3-5)まあ結局の所一蓮托生に変わりは無いよな。
代わりに聞けたのは栞のやりとりしていた相手は結構活発な子だったこと、昼休みにも覗きに来たりしていたとのこと。流石に栞相手の連絡先を聞く理由はなく、栞の内容についても本堂先生から聞けなかったのであくまでそういう人がいたで止まってしまっているけれど悪い印象を持たれることのない先輩だったことは確かだ。
こうして考えると、それなりに本堂先生は話してくれた。それは言える範囲で、当時の生徒達を思いやって、俺たちと向き合って選んだ言葉だ。
だからこそ教えて貰ったことだけでなく、教えないと選んだことを勝手に暴こうとするようで少し申し訳なく思う。けれども、あの服の力かなにかで「つい」喋ってしまったら、本堂先生は後悔するんじゃないだろうか。だから直接聞くことはできない。言いよどみ方から、余計日比野は放課後に聞き直しにいく提案をしなかったし、俺もしなかった。
現状俺たちの勝手とは言え、知りたいことはある。それでも、無理に先生から聞き出すことは出来るだけ避けたい。だから、申し訳なく思っても調べることが無難だろうというのが俺たちの結論だ。
「でも、図書館かぁ……ちょっと特殊なところではあるけれど、知っているって言う男の先輩の方だけでも連絡先が聞けたらまだ良かったよね」
苦みをそのまま乗せた気持ちは非常にわかる。けれども同意できるものではなく、諦めろ、と肩を叩いた。
「性別関係なく、流石に仕方ないだろ。プライバシー完全無視になるしな」
同性だし俺と同じく本が好きで体格もいいとのことだからあわよくば教えてもらえないだろうか、と思って聞いてみた先輩の連絡先も、さすがにだめよと笑って断られてしまった。それに、どちらかというと月山くんみたいなみたいな本好きとは少し違うかもね、とも言われてしまえばそれ以上言えることなどない。
本好きっていってもいろんなタイプがあるし、俺は結構なんでも手を出すけれどそうでないこともあるだろう。まあ、たとえ話が合うだろう相手だったとしても卒業生の連絡先を聞くのは今時無茶だ。
「結局手掛かりなんてささやかだよねぇ。でもまあ、魔法少女になれば出来るって先輩が思っているなら無理な範囲もないだろうし、もうしばらくよろしくね」
「言ってるように一蓮托生、日比野一人でやらせる気はないさ」
日比野が苦笑を含めて言うのを、もう一度肩を叩くことで受け止める。日比野は苦みを吐き出した分やや穏やかさを強めて笑うと、少しだけ目を伏せた。
「……月くんがセットなのも含めて条件っぽい気もしてきたし、助かるよ」
「確かに、日比野だけだと服着てようがなんだろうが話が出来ないし先生になんか言われたら黙って逃げるしかないもんな」
ちょっとそのあたり、計画性がないんじゃないだろうか。演劇部の先輩とやらに少しだけ不満を持ってしまうと、それだけじゃなくてさ、と日比野が息を吐いた。
「だってほら、考えてみてよ。栞探しの本といい万葉集といい、中々あの情報だけでたどり着けないでしょ。僕だけだったら本当どうにもならなかったと思うもん。完全数打ちゃあたるになってた」
しみじみと日比野がため息を吐く。実感が溢れ出た声音から心情を疑うことはないが、しかし、そうか? と納得するには微妙に足りない心地で首を傾げる。
「そんなことないと思うぞ。手間が減ったってのはあると思うけど、でも結果は同じようなものだって」
俺が知っていたことで時間は短縮されただろうことはわかる。けれども、別に特別なことはなにもしていないのも事実だ。そもそも俺が見つけられたのも思い出したのも運で、下手したら俺が居ても手間が減らなかった可能性だってある。
頭のいい連中なら違うだろうし物語の登場人物とかなら特殊スキルで何でも解決、とか出来るだろうけれど、俺のは本当偶然、なんというか波長があっただけでしかない。
「そうかなぁ。着替え中の偶然だけど、運命じみた物を感じるんだよねぇ僕」
「運命を感じるのは否定しないけど、俺自身は運命論者じゃないぞ。俺の選択は俺の物だし」
縁が繋がるとかそういうのは結構好きだが、運命で世界が決まっているような考え方はあまり得意ではない。信じることは否定しないし日比野が言うロマンにはあっていると思うけれど――けれど、けれどだ。運命は確かにロマンティックという単語が似合うからこそ、俺はそこにない。
まあ、こんなの考え方で差異はないとか言われてしまうかも知れないけれど。それでも俺自身は余白がある方が好きなので、運命という言葉は少し強すぎる。
日比野もそれを知っているはずなのだが、続いたのは「そうだけどさ」という否定の単語だった。
「それはそれでわかるよ。けどさ、ほら、月くんだって言ったじゃん。考えてみて? ロミジュリやらかしたのは僕等二人なんだ。そして、月くんはジュリエットだった」
日比野の言葉にぎくりと体が強ばる。確かに、原因が日比野でも俺自身「ジュリエットをやらかした俺は平気なのか」と思ったりもした。そういう内心を読みとったように、日比野がやけに意味ありげに頷く。
「月くんは魔法少女になりたいタイプじゃないし、そもそもこういうの得意じゃないから勘づいたら逃げるだろうし、でも面倒見はいいし、僕と月くんってほら、二人セットで賑やかな印象はあるだろうし」
「あー……」
何とも言えない声が出てしまう。確かに。確かにそのあたりは否定できない。いやまあどうせ巻き込まれているのだし、問題はないんだが。なんかやけに今更実感した可能性に変な心地だ。
それでも、こういう予想は良いことでもある。否定する理由もなく、そうだな、と頷いて俺は短く笑った。
「そう考えると、日比野が気にしすぎる必要はないってことでもあるし悪くはないか。どっちにしろやることは変わらない」
「……ほんっとお人好しだよね月くん」
「嫌だなぁ日比野さんには負けますよ」
おきまりの言葉で返してやると、僕は良い人ですからぁと諦めたような声が返る。茶化した音故にあくまでおふざけのような感じさせる声だが、実際問題日比野はお人好しだ。俺はそこそこ適当だけれど、まあわざわざ否定するのもややこしいからお互いそういうことにしているのでそれでいい。
「まあ、お互いうまくやろうね。……にしても、図書館の調べ物不安だなあ。うまく見つかると良いけど正直自信ない」
肩を落とした日比野に頷く。こればっかりは、俺たちでやるしかないが――正直果てしない広さを感じてしまう。期間が絞られていても、調べる対象が絞りきれない。新聞で調べたりとかぼんやりとイメージはしているけれど、話から一学期じゃないと思うし二学期か三学期かな、卒業前ではあるよなくらいのぼんやりとした期間だ。何日分の新聞になるというのか。情報が足りなさすぎて、調べる範囲が広すぎる。
「自殺は事前情報含め強烈さ含めなんとかなるんじゃないかとは思うけれど……事故ってどう調べればいいんだって感じだしな。ローカル新聞に絞って、とはいえ全部見るとか気が遠くなりそうだ」
「うーん、そういう意味でも大きい先輩の連絡先知りたかった!」
叫びに苦笑する。確かに教員でもなんでもない立場の先輩なら話を聞けると思うが、無理なものは無理だから諦めるしかない。
「生徒の方がなにかしら零してくれそうとはいえ、まあ、そこはどうしようもないって」
「いやそうじゃなくてさ。確かに先輩がいたらそもそも調べなくていいけれど、もし先輩が当事者じゃなくても欲しいなって思わない? 調べ物得意でまとめてくれるとかありがたすぎる」
日比野が真顔で言うものだからつい笑ってしまった。いやわかるけど。わかるけどそれはなんというかそれこそ無茶苦茶だ。
「突然調べて欲しいとかで連絡とるの、明らかに失礼すぎて怒られるだろ。社会人だからってだけでなく、もし学生だとしても絶対駄目なヤツだって。俺たちがなにかメリット提示できるわけでもないし」
大きい先輩については本堂先生との雑談で「調べるの上手だしゆっくり教えてくれるからパソコンとか聞きやすくて」と聞いていたので確かにそういう人では欲しいと思う。けれども調べるのが上手って言っても限度があるだろう。新聞の量がどれくらいになるのかわからないけれど膨大な資料を漁ることになるし、その量を探すなんて普通の調べ物とは別だ。普通の調べ物くらいだったら俺ももうちょっと頑張る気になれるが、そうじゃない。自分たちがやる前から途方もなさに白旗あげたくなるものを他人に頼むとか、いくらお金を出せばいいやら、である。
それに、いくら親切とは言えそんな時間がかかる面倒をほいほい聞くとは思えない。学生時代は時間の余裕があって親しい人相手だからとか、そういうのがあったかもしれないが、もう十年もたっているし、そもそも俺たちはただの後輩でしかない。迷惑そうな顔をされるのが関の山だ。
「わかってるけどさぁ、つい夢を見ちゃうよね。この手の調べ物はどうにも自信ない」
日比野にしては珍しくやる前から凹んでいるのは、本当に苦手だからか、それともさっきの俺ばかりが喋っていたという件を気にしているのか。どちらかかその両方かな気もするが、理由を決める必要はない。必要なのは、いつもの日比野のように多少の楽観と歩く理由だ。
「ま、お前の考え方で言えばダメもとだろ。手に入らない協力者より今いる友を見といてくれ」
「月くんのことは常にこの胸に仕舞ってあるから……」
「仕舞うな、隣に出しとけ」
はぁい、と返事だけは良い日比野に息を吐く。別に呆れたわけではなくただの話の区切りで、合わせるように日比野も軽く背筋を伸ばした。こういう切り替えができるあたり、日比野だなと思う。
「じゃ、また明日。頼りにしてるよ月くん」
「ああ、またな。お前の幸運をツテに使えないか頑張ってくれ」
途方もないが、調べるだけならアレと出会うこともない。少しの猶予でしかないともとも言えるが多少の気楽さを含めて笑う。軽く手を上げて見せれば、日比野もゆるく手を振り返した。
この日まで俺たちは、知り得ないまま笑うことが出来ていた。
(第三話 了)
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