2-5)いや着たいわけじゃない。着たいわけじゃないからな。

 三年生よりは随分気楽なところはあるものの、確かに秋も終わる今の時期は忙しさが増しているだろう。元々話しやすいとは少し違うタイプの先生でもある。


「七不思議なんて聞くのも微妙だしな。放課後残ってるなんてバレたら怒られそうだろうし、もし聞くなら七不思議ってものじゃなくて、なんか細かく情報でてからの方がいいだろ」


 部活動とかがあるならまだしも、ただ七不思議を調べるために残っているというのは明らかに宜しくない。もう随分と暗くなるのも早くなってきた。秋の釣瓶落としは一日一日早くなりすぎるほどだし、この学校は特に生徒が夜間に残ることを好まない。

 部活動も、生徒のみは極力避けるように。生徒のみで遅くなる場合は保護者の迎えが望める状態じゃないとならないとか、中々この厳しさは少ないんじゃないだろうか。

 そういうレベルだから、全国大会常連の吹奏楽部は顧問と副顧問、外部コーチがいる。バスが出るのでたまに別の部活も混ぜてもらっているらしい。それでも残れる時間はたかがしれていると火野が言っていたを思い出す。

 部活動でこのレベルだ。さすがにそこまで遅く残るつもりはないが、まあ、学年主任が眉を潜めるだろうことくらい想像できる。


「本堂先生に話を聞くなら放課後、七不思議調べる前かな。海野先生に聞くのは昼休みで良い気がする。人が居たら放課後にしよう。始まってすぐなら捕まえられるから」

「でも、聞くならなに聞くんだ? 海野先生のは、既に結構聞いてるだろ」


 正直だいぶ思いがけないところから海野先生情報がでている気がする。それを指摘するのも含めて言うと、日比野は苦笑半分で頷いた。


「海野先生は国沢先生と同じく聞くこと増えてからで良いかな。聞くなら本堂先生で、栞の主についてだけど――これもちょっと難しそうだよねえ」

「内容が内容だしな」


 死んだ人間についてなんで今更聞くのか、という問題はある。デリケートな話を掘り返すようなことは好まれないだろうし、本堂先生自身自分が話したことを不思議に思ってもいた。放課後にして日比野が服の力でどれだけ聞けるか試すのはアリだが、日比野の表情を見ても出来たらあまり触れたくないのだろう。他人の心の重石になっていそうな部分を、軽率に暴いていいのかという問題は大きい。


 とはいえ、日比野がのだとしたら手段は選んでいられないとも言えるが。


「図書館で調べて必要そうってなったらダメもとで放課後、あの格好で聞いてみようか。話したくないことを話すってなるの、先生の立場としてもしてもらっていいかどうか微妙だし……昼休み、普段の状態で聞けるかどうか試すくらいが僕的にも気持ちが楽かな」

「だな。じゃあ明日昼休み本堂先生で、放課後は七不思議って予定か」


 文芸部はよその部活と違いそこそこ緩く、基本的には週一しかない部活なのが幸いしたと言えるだろう。部員の希望が有れば増えることもあるが、そういったイレギュラーは強制力を持たないので問題ない。日比野が入っている映画研究部も同じく週一で文化祭も当日そこまですることがないのでロミオVSジュリエットをやるはめになったとも言うが――まあそのあたりまで言及し出すと不毛なので良しとだけしておく。


「そんな感じだね。明日調べる予定の七不思議はどうしょうか。聞いといた方がいい? 聞かない方がいい?」

「ぐ」


 言葉に呻く。俺は、どっちかというと嫌なことはさっさと終えたいタイプだ。待っている時間が長ければ長いほどそのことを考えてしまうから性に合わない、ともいう。そしてだからこそ返事に詰まる。

 聞いたら聞いた分想像してしまう。聞かなければ聞かない分想像してしまう。どちらも容易にわかるからこそ、慎重になって返事がしづらい。


「ま、帰りながら考えてよ。七不思議って言ってもどれも短いからさ、別れる前に話せるよ。これ以上遅くなると流石に先生がよく思わないでしょ」

「確かに。この学校結構うるさい方だって火野も言ってたしな」


 合図というように日比野がノートを閉じて鞄にしまう。準備室は海野先生が帰るときに閉めに来るはずなので、この時間かち合うのはまずいだろう。話を聞く前に帰されてしまうのは目に見えている。


「勉強とか部活で残るのも結構先生が目を配っているもんねぇ。放課後いろいろ見て回っては生徒とお喋りしている海野先生みたいな人がいるから、完全に駄目ってわけじゃないとは思うけれど……海野先生も時間気にするしね」

「海野先生、気づくと出没しているもんな」

海月くらげ先生って言ってるの聞いたときはわかるってしちゃったよ」


 くすくすと笑いながら日比野が立ち上がる。準備室をぐるりと見回すのを横目に扉の前に行くと、日比野の視線がひとところで止まるのがわかった。


「……もしかしてそこにしまってるのか」


 例の服。そう言外に聞くと、日比野はあっさりと頷いた。準備室の段ボールの中って、いいのかそれ。海野先生に見つからないのか。


「元演劇部の部室に何度も何度も通ったらおかしいし、かといって家に持って帰ってとかも流石にちょっとね。ネクタイでごまかせるからワイシャツはいつもの使えるし、ブレザーとスカートは置いとかせて貰ってる。あまり物が動いていなかったし、空き箱だったから先生もみないかなーって」

「でも準備室、たまに生徒来るだろ」


 日比野がここを使っているように、俺が日比野を見つけてしまったように、準備室は別段開かずの間という訳ではない。海野先生が帰るまでは開いていて、結構僻地だから静かで、でも海月くらげ先生なんて呼ばれるようなふらふらいつの間にかいる先生が管理する場所だからネガティブな暗さとか危うさはない場所。

 だいたい放課後そのへんを歩いているとはいってもたまに海野先生と会うこともある。そうすればお喋りも楽しめるので、まばらだが使用者はいるわけだ。……あらためて考えるとそんな場所で着替えていたのは無防備すぎないかこいつ。


「来るような生徒、準備室の物いたずらに動かさないでしょ。……にしてもなんかやぶ蛇っぽい気配がします先生」

「その発言だとどっちかというと雉ですね日比野さん」

「栗持っておかないと」

「それはゴンだな……」


 日比野が動いたのにあわせて扉を開ける。先を促すように手のひらを上に向けて示すと、日比野が笑って礼を言った。いつもの流れで、特に問題のあることはない。

 あの服を着ていない今、話した内容の現実みの薄さ以外はいつもの日比野なのだ。いや、俺にはあの服を着てもいつもどおりにしかみえないけれどそうではなく。他人からみた日比野が女子に見える、なんてことはないだろう。先生から突然過去の話をされることだって無い。


「? どうしたの月くん」


 歩きながらじっと日比野を見ていたせいで、さすがに訝しがれてしまった。とはいっても嫌悪とかそういうのではなく、単純に俺を案じてのものでしかないが。

 心配を掛ける理由も嘘をつく理由もなく、頭を掻く。


「俺も女装した方がいいのかと思って」

「え?」


 端的すぎた。明らかに驚きすぎてそれ以上の反応が出来なくなっている日比野に、いやさ、と慌てて言葉を続ける。


「あの服でなんかいろんな効果があるんだろ。七不思議とか女子の話ばかりで、もしそういうのが必要とかあってさ。そしたら日比野はまた一人でやろうとするだろ目に見えてる。呪われたって言うか選ばれたって言うか、そういうので、いつもの日比野がいつもじゃないこと無理にするってなったら嫌で、まあスカートも正直ジュリエットでこりごりだけどなんっていうか一緒にいてなにができるとかなくても一人より二人って思うし」

「オーケーわかった有り難うセンキューとりあえず落ち着いて。月くん君の優しいのと一生懸命なの凄く好きだけど時々凄くすっ飛んでいるから落ち着いて。まず親切に申し訳ないけど君女子の制服入らないよ」


 自分の端的さを補うために言葉を並べていたらとんとんと背中を宥めるように叩かれた。そうしてはっきりとなされた断言に、う、と声を漏らす。知ってる。似合う似合わないではなくまずサイズが無理だ。大体肩幅でアウトだと思う。


「あと女子から借りた服ってなったら、着られるタイプじゃないでしょ月君」

「……おう」


 女子が着ていた物を自分が着るとかちょっと無理だ。なんかいろいろ申し訳なくなってしまう。ジュリエットの服だってサイズのことがあって準備に大変だったしまあとりあえずの縫い合わせだったから平気だったけれど、女子の制服を借りて着るっていうのはハードルが高すぎる。そんなサイズもあってお願いまでできるような親しい女子が居たら一年の時にジュリエットやってもらっていただろうしな。


「更に言えば魔法がかかっている制服なんだよ。魔法の条件がわからないから女子の制服ってのでもありかもだけど、その場合旧制服じゃないと意味ないんじゃないかな。先生が懐かしい気持ちになってのもそこだったし」

「その通りです……」


 粛々と頷く。いつもの日比野を見ながら、二日前の先生の話と、空気と、そして昨日いろいろ一人でやったのを聞いたのを思い出して、ついやるせない気持ちになってしまった。しかしなったからといってどうしようもないので、短慮な発言だったとは思う。


「気持ちは本当に嬉しいよ有り難う。そういうときにはまず月くんに相談するからさ、絶対」

「昨日の件があるからなお前……」


 絶対というからにはきっと今度は相談すると信じられる。それでもやや拗ねた気持ちで指摘すれば、「栗持っておかないと」とまた言われたので軽く背中を小突いてやった。

 結局そのまま七不思議を聞くかどうか決め忘れたのは、まあ、考える時間が減ったとでも思っておこう。……寝るときに頭を抱えたのは内緒だ。


(第二話 了)

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