2-2)そんなの完全アウトだよ畜生!
「……きっかけっていうと、そのお前に服を押しつけた思念の方か」
「どっちにしろそこに回帰するから順序ってだけなんだけど。そうだねぇ、タイトルで予想が付くだろうけど、おそらく僕に関わったのはこの『演劇部の先輩』ってところだと思う」
下線からくるりと丸を作って『演劇部の先輩』を囲むと、日比野はペンを持ったまま少し下がった。背もたれにもたれ掛かるようにした日比野が、手元のペンをくるりと回す。
「『演劇部の先輩』はどういう話なんだ? 俺が知っているのはあくまで自殺の話で、具体的には知らないぞ。まさか、魔法少女にさせるとかあるのか?」
話を引き出すように、問いを投げかける。生徒の自殺、という点では八年前に起きただとか演劇部だったとか、遺書らしいものはなかったけれども『事実を隠したままにはさせない』という文言からいじめを明るみにしようとして自殺したのではないかと言われ、しかしいじめの事実が見つからなかっただとか、そのままでは面目も立たず、いじめの噂が出た演劇部が廃部となった、だとか、どこまで本当かわからない噂話しかしらない。言ってしまえば、怪談と言うよりゴシップだ。
噂話からまあその手の話にも繋がることはままあったが、その都度回避してきた結果俺にはわからないことが多い。
「流石に魔法少女はないよ。もうちょっとシンプル」
それだけ言うと日比野がノートの前のページを開く。文字を追う前に、日比野がこつりとペンを一度鳴らした。
「『演劇部の先輩』は、こういう話だ。『演劇部のあった部室で、その先輩は待っている。もう誰もいない部室で、その人は待っている。ずっとずっと、待っている。真実を暴く人を、待っている。真実を潰す人は事故に遭うだろう。その部室では、真実だけが転がっている』……演劇部、もうないんだけれど部室だけはそのままなんだよね。だから余計こういう怪談ができたのかなーって思ってたんだけど」
「……日比野、ソレ、既に呪われているんじゃ」
あくまで他人事のような日比野の言葉はあっけらかんとしているが、しかし、あっけらかんと終えていいようなモノではないだろう。それどころか血の気が引くような物騒な言葉だ。
震える声での俺の指摘に、しかし日比野はあっさりと手を横に振った。
「いや、ないない。呪われてはいないよ多分」
「多分」
当てにならない言葉尻を捕まえて復唱する。絶対大丈夫は流石に無責任だから言えないけどさ、と日比野は言葉を続けた。
「個人的には悪いものじゃないように思えたんだよねぇ。やな感じしなかったと言うか……まあそんなかんじで、部室で出会ってはいないもののもしかすると僕が真実を暴く人に選ばれたのかもっていうのが、きっかけの話」
「それ将来的に呪われるってことじゃないか!?」
思わず叫ぶと、しー、と指を立てて声を潜めるようにポーズを作られる。なんでそんな冷静なんだお前。どう考えてもまずいだろう。
「日比野があの制服着ると女子に見えるのって、魔法少女云々じゃなくてその先輩が乗っ取っているからとかじゃないのか……まずいだろ、お前それはまずいだろ、とにかく絶対まずいだろ」
「月くんが同じこと三回も言ってる……落ち着いて落ち着いて。まあどっちにしろやることは変わらないし、完全に先輩だったら流石に先生もわかるでしょ。高橋先生はなにも言わなかったし、司書の先生は見覚えがある気がする程度だったじゃん」
「高橋先生は置いといて司書の先生は図書室以外じゃ会わないからうろ覚えもありえるだろ……。もしかすると、時間が経てば完全に先輩の姿になってしまうとかかもしれない」
当事者の日比野はやけに悠長だが、こちらは気が気でない。ああそれはありえるかもねぇとか平然と言っている場合ではないだろ本当。だからなんでそんな暢気なんだ。
「でも大丈夫。高橋先生演劇部顧問だったらしいから、その先生がなにも言わないなら流石に違うと思うよ。顧問やっていた部で自殺した生徒の顔、忘れないでしょ普通。結構前とはいえ八年前だし」
「顧問やってたのか」
意外な気持ちで言葉を拾い上げると、「海野先生情報だよぉ」と日比野が間延びした声で答える。先生の情報なら確かだろう。なんでそんなこと聞いているんだ、という疑問はあるものの、日比野は海野先生と仲がいいからまあその繋がりだろうと言うことにしておく。元々、海野先生はちょっと不可思議なところがある先生だし。
高橋先生とは別の形で生徒に人気の海野先生は、飄々としていて何でも面白がる人だ。生徒の話をよく聞いていて、いないとおもったら突然いるので驚かされる生徒もいる。驚くのを楽しげに見ながら話に混ざったりすることもあるマイペースな大人。
と言っても、なんでもかんでも混ざるのではなくてちょっとした豆知識とか、調べる為のきっかけとかをふと教えてくれるくらいの案配で、ゆらゆらとした雰囲気も相まって押しつけがましさを感じない不思議な雰囲気の先生というのが生徒の共通認識だ。
「にしても、体育の先生が運動部じゃなくて演劇部ってのも意外だな。能力的なものとかで顧問が決まるのかと思ったけどそうでもないのか」
意外、とは思いつつ、今運動部の顧問をしていない理由はこれだったのか、とも思う。過去に顧問をした部活で自殺者が出たのなら、再度顧問は本人的にも周り的にも中々ハードルが高いだろう。
「前の顧問が定年退職した時に丁度フリーで若い先生だったから試しに、だったらしいよ」
「そうか……」
試しに、でどういうことがあったかはわからない。それでも、そんな形で請け負った部活で自殺。朗らかに見えてやはりいろいろあるのだろう。まあ、それを言ったら学校の教師も友人もいろいろあったと思うが。
自殺する人間が悪いなんて一切思わない。けれど、ニュースで聞く距離とはまた別の、過去にあったけれども同じ学校という奇妙な間隔がなんともいえない心地を深める。
「ええと。とりあえず、そんな感じだから僕が先輩と同じ顔、は可能性が薄いかな。もしかすると僕が見えていなかった可能性もあるけれど」
「日比野のこと、先生なにも言わなかったもんな。確かにありえるけど、でも位置的にはばっちり見えてそうだったぞ」
「そうなんだよねぇ。女子に話しかけないの珍しいからワンチャンって思ったけど、単純に僕が緊張してたから気を使った可能性もあるし。そのへんの気遣いできる人だもんねぇあの先生」
そういうのがアンタたちと違うのよ、と女子が言っていたのを思い出す。言われていたのは火野だったか。火野は空気が読めるときと読めないときの差が大きいから余計言われるところあるよな。悪いヤツじゃないんだけれど。
「ま、同じ顔でも違う顔でも状況はあまりかわらないよ。僕が選ばれたとしてもしなくてもね。せっかく魔法少女になったんだし、使命は全うしないと」
「そんな単純な考え方でいいのか……?」
「面白そうじゃん、って言いたいところだけれど……正直さ、気になるんだよね」
ふと、日比野が声のトーンを落とす。気になる、という言葉に首を傾げると、日比野はまた少し前傾になってペンの頭でノートを叩いた。
「演劇部の先輩が言っている、『真実』。僕はそれを知りたい」
「……暴く人に選ばれたから、ではなく?」
「選ばれたのは良いきっかけだと思うよ。でも、いろいろ整理して考えたんだ。僕は気になっている。きっと自殺ではない真実があるんじゃないか、そういう理由でね」
区切るような語調で、日比野がはっきりと言い切った。目は真剣そのもの。自殺ではない。そう日比野が言ってしまえる理由を、俺は知り得ない。
「なんで、自殺じゃないと思うんだ」
知り得ないが、日比野がこう言うのならなにか理由があるはずなのは確かだ。七不思議が原因か、それとも他に噂話があるのか――一瞬目を伏せた日比野は、しかしすぐに俺を見据えなおした。
「…これが話す順番を考えたもうひとつの話題。あのね月くん、一年の時に僕らが使った台本を書いたのは、『演劇部の先輩』だ」
「――は?」
静かな日比野の言葉とは反対に、間抜けな俺の声が響いた。声、というより音と言うべきか。空気を吐き出して形になり損なったような音の軽薄さを揶揄することなく、日比野が大きく一度頷いてみせる。
「僕らが演じたロミオVSジュリエットを書いたのは演劇部の先輩で、それは先輩が自殺しなければ公開される予定だった劇の台本です」
「お前呪われる理由全力であるってことだろそれ!!」
思わず立ち上がって日比野の肩を掴む。『ロミオVSジュリエット』――一年の時に演劇部がないことを嘆きそれでも演劇をしたいと縋ってきた日比野が持ち込んだ台本。確か演劇部がつぶれていても台本は誰でも使って良い取り決めだったからと海野先生のアドバイスで読ませてもらって気に入ったから一緒に演ろう、という話からだった。あの日の自分を止めてやりたい。後悔先に立たず。うっかり走馬燈みたいなものも見えてきた。真実暴くとかそういう問題じゃない。めちゃくちゃ駄目なやつすぎる。
「月くんおち、落ち着いて……君のぱわーじゃ僕肩がもげる……」
「お、落ち着いているお前がおかしいだろ!」
気づいたらそのままがくがくと揺さぶっていた手を慌てて離す。が、落ち着けるものでもない。動揺する俺と対照的な日比野は肩を押さえるようにしながら撫でつつ、俺を見上げた。
日比野の目は相変わらず穏やかで、だから理解できない。いや、穏やかと言うよりは半笑いか?
「どちらかというと好評でした」
「ジュリエット俺だったのに!?」
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