんぜん関係なかった」
指を折り込んで、それから膝の上に手をおろす。三つ上げたが、俺の中で仮説はできていた。
「俺は、二つ目だと思う。そうしてこれは、ほとんどが図書室の女子生徒のことで出来た話じゃないだろうか」
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