第十七話
奴は斬られた箇所から溢れ出る血を指で取って舐める。
うまそうに舐める。とても美味そうに。
「ガァアア!! ウ、うまい。美味いものだ。はっ、ハハハハハっ!!」
見たくねえよこんな気持ちの悪いもの。
独り言の様に美味い美味いと喋った後、あいつは此方を覗いた。
「アア……負けた。負けちまった。初めてだ。人間よ。お前は強い。だけどなぁ、俺が負けちまったってことはお前が勝ったってことだ。それは俺が勝ったってことじゃないよなぁ人間。それは俺の勝ちにならないんだよぉ。俺が勝たなきゃ意味ないんだよ。わかるか? 負けた? 負けちまった負け負け負け負け!!!! 負けぇええ!! ヒィヒァアアハハハハハ!!!!」
無茶苦茶で何を言っているかわからない。
しかし、とても悔しそう、楽しそうだということだけは判別できる。そいつは続ける。
「まぁ、なぁ。負けちまった原因もわかる。人間よ。お前は利口だ。瞬時に状況を把握して、行動に移す。学ぼう。学ぼう学ぼう。それを、模倣する。この意味不明な言語の様に」
そう言うと損傷部分の
血が止まる。
何事もなかったかの様に腕を動かし、嗤っている。そして言う。
「では、またな。人間。また相見えること楽しみにしていよう」
逃げるつもりか? させねえ。
「待て! 何言ってやがるこのクソ野郎。テメェはここで死ぬんだよ」
満身創痍ながらも俺はそう吐き捨てた。
────ふと、ルーシャの声が遠く後ろから聞こえる。ルーシャは不安そうにこちらを見ている。無理はない。
「あの女。お前のか? 人間」
そいつは俺がルーシャを見ているのを見て言う。
「あの女精霊よな? 見たところ良い魔力を持っているらしい。……そうだなぁ。良いこと教えてやろう。俺はなぁ、その女喰っちまえば、すぐ元通りなんだぜ? こんな傷なんて無かったことになるのさ」
────こいつ、まさか。
ルーシャが何故あんなにこわばった表情を見せているのか今やっと理解した。
こいつ、悪魔だ────
「お前、悪魔の類か!!」
「失礼なぁ、俺もきっちりした精霊だよ。まぁ唯、悪魔って認識されてんならそれ覚えてもらってもかまわねぇよ? でもしっかりしたこと言えば俺は精霊の類だ」
精霊……
いや、俺は誰がなんと言おうと認めたくなかった。
「しっかり名もあるぞ? 俺はアーリン=アンドラス=ドゥ。以後お見知りおきを」
名前なんて聞いてねぇ。お前が悪魔だってわかったなら、なすべき事をするだけだ。
「なんでも良い!! お前が悪魔ってんなら、仕事上俺はお前を狩らなきゃならねぇ。覚悟しな!」
その言葉を聞くとそいつは薄気味悪く嗤い、続ける。
「俺は負けた。お前に負けた。だが俺は負けず嫌い。勝ち負けを有耶無耶にして、此処を立ち去る」
そう言ってアーリンとか言う野郎は両手を
大きく広げる。
なにする気だ。
なんでも良い。
喰らい付いてやる────
だが、その決心はすぐに泡に消えた。
「ななし!!! そこから今すぐ離れなさい!!! じゃないと死ぬわよ────!!!」
ルーシャが血相変えて俺に言う。なんだ、なにが起こってる。これからこいつは何を始めるんだ────
「我が崩壊の導に従え。狂った歯車は動き始める。鼓動は静まり。血は止まり。天秤は崩壊の二文字へと傾き始める。其処には秩序は無く。守護は失く。存在の二文字は消え失せる。此方を彼方へ。彼方を此方へ招き入れよう。星が望むように私もそれを望み歓迎しよう。止まる事を知らず。歩む事も忘れてしまえ。
此岸この現のその幻が如き空間を、有を。
彼岸その虚無へ。無へ還元しよう。
────
────そいつがそう口にすると地には魔法陣。100%ヤバイ状況だろこれ。
避難しろ。
考えないでも、身体がそう勧告していた。
咄嗟に後ろへ振り返る。
魔法陣は俺のいるずっと先まで広がっている。
逃げ切れねぇ────
うるさい。
今は走れ。
脚が痛む。もう限界を迎えていた。動け。動け。動け。動け。
応えろ。じゃなきゃ────
脚を引きずり進み始める。
だが現実は残酷だ。
アーリンは指を鳴らす。
その途端、空間は轟音と共に崩壊を始める。
巻き込まれる────!!!
逃げろ。走れ。
ふと振り返る。あの野郎もう逃げやがった。
歪んでる。世界が。空間が。
そこだけはっきりと────
速く進めない。クソ。進むんだ。無理でも。無理でも速く進め。
崩壊はジリジリと俺を呑み込もうとこちらに向かって来る。
死んでたまるか。
絶対に。
死んで、たまるか────
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