第十二話

 外に出ると、陽は既に高く昇っていて、日光の明るさに俺は目を薄めた。周りを見ると、村長の他にも村人たちが心配そうにこちらを見つめていた。


「ななしさん……あの……彼女は……?」


 村長は俺が家から出て来るとすぐにこちらにやって来てそう言った。俺はしばらく黙ってから、口を開いた。


「もう……既に……」


「そ、そんな……!」


 村人たちはこの会話を聞いた途端に、ザワザワと騒ぎだした。無理もない、訳も分からない病でこの村に住む人間が2人も亡くなったのだ、恐怖を感じないわけが無い。


「私が……彼女を中に放ったらかしにしたせいで……! あぁ、私はなんてことを!」


 村長の精神も既に危険な域に達しかけていた。このままではこの村が危ない。なんとかしなければ、そう思った時だった、村長が胸を押さえて苦しみだしたのだ。


「うッ……! うぅぅ……」


「村長! どうしたんですか?!」


「し、心臓が痛い……苦しい……!」


 村長はそう言うと、そのままその場に倒れてしまった。倒れた後も村長は苦しみ続けている。「村長!」と、俺は叫ぼうとした。だが、その時、俺の目にはある物が映った。


「これは……!」


 村長の腕には、いつの間にか黒い文字が現れていた。ついさっきまではこんなのは存在しなかったはずなのに、だ。一体何が起こったんだ?やはり何かの能力なのか?だとしたら、一体どんな能力なんだ?

 しかし、こうやって可能性を考えている間にも、黒い文字は村長の全身へと広がっていく。村長の顔はどんどんと苦悶の表情へと変わっていき、ついに限界を迎えた。村長は完全に気を失ってしまったのだ。俺はすぐに、村長の脈と呼吸を確認した。脈は非常に弱く、呼吸は虫の息当然だったが、辛うじてまだ生きている。予断を許さない状況だったが、俺は少し安堵した。

 しかし、周りで見ていた村人たちはパニック状態だった。悲鳴を上げ、泣く人。恐怖に戦き、震える人。訳も分からない病で村のリーダーが倒れたのだ、完全に収拾がつかなくなっている。


「そ、村長が……死んだぞ!」


 村人の1人がそう言った。そう聞いた途端に村人たちはより取り乱し始めた。しかし、村長にはまだ脈はあるし、何より気を失っただけだ。


「皆さん、落ち着いてください! 村長はまだ亡くなってなんかいません!」


 だが、パニックに陥った民衆にそんなことを言っても無駄だった。全く耳に入っていないらしい、様子は全く変わらなかった。

 もし、あの黒い文字が何かの能力なのだとして、そして、ルーシャの言っていた通り発動条件が人々の精神状態なのだとしたら、この場を早く収めなければここに居る村人全員が死んでしまうかもしれない。それだけは、何がなんでも避けなければならない。


「……このままじゃ……」


 ルーシャが心配そうにこちらを見て、そう言った。ああ、このままじゃ洒落にならない。

 そうしていると、村人の1人が苦しみ出して、倒れた。危惧していた事態が、起こり始めたのだ。俺はその人に駆け寄ろうとした。だが、その時気付いた。2人、3人、と村人たちが次々に倒れていく。もちろんのこと、彼らの身体には黒い文字が現れていた。


「ななし……!」


「そんな……」


 しばらくすると、この場に居た人々のほぼ全員が黒い文字に侵されていた。中には既に身体が灰になって消えかかっている人も居る。


 そこに広がる光景は、もう既に地獄と化していた。




 たった半日だけが経過して、ここの村人の人数は3分の1にまで減っていた。辛うじて生きている人々を宿に運んで安静にさせたものの、そのほとんどが様子を見るために部屋に再び訪れた時には灰になっていた。

 その中で村長はまだなんとか、耐えていた。しかし、目は虚ろで窪んでおり、喋るのもやっとの状態だ。それに、既に左腕と右手の五指は灰となって喪われている。恐らく、この人も持って後1日と言ったところだろう。 

 そんな状態の村長が、俺を見て嗄れた声で言った。


「ななしさん……一つ……私には気に掛かっていることがあるのです……」


「それは……なんですか?」


「私は……死後どこに行くのでしょうか……?神の下でしょうか……?それとも……」


 俺はその発言に、何も言うことが出来なかった。それは、少なくとも俺には神が居ないからだ。きっとルーシャの影響なのだろうけれど、俺は神と言うものを信じていない。


「……いえ、忘れてください……村長がこんなでは、ここに住まう彼らに顔向け出来ない…」


 村長はそう言うと、無くなってしまった左腕を、指のない右手で少し触ってから続けた。


「頼み事をしても、宜しいですか?」


 俺はそう言われて、少し間を置いてから答えた。


「はい」


 村長は俺の返答を聴くと少し微笑んで、言った。


「恐らく私がこのまま死んだら、彼らはきっと、ここと敵対している村を攻撃しようとするでしょう。なぜなら、この様な状況になってしまった原因が、あの村にあると考えるからです。実際、私も灰になった大工を見て、そのような考えが頭を過ったのです。でもきっとあの村に非は無いでしょう。このままでは彼らはただの八つ当たりで一つの村を蹂躙することになってしまいます」


 ここまで聴いて、俺は村長が頼もうとしていることを悟った。同時に、村長の脚が少しずつ灰になっていることに気付いた。そのスピードは速いとも遅いとも言えない程度だが、完全に村長の命を奪うまで一時間とかからないだろう。


「だから、ななしさん。私が死んだら、彼らが暴走してしまわない様に抑えてやってください。貴方にはその力があると見込んでお願いさせていただきます」


 俺は村長の眼を見て、深く頷いた。村長は微笑んで眠る様に息を引き取った。



 村長が亡くなって、俺は村人たちに村長の言葉を伝えた。中には村長の遺言を無視して向かおうとする者も居たが、なんとか説得することには成功した。だが、説得の条件として、俺が敵対する村に向かうことが決まり、もしその村がこの状況を生み出したのだとしたら、その場で村を殲滅することが約束させられた。


「ななし……本当に行くの……?」


 ルーシャは心配そうにこちらを見つめている。俺はルーシャの頭を撫でて答えた。


「俺が行かなきゃ、ここの人達が大罪を犯してしまうんだ。そうするしかない。後危ねぇからお前はここで待機しててくれ」


 ルーシャはそう聞くと頬を膨らませて、俺の胸の辺りを軽く殴って言った。


「何1人で行こうとしてんのよ。アタシが居なきゃ能力発動すら出来ないくせに…ななしのクセに調子乗らないでよ」

 

 ルーシャの眼は少し潤んでいた。ああ、しまったな。大切なパートナーを泣かせてしまった。


「すまん、ルーシャ。わかった……1人でなんか行かねぇよ、お前も連れて行くから安心しろ」


 そう聞くとルーシャは、幽体化して消えてしまった。喜んでいるところを見られたくないのだろうか?





 次の日、俺たちは新しい目的地へと向かうため、この村を立ち去った。

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