2-3)面白いモノはあわよくば共有したいだろう仕方ない。
走馬燈のきらめきの中でなによりも俺がNGを叫んでいる。本当ただひたすら完全に駄目だろ。女子じゃないし。女子が捕まえられなかったから仕方ないとは言え日比野の方がマシだったのに俺だぞ。文芸部と言ったら三回くらい聞き直される俺だぞ!?
当時も言ったけど、本当そりゃ、そりゃそうなるだろとしか言えない。ロミオがやりたいと言う日比野を止めれば良かったのか。ああもう頭が痛い。元々コミカルなところはあったが、もう、アレ、元の台本よりギャグ度上がってた。主に配役のせいで。
「ああいうのもアリだねって笑ってたよ」
「ナシだろ俺がナシだと思うっていうか当時の自分を殴ってでも止めたい……やらなきゃよかった……やりたくなかったのに台本が面白かったから悪い……あんなん他の人にも知ってもらいたくなるから悪い……」
「月くんの面白いに対して貪欲なところ好きだよ」
「俺も好きだけれど今この瞬間は本当駄目なところだと思う……」
日比野の褒め言葉は素直に嬉しいし俺自身、そういう自分のモットーが嫌いじゃないどころか内心では誇っている。それでも、それでもだ。この事態は流石に反省するしかない。
しかし無理矢理日比野をジュリエットにして俺がロミオをすればよかったのか? と考えるとノーだ。あれは元々ジュリエットが王子よりも体格がよい前提の台本だった。いや、少し改変させてもらえれば、男がやるよりはスムーズに、体格だけならなったかもしれないけれど。結局のところ日比野が
「月くん落ち着いて。ぐるぐるしてもいいけどせめて会話しよう会話。それに、月くんのジュリエット人気だったじゃん。部下になりたいジュリエットっていう印象は台本通りだよ。先輩、大事な部分が形になっていたから良かったって言ってた」
「いやでも現状それでお前こうなってるんだぞ、こんなん、本当、あんな」
「でも台本良かったでしょ」
「良かった、面白かった……」
最終的にぐううと唸るしか出来ず、日比野が小さく笑った。そうしてから、大丈夫、と言葉を重ねる。
「ほら、そもそも月くんが言っていた思念なら、残っているだけだし呪いは成り立たないって」
アレになっちゃうよそれだと、と言われてぎくりと肩を揺らす。言われてみればそうだ。言われてみれば――
「いやそしたら好評って時点でおかしくないか?」
「オカシクナイヨー」
す、と目を逸らして日比野が片言で答える。じっと見据えても目どころか顔自体露骨に真横に逸らされたままで、俺もため息を付いた。
落ち着こう。突っ込んで聞いてソレと確定してしまったとしても、俺は日比野を一人にする気はない。お互いのためにこれは考えない方が良い案件だ。思念だし。
「落ち着いた?」
「……とりあえず話がずれた自覚はした」
「落ち着いたね、よかった」
あっさりと笑う日比野に「ごめん」と謝罪すると、大丈夫、と柔らかい声が返る。しかし力の差があるのは確かなので、感情的になりすぎたことは反省すべきだ。いやでも状況が状況だしちょっと仕方ないとは思う。いや思念だけど。それに感情的になったからと言ってしていいことと悪いことはあるのだから、許されたとしても反省すべき点なのは確かだ。
「そんなにへこみすぎないで、僕も巻き込んだしお互い様だよ。……で、落ち着いた頭で考えて欲しいんだけれど、ロミオVSジュリエットを書いたんだよ、あの先輩」
「作風と作家の心理状態は一致すると限らないけれど、ってやつか」
ロミオVSジュリエットは、元ネタであるロミオとジュリエットとは違いコメディと勢いで駆け抜けるような台本だった。けれどもコメディだからだとか勢いがとかそういうのが理由ではない。もっと根本。あの台本は、演じる人間を見ているものだ。
「そういうこと。海野先生に話聞いたけど、あれが部員のことを反映した脚本であるのは確かなんだ。僕はあれこそ人間愛に溢れていると思うよ。いじめられていないと言い切るのは流石になにも知らない僕が勝手に言って良いものじゃないと思う。けれどもあの台本に希望があったのは、僕が言ってもいいことだと思うんだ」
「……そうだな」
辛いからこそどろどろした話を書く場合もあれば、苦しいからこそ底抜けに明るい話を書く場合もある。現実が苦しいからこそ理想の優しい話を作るとかもよくある話で、けれども、あの台本は人を見すぎていた。
ジュリエットの条件は、ロミオよりも頼もしく見えること。かっこいい女性として描かれるジュリエットと人が良く少し優柔不断気味なロミオの対比はしかしロミオを侮辱するものではない。ロミオは確かにジュリエットの想い人で、それでもジュリエットは家を捨てることが出来ない人だった。
原作では十四歳のジュリエットが、成人した女性として設定された台本。ロミオとの年齢も逆転しており、両者ともに成人はしているものの年上である矜持も持つ女性として描かれていた。そういう中でロミオを思う気持ちはあれども恋だけに生きることはできず――ジュリエットの想いを知った周囲の人物は、モンタギュー家との対立に終止符を打つべくなんと武力行使を画策しだし、という物語はノリと勢いで出来ている。
悲劇になりそうな案配を個性的な周囲の人物と強いジュリエットによって喜劇で突き進んでいき、キャピレット家の画策をいさめたジュリエットがそのまま家を代表してロミオと決闘。そもそも対立とは、のような方向をジュリエットの正々堂々とした物言いとロミオの思慮深さ、ジュリエットを思い画策する修道僧、ジュリエットとロミオの周りにいる人間の愚かしいプライドとしかし二人を案じる優しい人間愛で描かれていたあの話は、参考にと見せてもらった書き込み済みの台本から見ても、演者への愛が強かった。
いじめというものは部活動に限らない。どこかでなにかがあったかもしれない。いじめられない理想を差し込んだのかもしれない。それでも、あの台本を書いた人間の自殺は確かに大きな疑問となる。
真実を暴く人を待っている。七不思議の言葉が、ひとつの形を作る。
「……こう言うのもなんだけど、直接聞けないのか?」
「うーん、会えたらいいんだけど。実はさ、昨日僕ひとりでちょっと確認しにいったんだよね」
「は!?」
しれっともたらされる情報に声を上げる。落ち着いてね、と日比野は手を軽くあげて俺を諫めるが、お前、そんな、何のために俺が今いると思っているんだ。
「月君の気遣いも言いたいこともまあわかるけど、とりあえずもう行動した後だしね? 今後は一緒に手伝ってもらおうと思うけど、そもそも僕一人で頼まれたことだし、今は勘弁してくれると嬉しい」
「……わかった」
不満はあるものの主体は日比野だ。むすっとした声になってしまったが頷くと、有り難う、と日比野は眉を下げて笑う。
「まず、本を見つけたことを伝えようと思って会いに行ったけれど、先輩の姿が見えなかった。部室にも行ったけどいなかった。一応例の服を着ていて、その効果が切れたって様子もなかった。で、本を探しているだろう人にも会いに行ったけどそちらも会えなかったんだよね」
「待て待て待て。やったことが二つになっているぞお前」
するすると続いた言葉に軽く手を挙げて止める。先輩に会いに行っただけでなくあの死んだらしい生徒に? 会いに行った?? なに言ってるんだこいつは。
「制服着替える前に海野先生と話もしたから正確には三つだね」
「おま……なん……」
「てへ」
しれっと言った日比野は俺の言葉になりきらない声にやや愛嬌のある声で返したが、てへではない。海野先生情報については元々聞いていたからにしてはだいぶ他の要素も含まれていそうなものだったので海野先生との時間はとっただろうなとは思ったが、そういう問題じゃないだろこいつ。
……とは思うものの、さきほど日比野が言ったように主体は日比野で終えたことだ。呼吸を整えて、続きを促すように日比野を睨む。
「先輩については何で今見えなくなっちゃったのかわからないんだけれど、チュートリアル終えたらあとは自分でギルドこなしてって感じかなーくらいでとりあえず今は置いておこうかなって思ってる」
「その発想につっこみ入れたい気もするが、俺も思い浮かぶ訳じゃないし置いておくことは今は賛成するしかないな。解消したから見えなくなったが一番なんだけど」
単純に考えれば、先輩の未練が無くなったということになる。思念で伝えることがなくなったのなら俺たちが動くこともないだろう。
けれども日比野はそう考えていないから今がある。案の定、日比野は肩をすくめた。
「一応可能性はあるよ。魔法少女の服だけ残っているのはボーナスって考えるのもありっちゃあり」
肯定だけれども、表情も声音も『そうではない』という考え方を伝えてくる。そもそも日比野の疑問は日比野のものだ。真実を暴くに選ばれたは都合のいいきっかけでしかないと言っているように、もし先輩のそれが解消していても日比野は首を突っ込むのだろう。
「どこからどうみてもただの制服だけどな……」
だから指摘をそちらではなくずれた制服にとどめてため息を付く。本当にただの制服だ。マイナーチェンジ前ってだけでしかないものに、オカルト的要素もファンタジー要素もあるようには思えない。
それでも、日比野が女子に見えてしまうのだから両方がありえてしまう。
「まあ、よくわからないけど僕が女子に見える必要があるってことなんだと思うから、この調べ物するときはまた着替えるからよろしくね」
「了解。……で、栞の主に会いに行ったのはどうなってるんだ?」
尋ねると、そう、栞の主ね、と日比野が復唱する。そうしてから少し考えるように視線を動かして、日比野は息を吐いた。
「栞の主が誰ってのは聞いていなかったけれど、先生が言っていた死んだ人って考えるなら可能性として『図書室の女子生徒』かなって僕は思った。だから昨日図書室に行った。けれど、こちらの彼女にも会えなかった。制服着ていても特になし。試しに制服着ないでも行ってみたけど、やっぱりなしさ。本を渡す相手が今のところいないんだよねぇ」
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