24.碧月夜空/真っ赤な原稿

 正しくは、星爆とは、お返しの星目当てで読んでもいない作品に次々とレビューをつけて回る行為のことをいう。だが、言葉の正確さなど考えてはいられなかった。


《@Yozora_Bluemoon 私のナクヨムコン参加作品「桜見町あやかし探偵」への星爆行為について、運営に報告させていただきました。複垢は即BAN対象ですので、対応され次第、星の数は正常に戻ると思います。断じて、私が取得した複垢ではありません》


 そうツイッターに報告してひと息つく。しかし、5chを開いてみれば、早くも夜空のホーム画面やツイッター、レビューしたアカウントの一覧などのスクリーンショットが張られている。元々篠塚クラスタの一角として晒されていたことが災いした。


『えげつなくて草。せめて相互評価しろよ』

『バレないと思ったのかな。インターネット小学生か?』

『篠塚クラスタの民度w』

『本人否定してるぞ』

『個人晒しは晒しスレで』

『そも星爆って意味違うだろ。初期の修羅場を知らない新参はよ』

『クラスタに摺り寄ったのが最近ってだけじゃね?ググったら二次創作出てきたし』

『そもそも日付変わる直前にツイートしてる時点で怪しいんだよな。見つけてすぐ報告した風だけど、日付変わったらランキング再集計されて上位に上がるだろ?一瞬でも浮上すれば宣伝行為になるし』

『長文乙』

『大サトーでワロタ これ本人じゃないだろ』

『そう見せかけてんじゃね?』


 延々と続く談義に嫌気が差しつつもスレッドを遡っていく。すると、『今回のナクコン面白そうなのある?』というレスがあり、アンカーがいくつかつけられている。多くはスレ違いを嗜めるものだったが、半年ROMれなかったと思しきIDから作品URLが飛んでいる。そのうちのひとつを試しに開いて、顔が引きつった。

「お前かよ」と呟いてしまう。

 最初のアンカーであり、一応別IDだが元レスはPCに対してアンカーは携帯電話の回線。典型的な自演だ。そして表示された作品は、「転生ニートの隠れスキルマスローライフ~最強魔術師は最高マイルームで引きこもりたい~」だった。

 自演乙、とレスしておいた。

 儀武は、間違いなく七尾ユウの姉の仕業だ、と言っていた。突然儀武を呼び出し、意味不明なことをまくし立てて去っていたサイコな女。彼女が、儀武と夜空になぜか一方的な恨みを抱いて嫌がらせをしてきた。納得の行く筋書きだ。

 彼女は『儀武一寸さんを信じないでください』と言っていた。彼には誰にも言えない秘密がある、とも。だが、夜空が、まさに清水の舞台から飛び降りる気持ちで詳しい話を訊くと、その秘密とやらは、あまりにも馬鹿げていた。

『彼は独身です。インターネットでなぜか既婚者ごっこをしている痛すぎる人です。男性らしさ規範に囚われて、モテないコンプレックスをあまりにもこじらせるとこうなるんでしょうか?』

 ありえない。彼と会い、彼と言葉を交わし、彼に抱かれたのだ。サイコ女よりよほど自分の方が儀武一寸のことをわかっている、という自負が、夜空にはあった。

 もし独身なら、どうして、『あんまりお誘いしちゃ、奥さんに悪いですか?』という夜空のLINEを既読無視したのか。

 七尾ユウの姉、儀武が言うには古田侑という女は、儀武の過去のツイートを次々に参照しながら、その不自然さを語った。だが夜空には、妄想に取り憑かれた古田侑があらゆることを自分の妄想にこじつけて語っているようにしか見えなかった。日々の食事もいつかのみかんジャムも、お皿やお鍋だけで女性の手や背中が写っていないから、なんだというのか。写り込まないように気を使っているだけに違いない。

 それでも人の性なのだろう、気になってしまった。だから安心したくて、ふたりで行ったイタリアンバルの席で「秘密」についての話をした。

 すると儀武は、「秘密ではないように、僕も、演じていることをどうするか、考えないといけません」と言った。秘密は、夜空との関係のこと。演じていることとは、ツイッターから伺い知れる良好な夫婦関係だ。きっと彼のフォロワーの中にはリアルの知り合いか親族もいて、彼らの目があるから、夫婦関係の問題なさをアピールしなければならない。だが、本当は関係は既に冷え切っているのだ。その証拠に、ふたりでカラオケボックスで原稿の話をして、それから夜を一緒に過ごした直後から、彼の家庭についてのツイートは激減していた。

 つまりあの言葉を翻訳するなら、「あなたとの関係を不倫関係ではなくするために、問題ないということにしている今の夫婦関係を、清算しようと思っている」という意味だ。

 嬉しかった。口では二番目でいいと言いながら本当は一番になりたい夜空の内心と、彼の気持ちがひとつであることがわかったからだ。彼も、夜空を一番にしたいと思っているのだ。

 それが、古田侑の目には見えていない。

 何より腹が立ったのは、古田侑が『あなたにとっても、悪い話ではありません』と言ったことだ。

 独身なら嬉しいだろう、大手を振って付き合えばいい、と言っている。確かに、理屈ではそうだ。だが、そんな嘘をつかれて好きになれるはずがない。コンプレックスが強すぎてネットで既婚者を騙ってしまうような男に抱かれたい女がいるわけがない。矛盾しているかもしれない。だが、わからないのなら、きっと古田侑は、人を好きになったことがないのだ。

 ツイッターに励ましのリプライがいくつか飛んできていた。いいねをつけてから、ひとつひとつ丁寧に返信した。DMも届いていた。


《@ayano_19990628 碧月先生、ご無沙汰してます。星爆本当に許せません。どうかお気を落とさないでください。読者は全員、碧月先生の自演なわけないってわかってます》


《@gib_son_WF 星爆の件。心中お察しします。こういうのって本当にあるんですね。運営に報告されたなら早晩修正されるでしょうし、碧月さんの実力ならこんな事件に関係なく読者選考通過できると思います。気を取り直して、お祭りを楽しみましょう》


 涙が出そうになる。本当に信頼できる人が身近ではなくネット越しの誰かなのは、悲しいことかもしれないが、暖かさに変わりはなかった。

 綾乃から過去に貰ったDMを読み返す。このDMがやり直す勇気をくれた。

 儀武が赤を入れてくれた原稿を読み返す。カラオケで会った日、彼は「差し上げますよ」と言って、校正原稿を渡してくれた。並ぶ赤色の校正記号が、少し神経質なところがある儀武の分身のように思える。同人誌は可能な限り手元に残さず、原稿を紙に印刷して確認することもせず、可能な限りデータのみでやってきたが、これは別だ。家庭用プリンタで出力しただけの紙が、触れると力をくれる魔法の羊皮紙のように思える。

 その時、部屋の扉が開いた。

「お姉ちゃん」

「何、ノックくらいしてよ」

「別にいいじゃん」と応じた茉由花は部屋着にしている高校のジャージの上からどてらを羽織ったあられもない姿だった。「月見だいふく食べていい? 残ってたから」

 言われて、先日半分あげるとのことで冷凍庫に入れてもらい、そのままになっていたことを思い出した。

「いいけど」

「やったー」

「てかいいの、こんな夜中にアイスとか」

「夜更しも今のうちだしー」

 扉が閉じ、鼻歌が遠ざかっていく。

 ため息をつき、夜空はスマホを手に取った。

 古田侑からLINEが着信していた。封筒のようなものを撮った写真が送られてきていた。


『これ、儀武一寸さんに関する調査の報告書です。私が興信所に依頼したものです。近いうちにお会いしませんか? 中身お見せします』


 そんなことまでしていたのか。呆れ果てて、何度でもため息をついてしまう。

 一瞬、儀武に知らせようかと思う。だが、できれば彼の手を煩わせたくなかった。きっと彼は今、家庭を清算するためにたくさんの苦労を背負い込んでいる。にもかかわらず、夜空を案じてDMを送ってくれた。夜空は、貰ってばかりで何も返せていなかった。

 せめて、儀武にまとわりつくこの面倒な女を追い払うことくらいはしてあげたかった。

 夜空は返信する。


『いいですよ。いつがいいですか?』

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