第三話 調査開始!

暗中模索にもほどがあるというかなんというか。

3-1)お使いイベントの依頼人がいないのは難易度高いぞ。

「音楽室ってこっちの音楽室なんだな」


 音楽室の扉を開けて、改めて言葉を投げかける。人がいると声が出せないと言う難儀な状態の日比野は、首肯で示した。といっても、今俺が内側から扉を開けたので人がいないのは当然なのだが、小窓から出入りが出来るのでそもそも扉を開けないケースも多い故に念のためだろう。

 日比野は扉から教室内を見渡して誰もいないことを把握すると、やれやれとでも言うようにようやく息を吐いた。


「タイトルは音楽室なんだけど、説明では第二音楽室って入っているからこっちになるんだ。まあ、第一だと吹奏楽部がいるし無難かなとも思う。……にしても、月くんと黙って歩くのはちょっと落ち着かないねぇ」


 軽い語調に軽い雑談を重ねがら、日比野が教室を進む。敢えて明るいのは俺を気遣ってのものだろう。昨日聞きそびれたので七不思議の内容を今話す必要があるから、というわかりやすい話のずらし方に少し苦笑する。


「お前お喋りだしな」

「月くんもね。……いや、月くんは相手によるとこあるか。話のテンポが合うから余計ってところはわかるよぉ」


 のんびり笑いながら日比野がこちらを見上げる。まあ、俺たちのお喋りはお互い様だろう。日比野は雑談に演劇や魔法少女をはじめとする好きな作品の小ネタを混ぜるし、俺は俺で適当に物語の話題を出す。テンポというか波長というか。そのせいで話が逸れることもしょっちゅうだ。


「とりあえず話せる時に話してもらうのが丁度良いだろ。『音楽室の忘れ物』だっけ?」


 聞きたくない気持ちはあるが、ごまかし続けるわけにもいかない。基本的に俺がこの手の話を聞くってなったらなんでだって周りに思われるから休み時間に話せる内容でもないし、今聞くしかないのだ。そういう意味でタイトルをあげると、日比野が微苦笑を零した。


 日比野の微苦笑は微笑が少し強い。どことなく柔らかさと当人の穏やかな優しさが含まれている為だろう。俺がさっきしたような苦笑とは違うそれにはやはり気遣いが含まれていて、けれども知らぬ顔で続きを促す。


「相変わらずタイトル覚えるの得意だよね月くん。合ってるよ、『音楽室の忘れ物』で。これはさっき言ったように第二音楽室の話で、放課後女子生徒を見かけるってやつなんだ。どうかしたのと聞けば忘れ物を取りに来たの、と答えられる。そうして教室の奥……ええと、このあたりかな。奥の窓際に行くんだって。なにを取りに戻ったんだろうって思ってみると、カーテンがはためいて――そうして、誰もいないくなっている。そういう話」


 嫌なヤツだ。わかっていたけれど得意でないモノなので呼吸を意識して細くゆっくり繰り返す。だいたいそういう話とふわっと聞いていたので避け続けていたけれど、本当どう考えてもアレっぽい。いやでも既に思念が日比野と接触しているんだしアレであることのありえなさを考える必要はない。思念と結論はでているしな。

 すでに出した結論をしみこませるように息を吐くと、日比野が微苦笑ではなくあの憐憫めいた目でこちらをみていたのでわざとセキをしてみせる。


「んん、あー……第二音楽室に忘れ物ってなると、怪談としては結構古いんじゃないのか? 最近って予想は変えた方がいいんだろうか」


 この学校は最初小規模の私立学校だったらしく、第二とつくものは大体増築前の校舎のものだ。メインで使うものを第一としたほうが勝手がいいだろうと、後から増築した方を第一、元々の教室を第二と名付けたと聞いている。こっち側の校舎は小規模のクラスが使ったりしているものの、忘れ物、と言って話題になるようなものだろうか? という疑問だ。


 あんまりこういうのは言いたくないが、アレをモチーフとした怪談で言うならもっと昔からのものがいたとかがしっくりきてしまう。


「うーん、でも使わないわけじゃないしさ。昔からってなると真実を暴く範囲がだいぶ広くなっちゃうから希望的観測でもあるけど」

「図書室と演劇部だけとはいえ、二つ一緒だしって立てた予想は下手にずらさない方がいいか」


 一応数が少なければ使うんだし、掃除でも入るような場所だ。放課後に来るイメージはないけれども、忘れ物だしまあ怪談だしな、と考え直す。

 海野先生が閉めに来るとわかっている準備室と違って、第二は少し入りづらいと言うか、人気ひとけがなくてあまり生徒が利用しづらい場所だ。そもそも鍵を職員室から借りなきゃいけないから当然とも言えるが、先ほど俺が出入りしたように鍵がかからない小窓があるのでそこから進入出来てしまう。

 表向きは使えず、しかし入れる穴場。だからこそ、怪談にもしやすいのだろう。


「悪いな、混ぜ返すようなこと言って」

「いや、疑問は共有しておこう。後で考え直すときにお互いの頭に入っていたほうがいいしさ」


 こちらの謝罪にからりと笑うと、日比野が窓枠に触れる。忘れ物、といっても、そんなものが有れば掃除の時に見つかっているだろう。そう考えると、図書室のように物理的なものが有るとは考えにくい。


「放課後の忘れ物、ってなるならカーテン開いている方が自然なんだけど、カーテンがはためいているってことは閉じていたってことだよね」

「閉じるか?」

「試すだけ試してみようか。そもそも今女の子見えないからどうしようもないのは確かだけど、条件だけでも近づけてみたい」


 日比野の言葉に頷いて、カーテンを止めている紐だかリボンだかを解く。視聴覚室の分厚いカーテンと違い重さはさほどないので、勢いで一気に半分まで閉じられた。反対側は日比野がゆっくりと閉めている。

 そのまま閉じるのに合わせて日比野がカーテンの内側に入ったので、布一枚分の距離が出来る。


「どー?」

「そこまで薄くないから姿を隠す、くらいは出来るけどスカートは見えるから消えるってことはないな」

「男の子な日比野君は消えてしまったんだね……」

「止めろ。この状態だと半分洒落にならないところもあるから余計ヤメロクダサイ」


 スカートと脚だけって言ってもまあお前男だろ、とわかる程度のあれそれだが、しかし洒落にならない。日比野が女に見えている現状がいわゆる進行するものかどうかもわからない段階で言って良いジョークではないだろう。

 苦みをそのまま舌に乗せて突っ込むと、ごめんごめんと軽い調子で日比野がカーテンから顔を出した。


「うーん、現場を見るだけじゃどうしようもないよねぇ。図書室みたいにやることがあるってわけじゃないし」

「チュートリアルから解放されてギルドって言ったけど、チュートリアルのみのキャラっていうよりはむしろギルドはギルドでもギルドマスターが先輩くらいに思って先輩探した方がいいのか?」


 本当に困ったら出てくる、とかそういうのはあるのだろうか。まあ、そんなことを考えてもこちらに選択権はあまりないといえるからややこしい。


「探してもいいけど、真実を教えるじゃなくて暴くだからってのが気になってはいるんだよね」


 ああ、と日比野の言葉に同意の声を漏らす。確かにその点は大きな違いだ。教えるから暴露してくれ、だとかもあり得るが、こちらが探し出すのも含めて暴く、という場合は先輩を探すではなく俺たちが動くのが妥当でもある。


「忘れ物、って言ってもだしな。……いや、本当に忘れ物なのか?」

「どういうこと?」


 日比野の疑問には答えず、カーテンの中に潜り込む。カーテンがはためいていたなら窓は開いていたのだろう。オカルト的事象でなければ。

 たとえオカルトだとしてもはためくことに意味があるのかもしれないし、同じように開けてみる。窓の外には大きな木がある、とはいっても、流石に手を伸ばして葉を掴むのは危険だろう。

 窓周りを確認するが、特になにかある、という様子はない。木の向こうには職員駐車場が見えるモノの、幸い木の位置的にこの窓は外側からは見づらい気がする。そう考えると窓周りになにか残っていないか、とは思ったが、流石にそういうことがあるわけでもないようだ。軽く乗り出していた体を引っ込める。


「なにかここにあるかもしれない、って思ったんだけれど中々それっぽいのは難しいな。情報が足りなすぎるから仕方ないとはいえ」

「なにか見えるって訳でもないしねぇ。あ、ここからだと高橋先生と海野先生の車は見えるか。あとあれは斉藤さいとう先生のだっけかな」

「よく覚えているな」


 日比野がのぞき込むのを見て、また少し体を窓から出す。といっても、近づこうが近づかまいが俺は誰がどんな車に乗っているかなんて見分けられないので意味はないが。


「高橋先生は女子が騒いでいたいんだよね。斉藤先生はたぶんってくらいだから合っているかわかんないや。海野先生は真ん中にぬいぐるみが乗っててさ」

「……さすがにぬいぐるみまでは見えないな」


 すらすらと説明する日比野につられて目を凝らしたが、言われたところでわからないし多分すぐ忘れてしまう気がする。俺には向いていないだろう。窓枠に乗せていた手を離し――ふとそこで、違和感に気づく。


「あれ」


 窓枠部分を押さえていた手の下、らくがきなのか文字がそこにあった。不思議に思い声を漏らすと、なになに、と日比野がこちらを見た。どけていた手を日比野に示すために動かすと、日比野も「あれ」と同じように声を漏らす。


「なにこれ。和歌、っぽいけど」


 ささやかな文字は、そこにあると見てようやく読めるものだった。和歌っぽいという言葉に、文字を隠さない程度の位置で指を置く。

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