25.七尾ユウ/本当にあったナクヨム怖い話

 5chナクヨムスレの住人たちの興味は、新たな自演アカウントへと移り変わっていた。


『完全に自演』

『ここでやったらモロバレってわかんねえのかな。可哀想に…』

『七尾ユウさん見てるぅ~?』


 スレのスクリーンショットがツイッターの方にも飛び火している。篠塚クラスタのひとりが「5chで見かけたんですけど……」などと言って貼りつけたものが一〇〇以上リツイートされ、熱心なナクヨムコン参加者に知れ渡ってしまっていた。

 5chのスレにおすすめある? と書き込み、直後に別の回線から自分の作品をアンカーして紹介する。たったそれだけの行為だが、透けて見える自演根性が反感を買っていた。

 読まれたい、という気持ちは誰もが持っているはず。特に競争が激しい異世界ファンタジージャンルなら尚のこと。

「横並び! 日本人! クソ!」

 と叫んで壁を殴ったところで何も状況は変わらない。むしろ、作品のPVはよく回るようになっている。だが、話毎PVを見る限り、一話より先に進んでいる読者はほとんどいない。大半が、燃えているアカウントの作品はどんなものかと覗きに来て、ああ、ありふれたチーレム転生ね、となってブラウザバックしているのだ。

 スレの流れは完全に碧月夜空の炎上だった。だが、そちらの方は既に燃えカスになっていて、当の夜空のツイッターを見てみても、仲のいいアカウントに慰められたり励まされている様子しかない。つくづく、交流が上手い。日頃から仲間作りに余念がないから、仮に炎上してもすぐに鎮火できてしまう。もちろん、よく探してみれば粘着して叩き続けているアカウントは見つかる。しかし大勢ではないし、そもそも夜空の周りには防御壁が構築されている。クラスタの中心である篠塚ヨヨも、「私もこういう被害にあったことがあります」などとツイートし、夜空擁護を呼びかけていた。

 返す返すも、『自演乙』とレスしたやつが憎い。その誰かさえいなければ、こんなふうに燃やされずに済んだ。そしてユウには、どうしてかその誰かが、碧月夜空であるような気がしていた。

 自分の炎上を見て、すかさず他のもっと面白い誰かを燃やす。そして自分は難を逃れて相互クラスタとよろしくやる。災難でしたね、これだから5chはクソですね、と傷を舐め合う。

 姉が録画していた、Webカメラ越しの碧月夜空の顔を思い出す。

 映像をPCで再生する。


『えっ……えっちょ待って待って、七尾さん、女の人だったんですか!? 全然気づかなかった』

『はいっ! それじゃあ私やります!』

『メアリー……? 翻訳ものは苦手で……』


 可愛く見られたい仕草に苛つく。それが自分に向けられていないことにも。この女が何もかもぶち壊しにしたのだ。何もかも。

 でも、結構可愛い。

 ユウは右手をズボンの中に入れ、自分の陰部を弄る。胸のリボンタイを解くところを想像する。ベッドの上に広がる黒髪。想像の中の碧月夜空が、嫌、と言いながらも顔を赤くする。目が期待に染まっている。彼女はどんな下着を着けているのだろう。きっとモノトーンが好きだ。黒に白いレースの、メイド服みたいな。ブラウスのボタンを外すと見えるものを、頭の中で作りながら、想像の中で服を脱がす。映像に映えるはっきりした色の唇に、性器を押しつけることを想像する。碧月夜空が吐息を漏らし、舌を伸ばす。性器の先端で円を描くように赤い舌が這う。ユウの背筋を快感が走る。彼女は拒絶しない。

 カメラに写らない下は何を穿いているのだろう。きっとスカートだ。ミニスカート。空想の中で手を伸ばす。既に性器は濡れそぼっていて、下着越しに触れただけで指先が湿り気を帯びる。実在しない碧月夜空が言う。

「もう……挿れてください……」

 画面の中では同じ女が口元を手で隠しながら笑っている。右手の動きを早くする。挿入して動きまくっていることになっている。突くのに合わせて声を上げる夜空を想像し、性器を扱き続ける。夜空が膣内射精を懇願する。出すよ、出すよ、と声に出さずに応じる。来て、来て、と実在しない夜空が叫ぶ。ティッシュペーパーを取り、射精する。自分の汗と精液の生臭い臭いが部屋に広がっている。性器を拭い、ゴミ箱に捨てる。ウエットティッシュを取り出し、両手を拭いてこれもゴミ箱に捨てる。

 心地よい眠気に包まれながら深呼吸する。

 ツイッターのタイムラインを眺めると、碧月夜空が儀武一寸とリプライを交わしている。気にしないで、頑張りましょう、ありがとうございます、頑張ります。そんなやり取りに目一杯の修飾を施したもの。

 忘れよう。書こう。意を決して、テキストエディタ以外のウィンドウを全部閉じようとした時だった。

 儀武・碧月とは重ならないフォロワーのリツイートが目についた。なろうで書いていた時に相互フォローになったアカウントだった。


《@kouryuu_cyokuryuu うわこれマジ……? ナクヨムやば。関わらんとこ》


 そのツイートの手前にリツイートされていたツイートには、匿名ダイアリーのURLが添付されていた。興味本位で開く。

 そして読み進め、ユウは笑った。


『本当にあったナクヨム怖い話


 当方ナクヨム読み専。気になった作品は作者のツイッターアカウントもフォローしている。

 投稿者のツイッターって大体みんな似通ってる。やれ創作論(お前が言うか?)、やれ時事ネタへのいっちょかみ、読まれないことへの悩み(私のPVと星は???)、そんなんばっか。

 でも、気になるアカウントがひとつあった。

 仮にGさんとする。

 そのGさんは、日頃から家族のことや仕事のちょっとした愚痴をよくツイートしていた。まあ、顔本でやれよってなることもあったけど、人となりが見えるのはいいことだなって思って見てた。

 結局、ツイッターで友達作って読まれるようになるのって、その人自身が面白いかどうかだし。

 面白いってのは違うか。共感できるとか、キャラが立ってるってことか。

 ツイッターがつまんない作者って大体作品もつまんない。有名人のとかバズツイをリツイートして被せてなんか言って3いいね、みたいなやつ無限にいるけど、大体どこにでもありそうな作品しか書いてない。

 あと、鬱ツイか。毎日毎日、自分は駄目だとかコミュニケーションが下手とか、精神障害自慢とか、いかにーも低賃金労働者っぽいツイしてたりとか。こういうやつも、大体つまんないかエタってる。そのくせ作品数だけは多かったり。反応されたくて書いてるのが丸わかり。

 するとGさんはまともで、面白かった。

 奥さんが作った料理の写真とか、読んだ本の感想とか、家庭内のちょっとした面白いこととか。普通の人だなって思ってた。

 でもある時気づいてしまった。

 その人、台所の写真とか結構アップロードするんだけど、一枚も奥さんが写ってないんだよ。

 いや、顔が写ってないのは当然としても、手とか、背中とか、映り込むことあるじゃん。

 むしろ、ツイッターでそういうことアピールするやつって大体写り込ませるし。

 ふと違和感に気づくと、どんどん気になってくる。食事の写真は必ず一人分に盛ったものだった。大皿の写真がない。向かいに別の人のグラスが写り込んでるけど、よく見ると伏せてもいないのに飲み物が入ってた形跡がない。その人が変わった缶コーヒーの写真をアップロードしていて、左手が写り込んでたけど、指輪をしてない。便利グッズって言って百均のレンジで目玉焼きが作れるやつで作った写真上げてたけど、目玉焼きはひとつしかない。

 いや、わかるよ? 炒めものでも別に盛る家だってあるだろ。空のグラスをまず置いて、お茶のボトルとか缶ビールとかを後から開けて注いで乾杯かもしれないだろ。結婚指輪を普段は着けない人だっている。目玉焼きは別に作ってるのかもしれないし、奥さんはフライパンで焼く派なのかもしれない。

 でも、それが全部重なるって、あるか?

 そもそも、ツイートが多すぎる。もちろん、ツイートしてない日もあるけど、家庭にちょっとした事件がある時は、決まって実況中継みたいなツイートが並んでる。いやそれ奥さんどう思うんだよって話。

 それに、嫁の話はGさんの主観の話しかない。嫁と他の人が登場するツイートは一切ない。

 私はGさんに会った。クラスタの交流会みたいなので、主に作者同士の交流会だった。読み専で参加してるのは私くらい。なんでそんな場所に行ったかっていうと、Gさんが何者なのか気になって仕方なかったんだよ。

 もしかしたら、こいつ、嫁なんていないんじゃないか?

 独身なのに、ネットのキャラ作りで既婚者演じてるやべーやつなんじゃねーのか?

 実際に話してみると、普通の人のようだった。

 でも、他の参加者に奥さんの話を訊かれると、巧みに逸らすか、一方的に話すかのどっちかだった。その上手いこと。私は気にしてたから気づいたけど。

 逸らすってことは、話せないってこと。

 一方的に訊かれてないことまで話すってことは、話すための嘘のエピソードを作り込んでるってこと。

 やべーよ。さすが作家先生。

 ここまで来ると私の好奇心も止まらなかった。顔写真を隠し撮りして、最寄り駅を突き止めて、興信所に身元調査を依頼した。知人の結婚相手なんだけど本当に独身か調査してほしい、って頼んだ。まあ彼らは金払いが良ければちゃんと仕事はしてくれるから。

 案の定だった。

 Gさんは独身だし、自宅で他の誰かと暮らしている様子もない。生活は家と職場を往復するだけ。周囲に女性の影すらない。調査期間中、職場の同僚や店員以外の人間と会うことも会話していることもなかった。そして、始終スマホを見ている。

 今日もGさんは嫁の話をツイートしてる。職場にも通っているだろうし、普通にスーパーでキャベツとか鶏むね肉とか買ってるわけだ。そんで誰もいない部屋に帰って、いもしない奥さんのことをツイートしながら、小説を書いている。ちなみに最新作は、ウエディングプランナーの話だ。

 嘘松だと思うか? 私も思いたいよ。マジで。』


 自分の顔が笑顔になっているのがわかった。

 これは儀武だ。儀武のことを、誰かが調べたのだ。

 ネットで結婚騙り? いない嫁との温かい日常を創作してツイート? 共感目当ての女の嘘松なんて目じゃない。いくらなんでも面白いし、ダサすぎる。あの気取った儀武が。プロットに偉そうな、上から目線の、自分は上級者だとでも言いたげな、新人賞を取ったことのある俺様がいみじくも意見してやるのだからありがたく聞き給えをキミとでも言いそうだった儀武が。

 本当かどうかは知らない。そもそもこれが儀武である証拠もない。

 だが、思い出すのは、探偵事務所の報告書のようなものを持っていたり、持ち帰り仕事でもないのに何か文章を書きつけていた姉のことだった。

 姉がこれを書いたのか? そして匿名ダイアリーに投稿したものが、こうしてバズって回ってきたのか?

 真相はどうでもいい。

 ユウはリツイートボタンを押し、それからツイートする。


《@7oYou_seventh 本当か知らんしどうせ創作増田だけど、Gさん独身なのにイマジナリー妻との結婚生活をツイートし続けるってすごい創作能力ですね。絶対才能あるし新人賞とか余裕で獲れそう》

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