第二話

 結論から言うと、森には魔獣どころかネズミ1匹もいなかった。魔獣だけが居ないならまだしも、これはどう言うことだ?


「ルーシャ、こりゃどうなってんだ。小動物の1匹だって居やしねぇぞ」


「アタシに聞かれたって知らないわよ」


この態度はホントにどうなんだろう。


「でも……そうね。より強力なバケモノが現れてここら辺の生物を食い散らかして行ったか、もっと特殊な何かを恐れて逃げてしまったかってとこかもね」


 前者なら報酬が増えるのでむしろ大歓迎なのだが、後者だとちょっとめんどくさいな。どうしたものか。


「ま、良いや。考えても仕方ねぇ。ルーシャ、もう少し奥に行くぞ」


「えー」


「文句言うな」


 本来の目的地から更に数km進んだ先には、草原が広がっていた。俺は辺りをグルっと見渡した。


「ここもさっきと同じく、小動物すら居ない…いや、そうでもないな。ありゃ中々デカイ」


 色合いが草原に溶け込み過ぎて最初は気付かなかった。俺の視線の先には、1匹のクリーチャーが佇んでいる。見た目は何とも言えない、気持ちの悪い感じだ。俺たちは背の高い草の陰に隠れて様子を見ることにした。


「……ルーシャ、何アレ」


 相手が何者か分からない時は、やはり精霊に頼るべきだろう。なんと言っても精霊は、俺たち人間がこの世界に接続するためのアダプタの様な存在でもあるのだ。ルーシャはこんなだが腐っても精霊だ。まさか「知らないわよ」なんてことは言わないハズだ。


「知らないわよ。あんな気持ち悪いの」


 本当に言うと思わなかった。もうこれからコイツを精霊とは認めないと決めた瞬間だった。いやしかし、腐っていても精霊であるルーシャが知らないと言う生物なんて、かなり特異なモノじゃないか?どうしたものか。


「なぁ、ホントに知らない?」


「うん。知らない」


 即答だった。せめて考えるフリだけでもして欲しいものだ。


「ななしの強化アップで何とかすれば良いじゃん」


 ルーシャが気だるげな声で言った。いくらなんでも無茶振り過ぎるだろ。俺はルーシャの顔を覗き込んで言った。


「……別にあの能力大して強い訳でもないからな?」


 するとルーシャは、「めんどいな」とも言わんばかりに顔を逸らすと荷物の入った鞄を漁り出した。ガサゴソと小さい手を雑に突っ込んで、手に馴染む武器を探しているのだろうか。


「……うーん………あった!」


どうやら良いものを見つけたらしい。


「良いの見つけたのか?」


「良いの見つけた! はい、ななし」


 そう言うとルーシャは目を爛々と輝かせて、俺にナイフと近接戦闘用の銃を渡してきた。……この2種類の武器は俺の能力、強化アップとかなり相性が良い。なんとなく彼女が俺に言いたいことが分かったのだが、断固拒否したいところである。


「ほら、行ってきなさいよ。必要な武器まで見繕ってあげたんだから感謝しなさい」


「得体の知れないクリーチャーに、近接武器で戦闘して来いと?」


「そうだけど?」


 何か問題ある? とでも言いたげな表情である。このクソガキ…正体の分からない相手に近接戦闘はいくらなんでも危険すぎるだろうが。


「銃もあるんだし、なんとかなるわよ」


「銃って、これは近接戦闘で威嚇するための武器だろが! さすがに死ぬぞ俺!」


「威嚇用でも当たり所が良かったら人も殺せる武器なんだし、問題はないわよ」


 このままでは俺は今日、死ぬかも知れない。あの得体の知れないクリーチャーに恐ろしい攻撃を喰らって死ぬかも知れない。


「なぁ、せめてもっと射程距離の広い武器くれよ」


「銃じゃないのだったらあるけど」


 この際、遠距離から攻撃が出来るならなんでも良い。俺は深く考えずに「じゃあそれくれ」と言った。ルーシャは再び鞄に手を突っ込むと、また武器を探し始めた。


「えーっと、どこにしまったかな~っと………あった!」


 遠距離武器を見つけてくれたらしい。助かる。なんだかんだ俺の言うことは聞いてくれる良い奴だ。


「はい、ななし。ご所望の《フルメタル》所持者が作った大剣」


…………。


「刃渡りが長くなっただけじゃねぇか…これのどこが遠距離戦闘用の武器なんだよ」


「別に誰も遠距離武器なんて言ってないじゃない。じゃあ行ってらっしゃい」


 前言撤回だ。全く良い奴じゃない。むしろ悪い子だろ。殺す気か。……しかし、《フルメタル》の所持者が作った大剣ってまた必要以上の威力を持つ武器を……。

 まだまだルーシャに文句は言いたかったが、ここで様子を見ているだけじゃ何も始まらないことは明白だ。俺は諦めて、仕方なく渡された武器類を装備した。


「大変遺憾ではあるが、仕事してくるわ」


「アタシがここから離れるまで強化アップは発動しないでよ?」俺の能力の特性上、ルーシャの気持ちは大いに分かる。しかし、


「多少は自分の身を削ってでもパートナーの戦闘を見届けようとは思わんのか」


「思わない」


 即答すんなよ。しばらく間が空いたあと、俺は深い溜息をついて「分かったからさっさと離れろよ」と言った。瞬きをするとルーシャは煙のように今居た場所から消えていた。余程俺の能力の巻き添えを喰らいたくないらしい。よっこらせと、俺は立ち上がってクリーチャーの元へと向かった。

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