第二話 さくせんかいぎ!
もうこれ完全に呪われていませんかね。
2-1)ソレと証明する手立てはないから安心しろ。
二日前なぜか親友(男)の女子制服姿を見てしまった準備室で、頭を抱える。椅子に座っている日比野は昨日と違い
「落ち着いた?」
「……一応」
一昨日もこんなやりとりをした気がする。気のせいではない。そしてなにもかも変わっていない。
だってそうだろう。とりあえず話は今度にしようと宥めすかされて帰っただけで、なにかしたわけじゃないから当然だ。次の日話を聞こうとしたものの、俺が部活だろうってことで押し切られてしまい、ようやくの今日。それも教室でこの手の話は一切しなかったから、落ち着いたのはとりあえずでしかない。理解できたとか納得したとかそういう理由が持てる状態じゃないのだ。
そもそも納得できるわけ無いだろう、どうしろっていうんだ、あんな、そう、アレのことなんてあり得るわけ無い、無いんだ。ぐるり、と巡り掛けた思考を遮るように、日比野が両手を打ち鳴らした。
「話は出来そう?」
「出来る出来ないじゃなくて、しないと落ち着かない」
「だよねぇ。今日も寝不足にするわけにはいかないしねぇ」
日比野が困ったように笑う。今日も、との言葉に思わず下瞼を押さえた。まあ朝鏡を見て確認したから今更でもあるが、自分の顔色はとても良いと言えない状態である。
沈んだクマもつい険しくなる目つきも、どれもこれもこの間のせいだ。
「どこから話そうか。そもそも魔法少女、自分でなるものはあまりないよね。僕が見るタイプはきっかけがあって魔法少女になるやつばかりだ」
「アークキャッツもそうだったよな」
「うん。あれはだいたい王道だから、月くんはその基準で解釈して大丈夫だと思う」
頷いた日比野が、両手を組み合わせるようにする。指先をいくらか動かすのは、言葉を探すときの癖だ。
そうしてぱらぱらと動いた指が力を加える形で止まり、日比野から合図のように息を吐く音が漏れる。
「僕を魔法少女にしたのは、演劇部の先輩」
がたり、と、椅子が音を立てた。つい体を仰け反らせた俺を、日比野はなんともいえないような目で見る。
「大丈夫?」
「だ、いじょうぶだ」
ここで止めておく? とでも聞きたげな声に、椅子をなんとか元の位置に戻すことで意思表示を重ねる。正直否定したい。大丈夫かどうかって問題ではなく、もうなにもかも否定したいがそういうわけにはいかない。
話を聞くのに、相手の言葉を否定しては埒があかないのだ。この学校に演劇部がないだとか、そういう話をして解決するものではない。そもそも予想はしていた。知り合いは生きているかもという考え方とか、そういうあたりで。
とにかくいろんなものを呑み込んで促すように頷くと、日比野はまた指先を動かした。今度のそれはぱらぱらとした無作為な動きではなく、二度、三度とリズムを取るようにしてから止まったものである。
それは日比野が思い出そうとするときの動きだから、ああ、当然だけれど嘘じゃないんだとわかってしまう。
「先輩曰く、この制服には魔法がかかっている。人に言えないものを抱えた人を助ける為に都合のいい魔法だ。君にはこの服を着て、それを解決して欲しい。制服を着ていれば君は女子に見えるだろう。そしてその制服は、手がかりとの縁を繋いでくれる力を持っている。それに、人の言葉を引き出すのにも長けているものだ。けれども、迂闊に人と会話してはいけないよ。そこで魔法が解けてしまうからね。っていう話でね」
いよいよ両手で頭を抱える。もう一度「大丈夫?」と聞かれたので手で大丈夫という意志を示すと、日比野は椅子を少し動かした。
おそらくその音は座り直したからだろう。音に促されるようにのろのろと体を起こすと、日比野の優しい憐憫とかち合う。
「まず女子に見えるのを確認して腹をくくった僕に、先輩は例の依頼をした。人には言えなかった心残り。自分はその知り合いの為に今はもう動けないけれど、その人の為に動いて欲しいってね」
「それが栞、か」
「うん」
俺の言葉に日比野が頷く。そうしてから日比野は、背筋を伸ばして頭を下げた。
「巻き込んでごめん。可能性はありえたとは思っている。本だけ見つけてあとは自分でなんとかしようと思っていたし、言ったように知り合いが生きているかもな、って思ったりもしたんだ。でも、迂闊だった。月くんにこんな、」
「……迂闊なお陰で助かったな」
深く息を吐いて、しみじみと言葉を落とす。顔を上げてぱちくりと瞬く日比野は不思議そうで、寝不足とは別の理由でその目を睨んだ。
「確かに俺はこの手の話が苦手だ。けど、そしたらお前一人で抱えたことになるだろう。それは絶対にイヤだ」
貫くように強く音を吐き出すと、ぱちぱちと瞬きを繰り返した日比野が頬を緩めた。仕方ないなあというような笑い方に、こちらは眉間のしわを深くすることで意見を示す。仕方ないわけないだろう。こればっかりは俺の主張が正しい。
「ほんっとお人好しだね月くんは」
「素直に魔法少女受け入れてるお前のお人好しっぷりには負ける」
「いやぁ、僕はそうでもないよぉ」
「そうでもありますよ」
軽口の応酬をしていると、途中で日比野が表情を真面目なものに戻した。どうした、というようにこちらも空気を合わせる。真剣な目をした日比野が、少し距離を詰めた。
「でも本当に大丈夫? ゆうれ」
「ソレとはかぎらないだろ」
日比野の言葉を遮って強く言い切る。きょとりとした瞳は、どうしようもないような表情に変わった。言いたげな顔から目を逸らし、指先で机を鳴らす。
「自殺したって言う演劇部の先輩と会ったのが本当だとしても、それがアレだとは限らない。なんかこう、思念とかそういう方かもしれないだろ。サイコメトリーとか、ほら、そういうのあるとか言うし。その魔法少女だとかいう理由の制服を着たら女子に見えるっていうやつも、ほら、そう、そういう力が服にあるんだよ。アレだからじゃない。そう考えれば確かに魔法だし、魔法少女なのも納得できる。きっと自殺する前に先輩がなにか心残り持ってて、それで思念を残して、日比野が受信した。受信できてしまったから魔法少女になれた。ほら、これならアレにはならない。全部過去のもので、残った気持ちを俺たちが拾い上げるだけだ」
「月くん……」
早口にまくし立てた俺の声が止まったのにあわせて、しみじみ、というような調子で日比野が名前を呼んだ。
俺の理屈は間違っていない。とても当然の推論だ。顔を上げない代わりに、コツコツと机を鳴らす手を左手で抱え込むようにして押さえた。音が無くなって、空白、五秒。
「本当幽霊だけは駄目なんだよねぇ」
ぽつ、と落とすようにしてなされた実感は噛みしめるような色があった。ひくり、と口角が震えたのは気のせいだ。そのまま持ち上げて震えを無かったことにして、にやり、と笑ってみせる。
「ソレじゃないから手伝えるな、良かった」
「無理しない方がいいと思うけど」
「無理じゃない、そんなものは存在しない、だいじょうぶだ、これで俺が引いたら存在しているみたいじゃないかはははそんなのありえるわけないだろうだから絶対手伝うからな」
そうだねぇ、存在しないね、大丈夫だねとうんうんと日比野がようやく頷いたので安心する。
そう、理屈がつけばいいのだ。超能力だとかUMAとかわけのわからない現在は理屈がつかないものだって、科学が解明すればそれは道理になる。世界は広く人間には理解できない物が溢れていて、そういう「わからない」は「わからない」ままでいい。きっと将来誰かが解明してくれる。それをゆ……だとかなんだとか、そちらに結びつけるのは愚の愚だ。なんかこう、魔法とか、そういうのならいいんだ。きっと俺にわからない理屈であるものなら大丈夫。怖くない。むしろ巻き込まれた日比野が心配なのは確かなので、そう、それでいい。
「で、手伝うけれどそれって今回ので終わったのか? 知り合いに渡せばいいだけ? 知り合いがワンチャン生きているかもって考えたってことは、誰が相手かわかってなかったってことだろう? 思念相手にしても先輩に渡せばいいのか、動けないってことなら別の思念があるのか」
「あー、うん。ちょっと心当たりが出来たんだよね」
「心当たり」
なんだろうか。そう思って日比野を見ると、日比野はなんとも言えない顔でノートを取りだした。少しごにゃごにゃと口元を歪めるのと相まって、言いづらいんだけどという内心となんと言えばいいかわからないみたいなものと多少の案じる気持ち、をぐるっと混ぜたみたいな変な顔である。
ひやり、とイヤな予感を感じるが、結論はでている。思念は思念だ。自分を奮い立たせるようにして、椅子を日比野の机に近づけて覗き込む。
「月くん、七不思議は知っている? 王道じゃなくて、この学校独自にあるヤツ」
「……名前だけとかなら。王道の方なら知っている方だと思うんだけどな」
「だよねぇ。この学校の話、なんでか幽霊っぽいのが必ず入っているもんね」
しみじみと日比野が言う。タイトルだけで予想していたが、やはりか。話題に昇る度全力で逃げていたので内容は知らないが、今回はそうも言ってられないだろう。覚悟を決めて日比野のノートを睨む。しかし、それでも顔がひきつったのがわかったのか、日比野が肩をすくめた。
「引くなら今の内だけど。この話がっつりそれ絡むから」
「聞く」
「月くんは積極的に巻き込まれたがるよねぇ。ごめんね有り難う」
小さく笑った後、日比野がノートをめくる。『七不思議』という大きめの文字でタイトルが書かれており、その下に『演劇部の先輩』『図書室の女子生徒』『音楽室の忘れ物』『保健室の綺麗すぎるベッド』『体育倉庫の話し声』『下駄箱で消えた靴』『駐車場に響く泣き声』の七つが連なっていた。
もう完全にソレだ。いや、噂は噂でしかないんだから気にしてはいけない。逃避したくなる意識を両手の内側に閉じこめる。
日比野のペンが、す、と『演劇部の先輩』の下に線を引いた。
「全体から言おうか、まずきっかけからの予想を言おうか。悩むんだけどどっちがいい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます