4-2)好奇心で釣れるのは猫だけじゃ無いんだよな。

「七不思議で調べるっていうと、演劇部の先輩か?」


 やはり有名どころはそれか。水島の言葉に日比野は「それもあるけれど」と言葉を返す。


「そっちは一応見つけたんだよね。そうじゃなくてもう一個、仮説なんだけれどあの『図書室の女子生徒』がもしかすると学校にいた生徒なのかなって思えることがあったんだ。ほら、あの子の設定も中々未練がありそうじゃん」

「幽霊なんて未練ばっかりだと思うけどな……っと悪い」


 ぽす、と水島が自身の口をふさぐ。さらっとした気遣いは水島らしく、俺は手に預けていた頭を持ち上げて肩を竦めた。


「ソレと決まった訳じゃないし、そのへんの曖昧さ含めて面倒な情報ないか調べているだけだから気にするな」

「ああ、原因を潰す感じか。じゃあ調べるのも結構大変だな。ないってことの証明は悪魔の証明だっけ」


 とりあえずの確認って言うのもどこまで進んでいるか手応えなくて大変だよね、という水島に頷く。手応えのなさは本当につらい。しみじみとした実感だ。

 けれども同時に、それだけでないので「いや」と、頷いたこととは別に否定を呟いた。


「そうでないことを証明するために原因を探す、も十分ありだから、うまくいけば手応えはあるかもしれないってので探しているところだな。過去にそういうものがあったとしてもソレと決まるわけじゃない。情報があればあるだけ取捨選択はできるし、とりあえずなければ早いし有るなら有るで何か知りたいってとこだ」


 ああ、と水島がもう一度頷く。日比野がため息と一緒に息を吐いた。


「ちょっとしたツテで図書室の女子生徒は十年前の人が関係しているんじゃないかってとこまではわかっていて、八年前の自殺した先輩で七不思議が完成っぽいのも情報として手には入ってる。他の七不思議もなにか大本ないのかなってのは検索で調べてそれっぽい情報ないからないかなくらいにしておいているけど、結局その先輩を調べるからついでに情報でないかなってところもあるね。

 自殺ってわけじゃないものの死んでしまった人がいるって話だから、なんで死んじゃったのかなとか、他に幽霊って思われるような未練もみつからないかなーってとりあえず手当たり次第やっているのが今だね」


 俺の言葉を引き継ぐような形で、つらつらと日比野が説明を並べる。突っ込んでは言えないものの、学校じゃない場所でこういう話が出来たのは貴重かも知れない。これが火野だとまた別だが、水島は言いふらすタイプじゃないしこちらが言わないところはあまり突っ込んだりしないでくれるやつだ。

 まあ軽く触ることがあったとしても、それは聞けるかどうかの確認程度しかない。俺が七不思議に、ということに関してもさほどいぶかしがったりしないでくれるあたり、だいぶ助かる。

 十年前か、と復唱した水島は、手にした雑誌を元に戻して自身の携帯端末を取り出した。


「なんかいい検索ワード思いついた?」

「いや、そっちはあんまり。そういうのは金井かないだろ」


 そういいながらも水島は端末に指先を走らせている。画面をのぞき込む真似はしないが、連絡がきた気配はない。いや、ミュートにしていたらこちらにはわからないけれども。

 端末の操作をし終えた水島はそれを机に置くと、実はさ、と口を開いた。


「検索ではわかんないけど、実はそれ心当たりあるかもなんだよね」

「え!?」

「本当か!?」


 思わず声を上げた日比野と俺に、静かに、と水島が言葉を落とす。お互い慌てて口をふさいで頷くと、嘘つく必要ないだろ、と水島はあっさりと答えた。


 突然の光明。日比野も俺も手元で読んでいた雑誌と新聞紙を片づけて、水島に向き直る。水島は「あんまり言いふらすなよ」と珍しく神妙に言葉を落とすと、小さく呼吸を繰り返した後口を開いた。


「俺のいとこ、実は学校のOGでさ。その関係でちょっと聞いたことがあるんだよね。今の学校がやけに下校時間に厳しい理由」

「下校時間の理由」


 日比野が水島の言葉尻を復唱する。なんで厳しいのか、と疑問は出ても明確な答えがなかったそれに、答えがある。予想しなかった方向からの情報を、水島は頷くことで肯定した。


「理由はあるよ。それを、生徒側が知らないのも含めてね」

「なんかまずいこことがあった?」

「うん。まずいっていうか、まあ、子供に聞かせにくい話ってやつ」


 いとこも基本的には話題にしなくて、必要があったときだけ教えてくれたような話題なんだよ。そう言って水島は、声を潜めるのに合わせて少しだけ体を俺たちに寄せた。それに倣うように、俺たちも頭を屈めて距離を埋める。


「……学校帰り、部活があるわけでもないのに遅い時間に下校した女子生徒が、事故にあった。病院に行ったけれど結局死亡――までは悲しい事故とはいえ有ってしまった話、で済む。これはもう一つ、面倒なところがあって――その生徒のお腹に赤ん坊がいたんだ」


 ひゅ、と、息を呑む音が聞こえた。俺自身も、胸の当たり、肺の上くらいが圧迫されるような息苦しさを覚える。

 生徒の死。それに重なって潰えた、小さな命。


「両親も知らなかったんだって。しかも、優しくて物静かな、大人しいとされていた女子生徒。恋人の影もなかった、友達も知らなかった。学校の先生だって当然知らなかった。誰の子供とわからない子供を宿したまま、その女子は死んでしまった。事故の日だって両親は学校で勉強して遅くなったと思っていたらしいよ。事故の被害者だしプライバシーってことにはなったけれど、そういうの調べようとする人はいるよね。遅くに遊び歩いている方が悪いなんて心ない言葉もあったらしい。それを言った人の『遊び歩いている』はあくまで遅い時間の事故だけを言っていたのかもしれないけれど……たとえそれだけでも、事故にあった人に言う言葉ではないよね。そして、その言葉が別の意味に聞こえてしまえるだけの結果を残して、子供は死んでしまった。家族の人は逃げるように引っ越したって聞いている」


 うまく息が出来ないのを、なんとか意識して細い呼吸を繰り返す。吸うことが出来ても吐き出せない心地を、なんとか、細く、小さくで良いからとなだめるように繰り返す。

 日比野の顔色が悪い。宥めてやりたいが、机を挟んでいるのでさすがに背中をなでてやることは出来ない。


「……やめとくか?」

「聞く、聞かせて」


 日比野の隣に座っている水島がいたわるように聞いたが、日比野は短く言葉を繰り返した。そう、と水島が呟いたところで、ぽん、と間抜けな電子音が響く。びくりと揺れた俺たちに、水島は「大丈夫」と短く言っただけだった。


「続き、っていってもそこまで話せる内容は無いけどね。俺が知っているのは、本当偶然。

 こういう話題言うと話逸れるからあんま人には言わないけど、俺の家だと結構早い段階でセックスは子供を作ることだとか、避妊はしたつもりでも失敗するんだから責任持てる覚悟しないとだめとか、体に負担があるものなんだからとか言われてきてるんだよね。そのやけに切迫した教育方針の原因がいとこの知っている事故のせいなんだろうなってくらいまでが俺の知っている話。いとこ曰く、事件後に学校の取り決めが今みたいになったらしいから、原因はわからなくても学校もどうにか対策したかったんじゃないかなって聞いてる」


 なんとなく、本堂先生が言いよどんだ理由を知る。事故は事故と教えることに問題はないだろう。けれど、事故で死んだと聞いて、十年前とある程度時期がわかっていたとしよう。学校名と時期と事故で調べてもし水島が言ったような話まで出てきてしまったら。言いふらしていいような話ではない。ご家族が引っ越してしまった、と言っていたことがぐるりとめぐる。

 奇妙な合致、と言うには、重なりすぎている。


「ガチであったから話半分に聞かないでよって半ば脅す形で言い聞かせられたから俺は知っているんだけど、死んだ人とはいえ悪いことしたわけじゃない女子やその家族思うと言うものじゃないなーってことで黙ってたんだよね。校則めんどいって話題になんも言ってなかったのはそういうのが理由」

「……だからか」


 火野が文句を言うことはそこそこあるのだが、水島はその度「まあどこもそれなりになんかあるでしょ」くらいのゆるいスタンスだった。火野の文句を止めなくても話に乗りすぎないゆるい案配。俺も日比野もそこまで気にしないタイプだったので同じスタンスだなくらいの認識だったが、俺たちのような緩さと言うよりははっきりとした意志で選ばれた言葉だったことに何とも言えない気持ちにある。


「それが七不思議と関連有るか、とかは考えなかったけど、参考にはなったっぽいな」


 水島の言葉に、日比野が小さく頷いた。そのまま頭を押さえるように手をやり、ようやく、というように長い、細い、ひたすら長い息を吐く。

 ややあって顔を上げた日比野の目は、意外にも落ち着いているように見えた。


「ありがと、だいぶ参考になったよ。おもしろ半分につついていいとこじゃないけど、でも知っておけてよかった。ナイーブな話題なのに教えてくれて本当に有り難う」

「何度も良いって。俺だって聞いているだけだしさ。情報は一次ソース辿れって金井あたりには苦い顔されるヤツ」


 まあもっともだよね、と言う水島に苦笑する。金井の言葉はもっともだし頷きたいが、しかしこの情報に関しては水島が教えてくれたおかげで手に入ったし、一次ソースに当たれるものではないのも明確なので頷きがたかった。

 日比野も同じようで、苦笑した後「でも助かったよ」と答える。続けそうになる礼を飲み込んだ様子に、水島が目を細めた。


「ま、苦い顔は冗談だけどさ。話は又聞きってこと、ちゃんと忘れないでくれな。あと、もう一つ追加情報」


 そういって水島はまた指先を端末に走らせる。とはいっても、先ほどのような意味のある動きと言うよりも軽いタップとスクロールをしたものだった。


「いとこから返事があった。八年前から十年前だけの情報だけど、他に死んだとか事故とかはないっぽいね。まあ学年変わると引っ越しとかはわからないけど、死んだらさすがに噂になるでしょっていとこ情報。だから、七不思議の元ネタになりそうなのはこの三年間だけなら今言った事故の女子と俺たちが知っている自殺の先輩くらい」

「あ、そこまでわざわざ聞いてくれたの!? ほんとありがと!」

「おにーさんは弟くんたちに甘いのだよ」

「有り難うお兄ちゃん」

「頼りになりますお兄ちゃん」


 良きに計らえ、とふざけたものいいをする水島に俺たちもふざけた調子で謝意を重ねるが、本当に助けられた気持ちが強い。よしよし、と水島は淡泊な調子で応えると、近づけていた体を元の場所に戻した。それに合わせて、俺たちも前屈みから姿勢を直す。


「ま、今のは重い話だけどさ。なんかおもしろい話が見つかったら教えてよ、七不思議が枯れ尾花だったって話でも日進月歩から聞くとまたそれもそれでおもしろいだろうし」

「あはは、ハードル高いなぁ」

「期待してるんですよ。好奇心で殺されない程度で頼むな」

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