3-4)自分より慌てる奴がいると逆に落ち着くもんなんだな。

「黙ったままなのここまで面倒あるとは思わなかったっていうのも今更すぎるいいわけだよねごめん。でもほんと考えてなくて……ああーホントどうしよう。どうしようっていうかもう終わっているからどうしようもないけどでもあんな、僕が巻き込んでいるのに謝らせたりとか諸々なんかこう、なんだかいっぱい月くん悪いみたいじゃん失敗した、失敗した! 月くん優等生なのにごめん、ほんとごめんしか言えないごめん」


 切実な謝罪と後悔だが、俺はというとそこまでしなくても、というのが正直な気持ちだ。いつも俺が慌てた時に宥める日比野がだいぶ混乱しているのを見るだけでむしろ申し訳なくなると同時に、少し穏やかな気持ちにすらなる。

 自分より慌てている人間を見ると落ち着くしかないって本当なんだなあとは思うが、けれどもそもそも、元々そこまで気にするような必要は無いのだ。海野先生だって、俺たちがやっていたことを職員会議だなどと言うようなことはなかったし、そもそも怒ったというには穏やかすぎたし。それでも心を砕くのは日比野らしく、だからこそその優しさであまり自身を追いつめさせたくない、とも思う。


 とりあえずどうするのが最適か、と考えても混乱が止まるわけではないので、できるだけゆったりと、なんてことないように言葉を並べることを意識して口を開いた。


「そんな謝る必要ないさ。そもそもお前が言うほど優等生じゃないし、まあ、もし優等生ってことにするならお前も優等生になるし、海野先生が言っていたように俺たちそこそこ大概似たもの同士だからな。放課後残る時点で覚悟していたし、扉開けたのも俺だし、それにもし開けたのが俺じゃなかったとしても二人で怒られるのは同じだし、気にするな」

「でも日比野に振り回されるってカテゴリより積極性があるじゃん~~~」


 あああああ、と日比野が嘆く。いい勢いだなと半ば他人事に思いながら、もう一度「気にするな」と言葉を重ねた。


「大丈夫だって。日比野が原因とは思われていたし、大体振り回されって言ってもそもそも俺『お前よく振り回されて見えるから心配になったりしたけど、よくよく見なくても振り回されているようで案外全力で一緒に突っ走ってるだけだな?』って他の連中によく言われてるぞ」

「えっ、それはそれでひどいね? 僕そんな恒星みたいな感じで思われているの?」

「台風の渦じゃなくて恒星って言うあたりなんっていうかポジティブの塊みたいな表現だよな、好きだぞそういうとこ」


 ちょっと笑ってしまったので素直に言うと、ありがとぉと間延びした声が返る。礼を言える段階なら大丈夫だろう。これで礼やなんらかのポジティブな反応が返らなかったらまずいだろうが、そうじゃないなら一応そこまで我を失っているわけじゃなさそうだ。

 手のひらで軽く背中を叩いてやると、少しだけ日比野の背筋が伸びる。


「ま、一人で変な事件抱えたり動き回ったりするヤツと違って俺は二人行動だしな。安心して頼ってくれ。一応ヤバイってなるほど悪いことはしないし止めるタイプだろ俺達」

「……お互い、目的のために普段の常識が緩くならないように気をつけようねぇ」


 反射で伸びた背筋はまた丸まった。それでも諦めたのか謝罪をする時間ではないと切り替えたのかわからないが、俺に合わせる形で日比野が答えたので良しとする。少々がっくりした情けない声ではあるが、言っている内容はおかしいことではない。それどころか事実日比野の言葉は確かに気をつけなければならないことだ。同意を示すために俺もはっきりと頷き返す。


 実際問題、日比野の現状から考えてしまうと危険だ。思念とか微妙なオカルトのせいである程度の無茶は必要と考えてしまうところは自覚している。

 誰もが間違いを犯そうとして犯すわけではなく、こういう、やらなければとかやりたいと思うことで眩んでしまうことははっきりとした危うさと言えるだろう。だからこそ、常識との一線はお互い気にする必要があるのだ。改めて、「してはいけないこと」を意識し直した方が良いのかも知れない。


「にしても、海野先生少しいつもと違う感じがしたね」


 あらかたごねたものを仕切り直しとでも言うように声の調子を明るくして、日比野がからりと言った。確かにな、と答えて、先ほどの海野先生を思い返す。

 飄々とした海野先生の印象が無くなるとかではないが、なにかひとつ、いやいくつと言えるようなものですらないささいななにかが、さり、と気になってしまっていたのは事実だ。いつもと違う、と言った日比野は同じように先ほどの海野先生を思い出そうとしているのか、顎に手を当てて視線を少し上に動かす。

 俺自身は、思い返しててみたもののそれがなんだったのか、うまく見つけられる気がしないので頭を掻いた。結局自分の記憶を追うよりも日比野の言葉を待つのが無難だと開き直ってそちらをみやると、過去を追いかける思考を手助けするかのように日比野の指先は顎の下でまばらに動いている。


「海野先生、僕に対して懐かしむような案じるような不思議な目をしてたんだよね。あの、本堂先生とちょっと似ている感じ」

「ああ」


 名前が浮かぶ前に霧散した物がなにか、日比野の言葉で納得する。懐かしさと柔らかい愛情と、憂慮。確かに、先日の本堂先生と雰囲気が似ていた。


「あれかな。海野先生、高橋先生がやるまえに辞めた演劇部の顧問だった先生と仲良かったって言っていたから演劇部の先輩と縁があったのかな」


 演劇部の顧問だった先生と仲良かったってのは初耳だぞと内心突っ込む俺の隣で、「服と縁が繋がりやすいとかそういうのあるのかなぁ」と日比野は呟いた。記憶と今の思考をすりあわせるような言葉は、こちらに向いてはいない。けれども、一人で考えるには足りていない声だった。

 ありえそうではあると思う。けれど同意するにはひとつ例外が出来てしまっている故に、その考えに差し込むように「何とも言えないけどさ」と俺も言葉を落とした。


「わからなくもないけど、だったら高橋先生も縁が繋がりやすいってことにならないか? その割に高橋先生は反応なかったからどうなんだ、って疑問がでてくるぞ」


 逆に言ってしまうと、海野先生と本堂先生はあんなになにかを思わせるような態度なのに高橋先生はあまりにも普通だったのが気になってくる。日比野の可能性も俺の疑問も、結局はイレギュラーへの回答が思い浮かばないから宙ぶらりんと言えるだろう。

 可能性を考えるなら、当時いたかどうかではなく先生の年齢とかがあるとか候補はいくらか出てくるかも知れないが――それでも、日比野があの服を着て出会っている先生はまだ三人だ。結局のところ、データが足りないという結論を動かしきれる要素はない。


 日比野はそれでもなにか思うところがあるようで、「うーん」と悩む声を出した。


「……高橋先生が違う件についてちょっと考えたんだけど、海野先生と本堂先生が『手がかり』に近いからああいう反応する可能性あるってのはどう? 海野先生は特になにも教えてくれなかったけど、手掛かりに繋がる、だし」

「今回は運悪く繋がるに足りなかった、か、それとも、海野先生があの教室の不具合知らなかったのが手掛かりか?」

「あ、そっちもあるのか。確かに、海野先生が知らないっていうかあの発言聞くと直していない時点で考えると先生達全般知らなくて、生徒の共通理解程度だったのはわかるね」


 そっかそっか、と納得したように日比野は言うが、だとしてそれがなんの手掛かりに繋がるかはさっぱりだ。正直「今回は繋がらなかった」の方が素直な気がしてしまう。

 だってそうだろう。あの教室に放課後出入りするのが生徒だけだとして、なんの意味があるというのか。恋の忘れ物、という日比野の言葉がぐるりとめぐる。


「でもまあ、とりあえずまだ七不思議の三つ目だ。半分もいってないわけだし、もうちょっと様子見てから考えてもいいんじゃないかな。図書館で調べてみて、当時の学校がもう少しわかるとなにか違うかも」

「そうだな」


 俺が考え込む前に差し込まれた言葉に少し息を吐く。図書館で当時の学校がわかるのだろうか、という疑問は恐らくお互い持っているものだ。それでもそうだな、と頷くしかない。出来る範囲で考え、触れていく。奇妙な状況に巻き込まれているのだからなにかわかるはずというのは楽観的で、けれども頼るしかない事実だ。


 つい色々先に先にと考えようとしてしまうが思考を意識して宥める。一人で考えすぎても意味がないのは当然で、俺達は現状はっきり言って暗中模索、五里霧中ってやつなのだ。手掛かりを増やしていかないと、どうでもいいものを拾い上げても大事な物を手に入れても、それがどういうものだったのかわからないことに変わりはない。


「栞の主についてもついでに調べられるといいね。見つかるかは置いといて、亡くなった理由が事故とかなら記事があるかもだし」

「ああ。ちょっと申し訳ないけどな」


 本堂先生から栞の主の話は少し聞いた。優しい物静かな子で、部活が休みの時によく来ていたこと。実は文芸部にいた先輩だということ。仲が良い後輩がいるようだったこと。


 ただ、それ以上は教えてもらえなかった。何故亡くなったのかと聞いたら言いよどんでいたのでなにか言いづらい理由があるのかも、と思う。けれども、たとえば自殺なら演劇部の先輩のようになにか噂が残っていてもいいだろう。俺たちが知っているのが演劇部の先輩のみな時点で、自殺はだいぶあり得ないレベルの可能性となる。

 しかし自殺を可能性から消去しても、事故や病気だった場合も奇妙な現状はあった。だってそうだろう。事故や病気なら、詳しく答えなくてもそういうことがあったと教えるだけで済む。詳細を言う必要はないわけで、それでもどちらを言うだけですまなかった事実が残っている。ほんの少しだろうがプライバシーが問題だったと言われると、まあ教師として当然だとも思うしかないとは言えど。


 それに、と思考は続く。そういった死に関係する話以外でも本堂先生は少し言葉を濁すことがあった。正直に言えば気になったけれども、突っ込んで聞き出せる理由は流石になかったのでそのままにしたけれど。いや、日比野のあれそれであるにはあるんだがソレを話してしまうとあまりにオカルトだし言いづらいというかまあそこは仕方ない。

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