1-2)魔法言う割に出来ること殆ど無いよな……
「そんな顔しても、結果は変わらないよ。それより栞なんだけど、心当たりある?」
「栞ってだけで心当たりあったらもう言ってる」
「確かに」
歩き出した日比野に並んで答えると、あっさり日比野は頷いた。まあ、話を転換する為でしかなかったのだろう。図書室にあるはずなんだけどね、と言葉を続けた日比野に、首肯で続きを促す。並びながらでも時折隣を見る癖のある日比野は相変わらずで、格好以外は本当日常と変わらない。
別に趣味なら趣味で受け入れるだけでしかないのだけれど、魔法少女という言葉と先ほどの火野の様子で相変わらずこめかみは痛むし頭はくらくらとしてしまう。
「依頼主は栞の持ち主じゃなくて、知り合いなんだ。栞を挟んだまま卒業しちゃった子がいるらしくてね、それを探してあげたいんだって。ちょっと理由があって、挟んだ本はわかっても栞が今現在どこに挟まっているのかわからないから、どうしようかってしているところ」
「……途方も無くないか」
さすがに手がかりがなさ過ぎる。それを頼まれただけで叶えようとするお人好しは日比野らしいし手伝ってやりたいが、どうすればいいかとっかかりが浮かばない。
思わず図書室を睨んでしまう俺に、日比野は「そうなんだよねぇ」とのんびりした調子で頷いた。
「魔法の力でなんとかなればいいけど、あくまで僕の変身は『僕と認識されない為』と『手掛かりとの縁を繋ぐモノ』でしかないらしくって。月くんにバレたのはある意味運命なのかもね」
「運命に頼る前に直接相談すればいいだろ。人海戦術だってできるだろうし」
呆れを伝えるためにあえて大げさにため息をつくと、日比野は小さく笑った。どこかご機嫌な様子で日比野はこちらの肘を軽く叩くと、先ほどの小さな笑いを引き継いだようにまたくすくす声を漏らす。
「月くんのそういうところ格好いいよね、パキッとしていて好きなところだ。けど、『僕と認識されない為』の衣装だしさ、秘密にして欲しいとかなんか諸々あるんじゃないかなって思って人海戦術はちょっとやめといているんだ。どういう理由かちょっとわからないんだけどねぇ」
「バレたから手伝う、はいいのか?」
なら、と言うように腕を組んで尋ねる。どういった形であれ、バレなかったらこの途方もない作業を日比野は一人でしようとしていたのだ。守秘義務とかそういうヤツだから仕方ないと言い切るには多少の不満はある。
依頼人と一緒ならまだしも、友人がよくわからない理由で一人背負うような労働を是と言えないのは至極真っ当な考え方だろう。
「まあ、バレたし、月くんだし。着替え途中で魔法が効いてなかったとは言え、もしかすると『手掛かりとの縁を繋』いだ結果なのかもしれないってのもある。……うん、あれかな。マスコット枠」
「ますこっと」
「それなら一緒にいても普通でしょ」
目を細めて言う日比野はどことなく面白がっているようでもあった。
マスコット、ともう一度復唱して、以前見た作品を思い出す。確か喋る猫がいて、あれがマスコットだと日比野が言っていたのを覚えている。猫、と言うがリアルな猫というよりぬいぐるみのようで、魔法少女である主人公に振り回されたりしながら戦いのサポートをしていた。
「マスコット思っていたら悪魔でした、ってなっても知らないぞ。『美しい』って言ったら主従が逆転するとかな」
「マスコットは別に主従関係じゃないよ。魂売ったところで救ってくれる恋人を作りたいと思わないから勘弁被りたいけど、そもそも月くんが悪魔ってのは馴染まないなあ。どっちかというと月くんは振り回され枠だって」
「あれはあれで振り回されても感じるけど、まあ俺も日比野もああいうのは真似できないのは確かだな。けどマスコットっていうのもなんかアレだろ」
雑談は日比野が口を噤んだことで一度止まる。図書室に入ると文芸部の先輩が居たので頭を下げた。
文芸部だからと言っていいかわからないが、まあ、図書委員率の高い部なので遭遇はよくあることだ。いつもなら声をかけてくれるのに敢えて声をかけないと言うことはさっきの火野のような理由なのだろうか。面倒な可能性についこめかみを押さえてしまう。今日はずっと頭抱えていないか、俺。
にしても火野の時といい、黙るってことは声は男の方に聞こえるとかなのだろうか。『もう喋っちゃったから適用されない』とも言っていたし、声、はなにかあるのかもしれない。
しかしだとすると、依頼をどう受けたのだろうか、などと考えているうちに奥の本棚にたどり着く。日比野が立ち止まったので少しかがむと、日比野もこちらに身を寄せた。
「途方もないけど、手掛かりがないわけじゃないんだ。理由があるって言ったでしょ? 挟んだ本がわかっても栞が今わからないってのは、その栞、共有されていたからなんだって。お互い相手が誰とわからないまま、自分が読んだ本に栞を残して。そしてその栞を見つけた相手がまた別の本に栞を挟んで。そういう、本を介してのロマンスだったんだって」
「ロマンス」
「始まりは、読んだ本に栞を挟んだままにしたどこぞの誰か。それに『忘れ物です』と付箋を貼った上で、シリーズ物だったから将来的に読むだろう本を選んでそこに挟んで置いたのが依頼主のお知り合い。ロマンス以外の何者でもないじゃないか」
日比野はこういう物語じみたものが好きだ。依頼と言うが丁度日比野の趣味にあっていたのだろう内容に頷いて、本棚を眺める。
誰かに見せるための栞なら、背表紙からでも見える可能性はあるだろうか。としても、なにかきっかけの場所がないと棚を眺めるにもどこから探すか悩む。端から、で見つかる物なのかも疑問だ。
「あしながおじさん、は、終わりにしても露骨すぎるし半端か」
「ああー、王道だよねあしながおじさん。読んだこと無いけど」
「書簡形式だし読みやすいと思うぞ。前向きで明るい、賢明な人にこちらの気持ちも前を向くような話だ。日比野の好みじゃないか?」
言いながら棚を移動する。読んだのは結構前だから少し自信はないものの、児童向けで有名な程度にわかりやすい話作りと対話のような語り調子はとっかかりやすい作品と言えるだろう。
特に、日比野は脚本を好んで読むからああいった書簡形式自体合うんじゃないかと思う。孤児という出身に卑屈な気持ちを持っても、明るく楽しそうに世界を眺めおしゃべりを綴る女性の姿は、日比野の前向きさにも似合う。
俺はどうにもロマンス部分の理解が難しかったけれど、日比野ならその当たりひっかからないで済むんじゃないだろうか。こればっかりは、恋愛物に触れない訳じゃなくても楽しみ方が「人と人が仲良くなるのはよいことだ」「幸せならなによりだ」のざっくりした理解の俺には少々難解なことが多いジャンルだから仕方ない。日比野はその心の揺れ動きを好んでいるから凄いなと思う。
今言うロマンスへの思いも同じくだろう。俺にとってはロマンスというよりはそのまま浪漫の方がしっくりくるが、うっとりしたような日比野の物言いはその一文字分の華やかさがある。
そんなことを考えながら本を眺めていると、小さな笑い声が隣から落ちた。
「月くんは本当多読だよね。あと薦め方がずるい。草枕とか、月くんに言われなきゃ僕も読まなかったし」
「それは恐悦至極に存じます」
敢えて大仰な言葉選びをすれば、先ほどのささやかさよりも発露の形を強めて、楽しそうに日比野が笑う。俺の話を面白そうに聞きながらも無理に合わせず、けれども興味を持てば手に取ってくれる日比野は貴重な友人だ。日比野も日比野で、自分が薦めた物を揶揄せず興味持つ俺が好ましいと言ってくれているので、ある意味ではWIN-WINの関係と言えるのかもしれない。
草枕なんて名文とは言え癖の強い主人公の作品を「主人公が人間としてだいぶ駄目な方向に梶切った日比野って感じ」とか言うアレな紹介をしたのに怒るんじゃなくて興味を持って読んだ上で感想をやりとりしてくれるあたり、日比野はだいぶお人好しでもある。まあ、こんな果てのない栞探しを受けている当たりお人好し以外のなにものでもないが。
「やっぱあしながおじさんは無いね。赤毛のアンも無いかぁ」
本を開いてざっと確認する日比野の横で、俺もとりあえずというように他の作品を手に取る。少公女も無し。少しの本ならまだしも、背表紙だけでなくページをめくるとなると一冊ずつは結構な骨だろう。何日も掛ければ違うかもしれないが、順繰りに試したとしても不安がある。貸し出し中の本が戻った時に気づかず見落とす可能性が多大にあるし、数を考えてもやるならやはり人海戦術が必要になってしまう。
「一応挟んだ最後の本も出会いのきっかけである本も聞いてはあるんだけれど、本を絞り込むには足りないって感じなんだよね」
ため息をついて日比野が胸ポケットからメモを取り出す。それから俺を見て、不思議そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「いや、なんか」
なにか違和感が。そういう言葉は形になるよりもあまりにも淡くて、首を捻る。
なんだろう。首を傾げた日比野と並んで奇妙な間ができるが、しかしかすかにあった違和感はするりと端を掴ませずに去ってしまった。
「なんでもない。とりあえず、探すきっかけ程度でもなんかあるなら聞きたいんだが、俺が聞いてもいいか?」
「ここまで来たら一蓮托生、ってね。月くんの観点欲しいし、聞いてくれると嬉しいな。言ったように、最初と最後の本だけだけど」
「多少の傾向にはなるだろ」
なにもないよりはよほどいい。そういう意味を含めて言うと、日比野は頷いた。
「最初に見つけたのはシャーロック・ホームズシリーズ、『緋色の研究』。それで、お知り合いさんが挟んだのは『恐怖の谷』だって」
「……相手の情報にはならないけど、知り合いで言うならそれなりに下準備して読む人かもな。もしくは偶然か」
「? どういうこと?」
再び首を傾げた日比野をつれて本棚を移動する。探偵小説として有名なシャーロック・ホームズは出版社が複数あつかっている。小学校なんかだと少し活字が大きく読みやすいハードカバーと文庫本が置いてあったりすることもあるくらいだ。
うちの図書室にあるのは文庫本。そして緋色の研究は有名も有名、シャーロック・ホームズシリーズの第一作目だ。
「シリーズの続編って意味ではどれに差し込んでもありえるから、偶然の可能性は高い。ただ、緋色の研究。少し特徴があってさ、作中で二部構成の長編なんだよ。それと同じ二部構成が恐怖の谷。
緋色の研究に差し込まれた栞を見つけたなら、普通に考えると緋色の研究以外は読んでいないってことになる。それなら偶然が濃厚。けど、シリーズの並び順で読んでいない場合タイトルで選んだかなにか法則を調べて読んでいるか、って可能性がある。シリーズ順だとしても読む前に情報仕入れていたら同じく。その場合は似たような構成だからで差し込んだ線もあるなって」
「へえ、そうなんだ。僕、実は読んでないんだよね。今度読もうかなぁ」
「面白いぞ、お勧め」
反射のように頷けば、日比野が小さく笑った。月くんはいつもそれだよね、と言われるけれど、まあ面白いんだから仕方ない。
「ええと。それで相手に届いた後、お礼と一緒におすすめの本を教えあうように栞を橋渡しにしたんだってさ。といってもどの本に置いておきますなんて情報無いから、栞を挟んで、相手が見つけたらラッキーくらいの感覚だったらしいけれど。ミステリー、SF、純文学。ちょっと珍しいとこだと和歌とかそういうのもあったらしいよ。結構色々やりとりしたって言ってた。最後にお知り合いさんが栞を挟んだのは『モモ』。だけど依頼主が確認しても無かったから、きっと相手の人が読んで持って行ったか挟まったままか。挟まっているのを知り合いの人は確認せずに卒業しちゃって、よく話題に出すから見つけてあげたいんだって。ロマンスだし友情だねぇ」
「……そうだな」
モモ。これもまた有名な小説だ。だいたい見かけるのはハードカバーで、この図書室にある物も同じく。時間泥棒の話と言えば大方通じるだろうか。図書室の配置では最下段。大きく棚移動がされていなければ当時も同じくだろうか。
最下段なら普通に眺めるだけでは栞を見つけづらいだろう。卒業の頃に差し込んだ、というのなら、やりとりが終わるかもしれない時期。それでも『挟んだまま卒業』が心残りになるということは、返事があったはずだと考えられるタイミング。知り合いが見つけられなかった、とすると、近い場所にはないだろう。
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