【衝撃事件の真相】池袋小説サイトオフ会殺人事件 若者たちの孤独、家族との歪んだ関係…(週刊天樹Online)

 東京都豊島区、池袋駅にほど近いカラオケ店が事件の現場である。年の瀬も迫る昨年12月26日、小説投降サイト『ナクヨム』の投稿者同士で催されたオフ会の席上で、激昂した参加者による殺人・傷害事件が発生した。その事件の複雑さから当初の報道は混乱を極めた。ネット上での交流が凄惨な事件へと至った原因は。そして、賑やかなカラオケボックス内で何が起こったのか。関係者への取材で明らかになったのは、ネットによって救われてきた若者たちの孤独と、家族との歪んだ関係だった。加害者・被害者は地域や行政とどのように関わってきたのか。支援のあり方も問われている。


■事件当日の流れ

 当日、現場には四人の人物が同席していた。千葉県市原市在住のA子(25)は専門学校を中退し、アルバイトを転々。直近の職場は秋葉原のガールズバーだった。東京都世田谷区在住のB男(28)は大学中退後、開業医である両親と同居し、ひきこもり状態だった。そしてB美(29)はB男と同居する姉であり、父親の病院の隣にある薬局で勤務する薬剤師。ナクヨムの投稿者ではないがオフ会の参加者とは顔見知りだった。そして、C夫(30)は千葉県流山市在住の会社員で、独身だった。

 当初、室内はA子とB男とC夫の三人で、B美はいなかった。凶行に用いられた切り出し小刀はB男の所持品であり、B男は鞄に隠して持ち込んでいた。

 そもそも、三人が集まったのは、ネット上のトラブルについて話し合うためだった。A子の作品を転載したり、サイト上のレビューを水増しする嫌がらせ行為を行ったとA子とC夫はB男を疑っていた。しかし、B男のしたことではないとわかり、謝罪のために集まったのだという。

 しかし、会話の中でB男は激昂。まず、C夫の腹部を刺した。その後C夫は傷を負いながらも部屋から逃げ、路上で意識を失って倒れたところを偶然通りがかった知人女性に保護され、病院へ搬送された。命に別条はないという。

 次に、C夫と入れ替わるようにB美が入室。B男は残されたA子を刃物で脅した。そして刃物と目の前で傷害事件が起こったことで硬直しているA子を乱暴しようとのしかかった。しかし、A子は激しく抵抗。B男が落とした刃物を拾うと、自分の上に覆いかぶさるB男の脇腹を刺した。

 更に謎めいた凶行は続く。呆然とするA子が落としたナイフを、今度はB美が拾う。そして、A子に刺されて怪我をしていたB男の喉や胸を、A子の目の前で繰り返し刺したのだ。警察関係者の話によると刺し傷は二〇箇所以上に及び、「相当強い憎悪が感じられる」(前述の警察関係者)刺突痕となっていた。

 B男は死亡し、C夫は全治二週間の怪我。A子はショックにより事件後入院していたが、現在は退院している。


■事件直後の報道の混乱

 事件直後、犯人として女性の実名が一部メディアで報道された。現在はすべて削除されているが、これはB男を殺害したB美ではなく、A子の名だった。事件直後、A子は警察に「私が刺しました」と証言しており、このため殺人の容疑者として誤認逮捕されたのである。しかしその後、室内の防犯カメラの映像などからA子の、B男からの乱暴に対する正当防衛や、腹部の傷が致命傷ではないという見解が出揃い、さらにB美の自白があったことでA子への殺人の嫌疑は晴れた。

 事件報道における実名報道の基準はメディアによって異なっており、統一された基準はない。スウェーデンなどでは事件報道は原則匿名で行われているが、我が国においては主に権力監視のため必要であるとして、警察発表があったものに関しては実名報道が一般的である。

 前述の通り、本件はカラオケボックスという密室内で発生しており、経緯も極めて複雑だった。当社における報道にも当初は事実誤認とみられるものが見受けられた。関係者に深くお詫びすると同時に、実名報道の是非について議論する機会となることを期待する。


■不可解な背景……弟を殺害した姉

 さて、この事件において、最も不可解なのはB美の行動だろう。B美はA子を乱暴しようとするB男の行動を制止せず、A子に刺されるまで待った上で、自らB男を殺害している。この謎を紐解く鍵は、B男とB美の家庭環境にあった。

 二人の父親は開業医であり、母親は父親の勤務医時代の同僚の看護師である。地元では多くの患者を抱えており、さながら街の名士である。そんな家の息子が、大学中退後ひきこもりになっている。家族を知る近所の住人は、「小さい頃は将来の病院の後継者だと触れ回っていましたが、最近はめっきり姿を見なくなりました。駅前の書店で一時期アルバイトしていたこともあったのですが」と話す。B男はそのアルバイトを数ヶ月で辞めている。「世間体を気にしていた」(同住人)父親がアルバイトを辞めさせ、大学中退、ひきこもりからの社会復帰の機会が断たれてしまったのである。

 そんなB男にとっての唯一の救いが、姉のB美の存在だった。B美の仕事関係の知人は「弟さんをとても可愛がっていた」と話す。「ひきこもりの弟を恥じる様子もありませんでした。とにかく彼は頑張っている、と褒めることばかりです。同僚の間では少し煙たがれることもありました」(同仕事関係の知人)。

 ひきこもりの弟を溺愛していた姉。しかしB美の学生時代の友人は「疲れ果てているようだった」と話す。「弟のせいで自分の人生が自分のものにならないことに、悩んでいる様子でした。男性関係の話もほとんど聞かなかったですし」(同学生時代の友人)。

 B美の動機には、弟への愛憎が複雑に絡まっているのではないだろうか。


■参加者同士の人間関係……SNSで加速する承認欲求

 そして、B男が最初にC夫を刺していることも注目に値する。取材の結果明らかになったのは、幸せな家庭をSNSで演出するC夫と、彼と小説サイトで繋がった孤独なひきこもりであるB男の激しい妬みだった。

 C夫のツイッターには食事の写真や家庭の何気ない日常がよく掲載されている。警察関係者は話す。「B男はC夫の幸せアピールを妬んでいたようだ。だが小説という趣味で繋がりコミュニティが作られている以上、表立って批判することもできない。普通はこういう妬みは元同級生や職場の繋がりから生じるが、彼らの繋がりは小説だった」さらに同じ警察関係者は、「C夫に見下されていると感じていたようだ」とも明かした。その上、「A子とC夫は恋愛関係にあった。ひきこもりで女性との交際経験もないB男としては、面白くないだろう」(同警察関係者)

 これだけならば、SNSが普及した現代ではありふれた光景が小説サイトを媒介に起こっただけだ。だが、本件の取材を勧めると、更に深い闇が明らかになる。C夫は独身だったのだ。警察関係者は語る。「C夫の幸せアピールはすべて騙りで、独身男の空想だった。それが露見したことから、見下しの構図もA子とC夫の恋愛関係も変化したようだ」

 つまり、直接の犯行動機は、妬みではなく「『ご同類』であるにも関わらず見下し続けたC夫への怒り」(同警察関係者)であると考えられるのだ。そして、「B男はA子に恋愛感情を抱いていた」(同警察関係者)ことが怒りに拍車をかけた。A子に恋愛感情を持っていたB男は、A子がネットで身分を騙るC夫から自分に乗り換えることを期待していたのかもしれない。そして、愛し合えると思って暴行に及び、逆にA子に刺されたという事件の構図が見えてくる。


■きっかけはコンテスト

 そもそも、彼らが最初に接触したのは、ナクヨムで実施される出版社主催コンテストに向けて相互に切磋琢磨する目的だった。上位に入賞すれば書籍化し、ネットから小説家デビューすることになる。近年はネット発からアニメ化・映画化される人気作品も多い。彼らは同じ目標に向け互いに高め合う仲間だったはずなのだ。だが、受賞、あるいはそれに伴う認められる喜びへの執着が、関係を変えてしまった。

 捜査関係者によると、「最も受賞に執着していたのはB男だった」のだという。しかし、ネット小説に詳しい事情通は、「A子が相互クラスタからの評価で上位にランクインしていたことがB男の怒りを買ったのではないか」と分析する。「読者選考を通過するために、参加者同士で評価ポイントを入れ合う互助会のようなものがかねてから問題視されていました。A子はこれを利用し、他より多くの評価を獲得していたのです」(同ネット小説に詳しい事情通)

 別の小説投稿サイトでは、「オフ会で会った他の参加者のアカウントを隙を見てスマホを奪って削除するようなトラブル」(同事情通)もあったのだという。

 ネット心理に詳しい専門家は「認められること、自分の値打ちが証明されることへの喜びは抗し難い」と分析する。「根底にあるのは承認欲求です。小説を書いて読まれる、評価される。実際の自分より優れていたりオシャレだったり、モテたりする自分をネットで演出するのも、承認されたいという気持ちに端を発しています。小説の場合は、SNSよりもそのフィードバックが詳細であるため、欲求を加速させやすい。評価やページビュー、ツイッターでの作品への反応などが、リアルタイムで確認できるからこそ、リアルタイムで確認できないと満足できなくなってしまうのです」(同専門家)

 C夫が既婚者を騙ったのもB男の凶行も、根底には同じ欲求があったのだろうか。


■なぜ凶行に……求められる支援の手

 取材からは、インターネットで加速した承認欲求に狂わされたひきこもり青年というB男の姿が浮かび上がってくる。ひきこもり支援を行うNPO法人『グレイハッカーズ』の代表・馬場えれなさんは、今回の事件の背景にあるものは「関係性を構築できなかった人への差別」と語る。

「ひきこもりの支援は家族だけではなく、社会全体を巻き込んで行うべきものです。家族から孤立した若者がネットにのめり込んだのは、そこでなら新たな人間関係の構築に成功できると思ったからでしょう。関係性を構築できなかった人を落語者扱いするのが現代社会です。家族が失敗したなら地域が、社会が積極的に繋がっていける体制を構築しなければ、人の孤独は決して解消されません。黙っていても誰かが構ってくれる時代はもう終わっているのですから」

 B男については、家族がひきこもりケアを専門とする精神科の受診を勧めていたのだという。姉が弟を殺害するという痛ましい事件を二度と繰り返さないよう、支援の手が求められている。

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