親友(男)が魔法少女を自称する件について

空代

第一話 魔法少女、誕生!

いやちょっとまてどういうことだ説明してください。

1-1)どこに突っ込めばいいのかわからないだが。


 扉を開けるとそこでは親友(男)がスカートを履いていました。




 有名な一説を酷いパロディに使ってしまったことは置いといて、思わず扉を閉めたのは仕方ないことだと思う。咄嗟に逃げたと言われたら否定も出来ないが。しかし無情にも扉は親友(男)の手で再度開かれ、慌て宥められながら親友がいた準備室に連れ込まれ、なんだかんだと親友の主張を聞いて――ようやく息をついたところで、親友・日比野ひびのが微苦笑と共に首を傾げる。


「落ち着いた?」


 混乱の原因の質問に対しては落ち着いたもなにも、と言いたいところだが、とりあえず頷く。最初の混乱はひとまず解決した。問題はむしろ浮上しているあたりがややこしいんだが。


「着替えている最中だったからかな。つきくんには僕がわかるんだよねぇ」

「いや普通に考えて結果だけでもわかるだろ。というか本気なのか」

「本気も本気。じゃないと僕がスカートを履く意味が無いじゃないか」


 なぜか胸を張って日比野が答える。こめかみが痛む心地で押さえると、皺戻らなくなるよ、などといつものお気楽な声がかけられた。だから原因はお前だ、という意味で睨むと、日比野が眉を下げて笑う。


「ごめんって。これ着ていると、一応僕ってわからないんだよ。もう喋っちゃったから適用されないってのもあるかもだけど――見たときには気づけない。、ってやつ」


 再び聞かされる頭が痛い単語に、どう答えればいいかわからず口角を引き結ぶ。

 もしやセクシャリティの問題か、趣味だとしても非常に繊細な部分だろうに自分の反応は勝手だったのではないか、いやでもカミングアウトを望む人間もいれば望まない人間もいる中見なかったふりをすれば日比野に選択肢を委ねられるのではとか結構真剣に考えていた部分は一切関係なく、偶然とはいえ暴いてしまったことの罪悪感は無くなった。それは幸いだと思う、友人を傷つけたくない。

 どんなセクシャリティでも積み重ねた時間は変わらないし、もし望むなら友人が心を苦しめない形を選びたい、なんて思うのは素直な気持ちだ。だからそれは本当によかった。


 けれどもこの新たな課題をどうすべきか。どこからどう見てもスカートを履いただけの日比野が目の前にいる。その事実は変わらない。変わらないからこそ頭が痛い。


「趣味は自由だと思う、が、それ本気だとさすがに病院を勧めたくなるぞ」


 繊細な問題だ、と思いつつ、あくまで普段通りなのでおそるおそる指摘する。

 魔法少女。日比野が魔法少女モノを好んでいるは今更のことだ。一回映画に誘われて一緒に行ったのでなんとなくどういうモノを言うのかもわかる。映画の後大本のアニメのDVDも借りたし、一作品だけとは言え一応知らない訳じゃない。


 けれどもそれは、あくまで作り物の世界の話だ。


「言ったじゃん。僕も最初は信じてなかったけど、実際そうなんだよ。月くんも最近聞いたでしょ。『放課後、普段見かけないショートカット女子が歩いている』話」

「……どこから現れているかわからない不思議な女子の話か」


 確かに聞いたことはある。本当つい最近、ここ数日で湧き出た噂だ。お化けなのかなんなのかみたいな雑談に逸れていったのも聞いている。なのでそれだけしか知らないとも言うべきか。


「それ僕」

「無茶だろ」

「無茶じゃないから僕も信じるしかないんだってぇ」


 椅子に座ったまま足と手を伸ばして日比野が言う。そう言われても、目の前の日比野は日比野だ。

 身長はさほど大きくないものの平均的、体格も同じく平均的。着ている服は女子の制服、ということだけで、伸びる手足は男のものだ。一応すね毛は剃っているっぽいし見目で言うなら柔らかい顔立ちだとは思うけれど、女性的かと言ったら申し訳ないがノーとなる。


「ここでぐだぐだしても仕方ないか。よし、とりあえず行こう」

「行くって、どこへ」


 いつもと変わらない所作で立ち上がった日比野を見上げる。腰に手を当て笑う顔は、相変わらずいつもと同じだ。

 確かにほとんど顔変わってないだろみたいな変身でも魔法少女はバレないのが基本的なお約束らしいが、いやだって女子の制服着ただけだぞ、と言いたい。いやもうさっき言ったけど。


「魔法少女は意味もなく変身しないのさ。放課後の冒険に出かけよう」


 からり、と笑う日比野は、魔法少女というよりもどちらかというと王子様だとかそういうヒーローに見えてしまう。本人がそちらを好んでいると知っているからという欲目ではなく、日比野はそういう奴だ。けれどもそんなこと言ったらそれもそれで調子に乗るから面倒である。こめかみを押さえて従うしかないのが現状と言え、出来ることと言ったら当てつけのようにため息を吐くだけなのだ。


 いや本当どうなってるんだよ、コレ。


 * * *


「でも、丁度よかった」

「なにがだ?」


 歩きながら笑う日比野を見下ろし尋ねる。堂々と歩く日比野は他人に見られることを憂慮する様子をいっさい見せず、こちらを見上げると俺の腕を軽く叩いた。


「実は魔法少女の仕事、初チャレンジってやつなんだよね。この格好でうろうろ歩いてはいたんだけどさ、ちゃんと目的があるのはなんと本日初仕事。そしてその内容は人探しならぬ栞探し、本好きの月くんが協力してくれるなら頼もしいことこの上ないから、良い偶然だったのかもしれないね」

「栞」


 うん、と日比野が頷く。本ならまだしも栞となると難易度が高すぎないだろうか。いや、だからこそ日比野が頼まれた、って感じなのか? 未だなんとも消化しきれないが日比野の主張を信じるとすれば、まあ、理解はできる、と言えなくもない。多分。


「……手伝うのは別にいいけど、魔法少女なら魔法でパッとなんとかなるんじゃないのか」

「やだなァ、魔法でなんでもかんでも解決してたらドラマは生まれないよ。アークキャッツだってそうだったでしょ」


 からからと笑って日比野が俺の背中を叩く。わかったという意味で腕を叩き返して、納得とはまた別の息を吐いた。


 確かに日比野に薦められた作品のヒロインたちは、変身して特別な力を得ても、その特別はあくまで戦う為だった。日常の生活には関係ない、非日常の力。いわゆる魔法使いの話とも違うのだろう。

 魔法使いも魔法少女も馴染みが無く、読んだ中から似たようなものを探すとしたらかろうじて出てくるのがクローゼットの中に入ったら雪の王国でした、みたいな話になってしまうから予想しかできないけれど。

 しかしなにか化け物と戦うわけでもなんでもないだろうに魔法少女と言われてもどうなんだ一体。これは更にいくらか作品に触れて、日比野の現状を把握する努力をするべき何だろうか。少し頭がくらくらしてくる。


「とりあえず図書室で捜し物さ。っと」


 ふと声を落として日比野が唇の前で指を立てた。浅く頷いたのを見て首を傾げる。

 ぱち、と瞬いた日比野の視線に従い顔を動かせば、クラスメイトの火野ひのがいたので合点がいった。合点がいった、が、同時に少し狼狽える。これこのままでいいのか。思わず少し日比野を隠すように動くが、日比野は黙るだけで特に気にした様子を見せなかった。

 本気でバレないと思っているのだろう。いやでもこれバレバレなんだが。さすがに傷つくような言葉は使わないと思うけれど、とぐるぐるしている間に、火野が手を挙げてこちらに近づく。


「珍しいな月山つきやま。部活、今日じゃないだろ」

「……火野も違うだろ」

「俺はちょいちょい残ってることあるから。でも月山と会うことなかったし――と、ああ」


 ふと、火野が日比野を見てからにやりと笑った。つい身構える俺の肩に無理矢理腕を回すようにして、ぐいと引いてくる。火野の方が俺より背が低いので自然膝を曲げて日比野から少し離れる形になり、数歩そのまま歩くのに従って更に少し離れた。なんだろうか。不思議に思い火野を見ると、にやにやと笑う少し意地の悪い顔とかち合う。

 いや、笑っている顔に意地が悪いと言うのも勝手な認識だ。さすがに失礼になるな、と内心で一人反省する。しかしやけににやけているようにも見えて、理由がわからず結局首を傾げる動きだけはそのままにした。


「ほんと珍しいじゃんか、デート?」

「は?」


 は? なんだそれ。実際音になったのは一音だけだが、それだけでもだいぶなに言ってるんだお前という色は出ていたと思う。けれども火野は気にした様子を見せなかった。


「どうせ日比野は知ってんだろ。彼女出来ても言いふらさないのは月山らしいけどさ」


 それどころかふんふんと納得したような調子で勝手に火野が言葉を並べる。でーと。ひびのはしってんだろ。並んだ言葉を頭の中で復唱して、こめかみの痛みがぎりぎりと増した気がした。なに言ってるんだお前、という内心をさらに強めて睨むように火野を見てしまうが、火野はあくまで当たり前の顔で頷いている。


「……いや、そういうんじゃ、ない」

「ちげーの? お前女子とあんま話さないじゃんか」

「部活ではそれなりに話す機会だってある。部とは関係ないけど、本関係だ」


 図書室の方を見やって言えば、そっか、とあっさり火野は肩から腕を外した。勝手に早合点するところはあるものの、訂正が入れば素直に聞くのは火野の美点だ。

 ……美点だけれどさ。


「にしても後輩? 先輩? 同じ学年じゃないよな」

「どうだっていいだろ。用事があるからそっちを優先していいか?」

「ああうん、そりゃそーだな。いってら」


 ひらひらと手を振られるので軽く手を挙げて返し日比野の隣に戻る。日比野は小さく頭を下げるにとどめて歩き出した。


 なんだこれ。いやほんと、なんだこれ。


「ね、言ったでしょ」


 やや進んだところで立ち止まり、小さい声で日比野が言う。今の俺の顔はきっと変な形をしているだろう。眉をしかめたまま口角を下げ、なんとも言い難く頷けもしない。


「どう見えてるのかわかんないんだけど、女子扱いなんだよねェ」

「日比野と似ているとか兄妹なのかって発言もなかったな」

「魔法少女のお約束、としては王道なんだけどね」


 あからさまに髪色が変わっただけ、どころか、髪色すら変わらず服が変わっただけだろうみたいなものでも正体がバレないというのはよくある話らしい、と俺も考えたけれど、なんとも言えない気持ちになってしまう。

 いや、そういうお約束は物語の中では不思議じゃないし、その世界での当たり前なら確かにそれでいいだろうとその部分についてだけは俺もお話としては納得するけど。


 しかし、だがしかし、だ。火野と日比野で俺をハメようとしているのでは? という不信感が湧くくらい現状をおかしいと思うのは変わりようがない。だってどっからどうみても日比野だろ。

 日比野のさらりとした髪色は太陽の下で見ると甘やかなブラウンに変わる焦げ茶よりの髪。右耳に流し掛けた髪と反対に流れる前髪は眉にかかるギリギリのラインで、女子でもこういう髪型がいるけれどもまあだいたい男子で見る確率が高いものだ。というか、女子はベリーショートでも女子なことに変わりないし、どこからどうみてもやっぱり日比野である。何度も同じことを繰り返し考えてしまうくらいに日比野だ。

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