第十一話
家の中はとても暗かった。眼に視えるものだけでなく、雰囲気までもが酷く淀み、とても暗かった。足を踏み入れて瞬時に理解した。これはどう考えても普通じゃない。引き返すべきか? いや、そう言う訳にはいかない。村長からの頼みなのだ、必ずこの中に居る女性を助ける。
俺の横を歩くルーシャはとても警戒しているようだった。神経を研ぎ澄まして、ほんの僅かな違和感すらも逃さずに捉えようとしている。
家に入ってすぐに目的に至る為の階段を見つけた。村長のお陰だ。どこをどう通れば良いのかが分かりやすくまとめられている。
「この上だよな?」
「そうみたいね……」
俺はルーシャに確認をして、階段を昇り始めた。
段を1つ登る度に空気は重く沈み、淀んでいく。ルーシャの表情はどんどんと曇っていくが、それを気に掛けている余裕は俺にはなかった。と言うのも、階段を半分程昇りきった頃には、俺にもルーシャの言っていた深い闇の様な空気を感じられるようになっていたのだ。まさか、ルーシャはこれよりも不快な感覚を、ここに入ってからずっと感じているのか?そう思うと、俺は早く目的を済ませてしまわなければならないと言う使命感を感じた。
2階は1階に比べ、更に重い空気が漂っていた。異常なんて言葉じゃ片付けられないレベルだ。普通の民家に流れていて良い空気じゃない。もしかすると、ここに取り残された彼女は既に……いや、きっと大丈夫だろう。今の俺にはそう祈ることしか出来ないのだから。
しかし、俺の祈りは現実によって捻り潰された。目的地に向かう途中の廊下でのことだった。ふとルーシャが、何かに気付いたのだ。
「……ななし、これって……」
ルーシャはそう言うと、俺に下を見させた。そこにあったのは……
「黒い、灰……」
大量の黒い灰。それは人型に広がっていた。この光景は一瞬で俺たちに最悪の可能性を示唆するに充分に値した。
既に亡くなっているとされる夫は、部屋に居るはずである。 しかし、ここは廊下なのだ。これでは村長の証言とズレが生じる。それが発生しないような状況は、一つしかない。
「この灰は、妻のものなのか……?」
俺がそう言っても、ルーシャは無言だった。そして、ただ首を縦に振って、俺に確認をする為に部屋に向かうよう促した。
俺たちは無言で目的地に向かった。さっきよりも空気が重く感じられたが、きっとそれは俺たちのせいだろう。
到着した時、部屋の扉は、開いていた。中を確認したが、丁度人一人分の体積くらいの黒い灰があるだけだった。
「決定……だな」
俺とルーシャは黙祷をしてから、この家を後にした。気付くと、ルーシャは俺の手を強く握っていた。俺はその手を強く握り返した。ルーシャの表情は髪に隠れてこちらからはあまり見えず、また、ルーシャからも俺の表情はあまり見えず、ただ無力感を2人で共有するだけの時間が続く。そうしていると、助けられなかったのだと言う現実の痛みが、少し、和らいだ気がしたからだ。
「ここを出たら、一旦中央に戻ろう。先に陰陽師と魔導師たちには報告しておく。アイツらなら何か分かるかも知れない」
「分かった……」
会話を終えて、俺たちは外に出た。
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