2-4)完全に狙い撃たれているんだよなあ……。

 終わった、とするには、届ける必要がある。そういう意味では確かに解決には足りず、けれども日比野と違いチュートリアルだったからと言うには次にこなすべきギルドが見えないのでなんとも扱いづらい案件だ。


「貸し出し期限は二週間だぞ」

「ま、本を覚えておけば大丈夫かなとは思うし、ギリギリまで借りておくことにする。そうそう、本はさすがに持ち歩けないけど、栞は一応今も持ってるよ」


 胸ポケットからちらりと取り出した木製の栞に頷く。日比野が持っていれば、そのわけのわからない思念とあったときに取りに戻る必要はなくなるだろう。思念がこちらの事情を汲むとは思えないし、休み時間とか諸々でもし会ったのならそういう準備は必要だ。


「そういえば『図書室の女子生徒』、一応話聞いておく?」

「聞く。名前しか知らないしな」


 図書室が舞台になっているため、そこそこ話題に昇りやすいタイトルの七不思議なので名前は知っている。けれども俺はその話題からまあ図書室だろうがなんだろうが逃げるので名前でしかない。拒否をすれば話を逸らしたり俺のいないところで話してくれる周囲には感謝しつつ、けれどもこうなったらどれもこれも聞いておく必要があるだろう。

 最初に日比野がした確認に頷いたのだ。俺が選んだ。だから、聞かないという選択肢はない。


「『図書室の女子生徒』は――というか七不思議自体、『演劇部の先輩』以外は特に悪いことしないんだよね。とりあえず『図書室の女子生徒』については、そこにいる、っていうのが題材の七不思議だ。

 図書室には、いつも同じ場所でひっそりと立っている女子生徒が居る。なにかするわけではない、本を読んでいるわけでもない。ただ、そこに居る。見かけた時に見た場所から、決して動かない。背表紙を見て探しているにしても、あまりにそこに居すぎる。そう思って話しかけようとするとようやくその子は動き――広くもない図書室で、見失ってしまう。そういう話。だから今回の栞の主かなって当たりをつけたんだけれど、いなかったんだよねえ」


 同じ場所に立っている女子生徒。背表紙を見て探しているわけではないというのは気になるが、確かに栞の主として考えられる話ではある。けれども、絶対ではないだろう。


「いなかったというのが出会えるタイミングじゃなかった、という可能性もあるが、単純に別の人間って可能性はないのか? 七不思議に都合良く十年前死んだ人間がいるって考えるのも危ういだろ」

「単純に考えるとそうなんだけど」


 日比野が少し嘆息を零した。そうしてから、「海野先生と話したって言ったでしょ?」と言葉を続けられる。

 女子生徒から話題がずれるようにも思えたが、昨日したことの流れとしては問題ないだろう。むしろなにか繋がっているのか。更に続きを促すように頷くと、日比野は七不思議を書いたノートを撫でた。


「実はさ、この七不思議、海野先生曰く『最近出来たものじゃないか』って話なんだ」

「最近」


 少し奇妙な感覚になる。七不思議というと大抵いつできたものかわからないし、そもそも学校固有でもないようなものが多いだろう。そういう中で、この学校独特ともいえる七不思議が、最近出来た。……アレに近いものを示唆するようで、唇を噛んで日比野を見る。


「海野先生はほら、生徒の雑談とか結構いつの間にか聞いているタイプの先生でしょ? 与太話的なものも結構知っているし、そういう先生だからってわざわざ教えてくれる生徒もいる。けれど、その先生が話を聞いたのは九年前。全部そろったのが八年前って言っているから、時期的にビンゴなんだよね」

「細かく覚えているな」

「題材が題材だからじゃないかなぁ」


 日比野の言葉はもっともだ。十年前に死んだ生徒がなぜ死んだのかはわからないが、それでも教え子の死は印象的だろう。そうしてその後に死んだ生徒は自殺。十年前と八年前。連続した死は、記憶に残りやすい。その時期に生徒に関する七不思議を聞くようになったら、確かに年数まで覚えていても不思議ではない。

 認めてしまうとやはりアレなのでは、となってしまうが、まあ、そもそも演劇部の先輩も思念だ。十年前の栞の主も同じように思念が残っていることはありえるだろう。


「十年前に死んで、その後に出来た七不思議。といっても七つ目まで海野先生が知ることになるのはそのさらに後、八年前。ちなみに、『図書室の女子生徒』が一番最初に聞いた話らしいね。ここまでくると偶然の一致、というにはちょっといろいろあるでしょう」


「……まあ、それだけ生徒にとって印象的というのもあるが。現状の思念から考えると、確かにそういった繋がりを見た方が素直だよな」

「僕はとても素直だからねぇ」


 俺の緊張を察しているのか、敢えてちゃかすように日比野が軽い調子で言う。少し露骨だぞ、と思わなくもないものの、いつも通りの日比野に安心するのも事実で、小さく笑うことで謝意を示した。

 ふふ、と笑みをこちらの笑いに合わせるようにした後、日比野がノートを示す。


「ただ、だからこそ気になるのが他の七不思議なんだよね。同じようなルーツなのかな? って考えたけど、死んだ人そんなボロボロいるとは思えないし。僕たちが知っていたのは自殺した八年前の生徒くらいで、十年前の人は知らなかったから事故とかだと伝わらないって可能性は高いけど――でもあと五件もこの数年であったら怖いよ? それこそ学校が呪われているみたいな話でるでしょ」


 確かに、数年で生徒が何人も死んだらいくら十年前程度でも俺たちがなにも知らないことはないんじゃないだろうか。いや、十年前よりももっと前がああって、実は七不思議が出来たのがその期間なだけで材料がもう少し広くて、そう考えたらそこまで危ういものではないのかもしれないが。それでも素直に自殺した先輩と栞の先輩の期間だと考えれば三年間だ。三年間で七人は中々強烈な事件だ。


「……俺たちが知らないだけで、バスか何かの事故でまとめて、とかならまだ違和感はないかもしれない」

「ああ、その当たりは調べて見た方が良いかもね。まあそうしたらどっちみちこの学校で死んだ生徒が題材ってことにはなる。もしそういう事故が無かったとしたら――それはそれで、なにかあるんじゃないかなって思って」

「七不思議の関連性か」


 とりあえず調べることに関しては休みにまとめてが妥当だろうが、現段階での推論はいくらか増やしてもいいだろう。人が死んでいた、ということをここまで身近に考えるとナーバスになるものの、現状の思考には必要な部分だ。


 特に事故の有無だけでなく、日比野が言うように『七不思議になる』関連性は気になる。


「調べる前からわかっている共通点は、どれも題材が女子生徒らしいってこと。このあたり、僕が魔法少女する理由なのかなって思わなくもない」

「魔法少女って言うか認識阻害というか……いやまあ、当事者は日比野だし日比野の趣味でいいんだけどさ」


 言葉選びは自由だけれど、つい見せられたアニメを思い出して不思議な感覚になってしまう。変にオカルト的よりも日比野らしいからまあいいか、という内心も含めて苦笑すると、いや、と日比野はのんびりと否定した。


「僕の趣味だけど言ったのは先輩だねぇ。僕が魔法少女好きなの知ってたんじゃないかな」

「……それ、的確に狙われてないか?」

「選ばれた感ハンパないよね!」


 あっけらかんと言ってみせる日比野に頭を抱える。ここのところコレばっかりだなと思いつつ、さっきから話している内容として日比野の認識はおかしくないので俺が過剰反応なんだろう。なんだろうが、しかしもう少し危機感あってもいいんじゃないか。いやどうしようもないんだけれど。


 またぐるぐると巡りだした思考を遮るように、とん、と日比野がノートを指先で叩く。


「ま、だとしても結局僕らってまだ手札がなにもないに近い訳じゃない? あったのは栞、それも死んだ人への返事で『秘密を守る』って言葉があるくらい。先輩は姿を見せなくなって、このまま終わりにしてもいいような奇妙な状態で。でも、っていうのが今。僕が『真実を暴く』ことに選ばれたとして、それが自力でやらなきゃいけないのかもって感じているのが一つと、栞の『秘密』がなにかはしらないけれど、もしかすると七不思議を解いていけば先輩の自殺が別の形になるかもしれないってのが一つで、僕には動機があって、手札がないから進む道はこれくらいかなって考えています」


 つらつらと並べた日比野の思考が、最後は敬語で飾られる。わざと使っただろう言葉選びは、俺への宣言だ。返事を求めるには足りず、けれども断定で俺を無理矢理巻き込むものでもないもの。

 日比野の手札を見せた上で、俺の判断を待つものだ。


「……実際、女子に見えた上で人から話を聞き出しやすいって服についても、栞の為だけっていうには違和感あるしな。手がかりと縁を繋ぐ、っていうにしても、栞って物理の物だから服を着ていたから現れたと考えるのも難しいし。更に言えば栞を探すのに人からなにか聞いた訳じゃなくて、実際効果らしい効果っぽいものが出たのはその後、本堂先生の話にそういうのがなにか効いたんじゃないかってくらいだ。前述を踏まえて考えると、『真実を暴く』為に、他に使い道があるってのはわかる」


 俺の言葉に、日比野が頷く。あくまで声を出さないのは、やはり待っている為だろう。

 息を小さく吐く。ゆっくり吸う。そうしてからややオーバーにため息をつきながら肩をすくめると、そうだな、と俺は短く呟いた。


「七不思議を調べる線は、俺も必要だと思う。あと、さっき言っていた学校についての情報もだな。今度は一人でやらないでくださいね友よ」

「ふ、了解です親友」


 わざと芝居がかった言い回しをすると、日比野もくすくすと笑いながら答えた。こういう言葉選びは少し飾りすぎている故に滑稽さを作ってしまうが、場を軽くするには丁度良い。他の連中だと滑った空気になるかもしれないが、日比野と俺だと気楽に使える言い回しなのである意味では馴染んだものだ。

 さて、と日比野が切り替えるように調子を軽くするように声を出す。


「とりあえずやることの整理かな。流石に今日はもう時間がないし、過去のことについて調べるのは先生に聞くのと図書館だろうね」

「図書館は休日だな。先生は本堂先生か?」

「今の段階だと本堂先生と海野先生が明確に把握している人だよね。国沢先生とか学年主任だし知っていること多いかもだけど、この時期急がしそうだしねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る