第十六話

 不愉快な声で鳴くわらう


「オ、お前何者だ。ただの人間ではないらしい。」


こいつ人語操ってやがる。


「マァ、お前がだれかなんてェ、どおおおおおでもいいよねぇええ!! 楽しいナラ!!! それでいいぃ。あっはははははははは!!」


 狂ってやがる。いや、これで狂っていなかったら俺の方が狂ってんのか。

ふとルーシャを見ると顔がこわばっている。こんなルーシャは久しぶりだ。


「ルーシャ、あいつ……」


「……うん」


「お前、武器────」

 

「わかってる。そこにあるでしょ、よく見なさい。」


 ふと脇を見ると武器の入った鞄。さすが長年の相棒。こういう時は信頼できる。


「あいつには、どんな武器が効くかもわからない。俺はあいつに突っ込んで弱点を探る、俺はそれがわかったら欲しい武器を叫ぶからそれをお前はn……」


「投げてくれ。」と言いかけたその時だった。ソレは俺の首に擦り傷をつけて横手の土を抉った。

 ……羽だ。あいつ羽を飛ばしてきやがった。

冷や汗をかく。見えてる景色から色が消えていく。


「ななし!!」


ルーシャの声でふと我に返る。


「あんたの欲しがってる物渡せばいいんでしょ? わかった!」


 心強いことこの上なかった。

この顔に何度励まされたことか────

眼前の敵を見る。

風を操ってる。

その風で羽を飛ばしてきたって訳か。

なるほど、こいつはスタンダードスキル、疾風ウィンドの使い手か。


「サァ、殺しアオウ。ウァ、フゥ。あっはははははははは!!」


 風が奴の身体から次々羽を抜いていく。やがてその羽の先端が俺の方を向くのに時間はかからなかった。数にして200枚あまり。

あいつはあれを俺に飛ばしてくる。隣にはルーシャがいる。このままではルーシャが危ない。

 俺は鞄の中から邪魔にならない程度の予備のナイフを左手へ装備した。

まずは左へ移動し、岩に隠れる。

岩まで100メートル前後。

到達に要する時間は恐らく十秒程。

覚悟なら出来てる。


────息を整える。


 ザッ────


 走り出した。直後、あのやいばが一斉に掃射される。

掃射が出遅れた。

いける。

一秒後はまだアレはまだ俺には追いつかない。

後ろで最悪の悪雨あめが降る。

走れ、走れ、走れ。

脚が震える。俺はまだ死にたくないらしい。当然だ。こんな奴の、くだらない人殺しおあそびに付き合っていられるか。

徐々にソレは追いついてくる。

2、3、4 ────

まずい。

追いつかれる。八つ裂きにされる。

まずい。まずい。どうする。

あと60メートル程。

 ────いや、逃げてしまおうとするからいけないのだ。岩に隠れるという目標は変わらない。

唯、追いつかれても────躱すのみ!!

5秒、ソレは俺に降り注ぐ。躱せるか?

身を大きく前へ。頭を地へ。前転の構えは出来た。大きく前転する。手に力を入れて起き上がる前に手で地球を押し返す────

俺は激しく空へ躍り出る。横、下から上へ目まぐるしく移動する。悪雨あめは追いつけない。いける。あと20メートル。

小鳥が空を舞う。蜥蜴が地を這う。


 ────岩が俺を守った。

 岩が羽によって削られていく。コレは最早羽ではない。

これでは切れ味が良いナイフじゃないか。

岩が削られるのを唯見ているだけだった。

こいつ、俺ばかり狙ってきやがる。ルーシャには手を出さない。興味ないんだ。ありがたい。

────掃射が停止する。

今だ!!

岩から姿を現す。前方に敵。

待ってろ。

今行く。

走り出した。唯目の前の敵を見ながら────



「ななし! 危ない────」


 ……え?

不覚だった。こいつはまだこの数のやいばを持っていたのか。

周りを見ていなかった。

まだ数十のやいばが俺を刺そうと待ち構えている。




「ヌゥ、アアアアアアアア!! オ前の負けだ。」


 勢いよく飛んでくる大群。

これ、死んだなぁ。思えば短い旅路だった。

さようなら、ルーs……


「躱しなさい!!!!!」


 ────────ふっ、簡単に言う。


「了解!!!!」


 視線を地面から前へ。

飛んでくる。読め。読め。読め。

生きろ。何がなんでも。

右、左、上、右、左右同時────

弾く。躱す。小鳥のように翻せ。

しかし数は多かった。

避けても避けても襲ってくるそれは無尽蔵か?

いや、もうすぐだ。耐えろ。

────くっ! ぐぁ!!

右足大腿部と左脇腹を負傷。

構わず避ける。

掃射が終わった。

「今だ」

頭でそう思っても、身体は動かない。

疲労と、それから痛み。特に今ので負った右足大腿部の損傷は激しかった。裂けているのか? 刺さったやいばを抜く。血が溢れて止まらない。

クソ。

 ────やいばが飛んでくる。

こいつからではない。

横からだ。

風を操って、こいつは今までのやいばをまた────

受け身なんて関係ない。

唯地へ這いつくばるのみ。

頭の上をソレは行く。

容赦ってもんを知らんのかこいつは。

斜め後ろからくる。

右へ避ける。

埒が開かん。

……一か八か────


「ルーシャ!!! 小銃!!!」


「はい!!」


 小銃とそれからやいばが俺に向かって飛んでくる。

俺は立ち上がる。痛みが増す。痛い。構わずそのまま立ち上がる。

ルーシャは分かっている。立ち上がれば取れる位置に小銃を投げてくれた。

だが、このままではやいばに貫かれて終わりだ。

恐らく、完全に立ち上がって胸のあたりに刺さるようにソレは飛んでくる。

右側、正面から見ておよそ45度の方向。

ということは────

立ち上がる。

と同時に体を右へ回転させ、左腕を後ろへ。右手を天に伸ばす。躱し、掴んだ。

────喰らえ。

引き金を引く。額へ命中するはずだ。

────キンッ!!


「ザ、残念だったナ」


 あいつは、あいつの目の前でやいばを出して銃弾を防いだ。

馬鹿、それは本命じゃねえ。

羽であいつの顔は見えない。

ということはこちらもあちらからは見えていないということだ。

────左手のナイフを即座に右手に持ち替え、少し屈んでそれを投擲する。

右肩に当たった。


「あ、ああああ!」


 刺さっている。

あいつの右肩に。

やいばの飛ばしすぎで無防備だったのが徒になったな。

痛みを初めて知ったかの様な叫びを上げている。もう十分痛い思いはしているだろうに。

なんだ。

身体は鋼鉄で出来ていたりはしないのか。


────ぶった斬ってやる。


「ルーシャ、大剣頼めるか?」


「ええ」


「今取りに行く」


 アレが飛んでこない今がチャンスだった。

ルーシャの下へ行き、損傷が激しい右の大腿部には包帯の代わりに皮製のナイフの鞘を巻きつける。

大剣を手に。構える。


あいつは右肩に刺さっているナイフを引き抜いた。

……笑っている。


「いた、い。ああ痛い。痛いイタイ痛い!!! ああああっははははははははは!! 気持ちイイ!!! ああ……楽しい、タノシイねぇ、殺し合うってのは……楽しい!!! ヌゥアアアアアアアア!!」


 風が、地に落ちた全ての羽を拾い上げあいつの目の前で塊になっていく。

なんだアレは。

そう思うと今度はクチバシで自分の腹を刺す。大量に血が出ている。その血でさえも風に乗せてその塊の糧にしている。

そうして作り上げたものは大剣だった。

大剣に鎌鼬ディスメンバメントウィンドを纏っている。

俺のを見て真似ているのか?

あのやいば一枚一枚を束ね、血液を固まらせて接着剤がわりにしてやがる。

狂ってる割には頭いいじゃねえか。


「行くゾ」


ああ。来い────!!!


"────再開restart────"


二つの影。

走り合う。

剣が交差する。機動力は流石に敵いはしないか。

鎌鼬ディスメンバメントウィンドで刃が削れる。

このまま鍔迫り合いしていては後に響く。

俺は左脚を前に出し、こいつの鳩尾を渾身の力で蹴った。

痛がっている様だ。あいつは大きく後退する。

取った────

このまま踏み込み、ぶった斬る。

算段はついた。一瞬の瞬きと同時に呼吸を整える。

────決める。

そう思った時だった。

 ……いない。目の前にあの醜悪な容姿のあいつが。

一瞬の瞬きの間でそんなことが。

まさか────

そう思った時には遅かった。

奴は俺の背後にいた。

いつの間に取られた。

なぜ気が付かない。

お返しだと言わんばかりに俺の背中を蹴飛ばした。

空中で俺は体勢の崩れたまま腰を捻り、あいつを斬ろうとする。

だがその哀れな一閃は唯空を斬ったのみ。

また姿を消されてしまったのだ。

そのままの体勢で俺は仰向けのままで地へ身体を落とした。

次はどう出る────

応えはすぐに出された。

空から無数のやいばが降る。

地をグルグルと回って、避ける。

立ち上がる。またいない。

クソ。どこだ。どこに、どこにいやがる。

……いるとするならば────


「ここだよ、マヌケ」


 冷淡にあいつの声が囁いた。

分かっている。マヌケはお前だ。

背中に大剣を当てがう。大剣が地を刺した。

────っ!!

あいつの背後からの蹴りは大剣により防がれた。

悔しいか?そりゃあそうだろうさ。俺もだよ。化物マヌケ

呆気に取られたそいつはルーシャより滑稽だ。

だがそんなものを楽しんでいる暇はない。

背後にある大剣に正面を合わせ、地から剣を引き抜く。

ここだ、決める。

いいか。

この一閃に全てを賭ける。

もう空を斬ったりはしない。

また、背後を取られたりもしない。

瞬きもせず、唯名もない男は剣を天を穿つ如く、振り上げる。

そして眼前のモノへと振り下ろすだけ────!!!


強化アップ最大フル使用可能限界領域到達バースト!!!!」


 咄嗟にそいつは俺の間合いから離脱しようとする。

そうはさせねえ。

力を両手に集中させ、振り下ろす速度を上げる。


「はあああああああ────!!!」


 ────超えた。

血が吹き出す。

肉を断つ感触が剣を超えて伝わってくる。

そいつの右脇腹から左肩。

肉が切れている。

切り傷とかいう生易しいものじゃない。

どうして繋がっているのかすらも分からなくなる程度の損傷を負っていた。

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