22.七尾ユウ/宣伝ツイが伸びても
始まった。ついに始まったのだ。
《@7oYou_seventh 「転生ニートの隠れスキルマスローライフ~最強魔術師は最高マイルームで引きこもりたい~」にて #ナクコン6 参加します! よろしくお願いします! #ナクヨム #ナクヨムコン6 #拡散希望》
内容に興味を引くようなツイート文を延々と考えて、結局ハッシュタグをつけるだけになってしまう。それでもPVは回るし、ダッシュボードを更新するたびにフォロー数も増えていく。それでも、別サイトで一定の読者を獲得してからナクヨムに転戦してくるような作者の作品や、数ヶ月前から戦略的に更新し続けてコンテストに山場を合わせてくるような作品には到底敵わない。
更新は一日二回。平均で一回あたり一五〇〇字。更新時間は七時五分と二一時五分。半端にしているのは定期更新の中に埋もれて新着欄に留まる時間が短くなるのを避けるためだ。朝は、通勤通学の人を。夜は、学校や仕事、家事が一段落ついたタイミングを狙う。この手のノウハウは、一応通っていた大学で、マーケティングについての授業を取った時に学んだものだ。
もう少し、ひと目見ればクリックせずにはいられないような宣伝文が作れないものだろうかと、悩む。しかし、自分の作品に自分で週間漫画雑誌のアオリ文のようなものをつけるのはあまりにも恥ずかしい。
ツイートから一時間経ったので、自分の参加表明を自分でリツイートする。他の人の宣伝ツイートもリツイートする。
こんなにもスタートダッシュにこだわるのは、ナクヨムコンの仕様のためだ。
Web小説サイト『ナクヨム』を挙げて行われる大型コンテストであるため、期間中、トップページには常に部門ごとに参加作品が表示される。コンテストページにも参加作がずらりと並ぶ。最初の一週間は、これらの表示順はランダムである。しかし、一週間を過ぎるとランキングが実装され、トップには上位のごく少数の作品しか表示されなくなる。コンテストページからは全作品を閲覧できるが、当然ランキング順。総参加作数は数千に達するため、上位のものしか読まれない。
つまり、影響力の大きいツイッターアカウントを持っているなどの特殊な条件がない限り、序盤に星を稼ぎ、ランキング上位を確保し、人目に触れ続けてフォローやいいね、星を継続的に獲得することが、読者選考を通過するための唯一の正攻法なのだ。
そして搦手が、この序盤の星稼ぎを組織的に行う、相互評価クラスタだ。
5chのナクヨムスレを開いてみると早くも相互評価への怨嗟の声が渦巻いている。中心人物と目されている「篠塚ヨヨ」の作品には、開始三日で五〇以上の星が集まっている。肝心の投稿作品はまだ一万字にも達していないにもかかわららず。
差が離されていく。
増えていくのはリツイートだけだ。無差別大量フォローして自作の自動投稿宣伝とフォロワーの作品をRTするだけのBotのような有人アカウントに拾われたらしく、みるみるうちにユウの宣伝ツイートが伸びていく。
だが、それからどれだけ経っても、ナクヨムでの作品フォローが増加する気配はない。
作品はまだ二章の後半だった。テキストエディタを開き、執筆作業を再開する。独学で魔法戦士となったエルフ姫のネヴィアと共に、辺境のエルフの里を襲うオークの軍団を蹴散らすのだ。
だが、主人公が戦場に突然畑を造りながら大群を蹴散らし敵の戦士長七人衆と戦う間に、別働隊のオークが村を襲撃する。逃げ惑うエルフたちの元へ駆けつけて戦うネヴィア。しかし霊樹に火をかけられ、ネヴィアはオークの将軍に追い詰められる。そこへ登場する主人公。「ば、馬鹿な。我が最精鋭の七人衆がやられたというのか」「帰りたい。この俺の帰りたい気持ちを止めたいなら、七万人連れてこい」そしてオークの将軍を瞬殺。そういうシーンである。
シーン途中まで書いて、ダッシュボードを更新する。通知が灯っている。昔の作品に星が入っていた。コメントはひと言。「普通に面白い」とある。
つまらん感想よこすならせめてコンテスト作に入れろよ。と言ってしまいたいところを堪えつつ、原稿に戻る。
集中できない。
テキストエディタを最小化すると、ちょうどツイッタークライアントに更新通知があった。作品名でのパブリックサーチをしているカラムだ。
儀武一寸だった。
《@gib_son_WF この作品に少しだけ(本当にちょっとだけ)協力しています。私の相互界隈にはあまり馴染まない異世界転生ものですが、読んでみていただけると私も嬉しいです》
さらにそこに碧月夜空が被せる。
《@Yozora_Bluemoon 私も(ちょっとだけ)協力しました! 痛快な転生ファンタジー作品を読みたい方はぜひ!》
意外と使えるな、と思った。宣伝に協力してくれるならそれでいい。
彼らの作品も見てみる。
儀武のコンテスト用新作は、星〇だった。相互らしき、いかにもSF好きらしい名前をしたいくつかのアカウントがフォローしている。投稿時間は、全話きっかり二一時だった。
一方の碧月夜空の新作は、早くも星一二を獲得している。レビューした人の一覧を5chに並んでいた篠塚クラスタ一覧と比べてみると、見事なまでに全員がクラスタ構成員だった。
しばらく、ふたりのそのツイートを監視してみるが、特に彼らのフォロワーにいいねされたり、リツイートされたりする気配はない。それでも、彼らをフォローする人々のタイムラインには流れたのだから、価値はある。特に碧月夜空の方はフォロワーが多いのだ。
ツイッターを見たり、PV推移を監視したりしていると、あっという間に一時間経っている。この間、原稿は一行も進んでいない。
これが、毒なのだと、わかっていた。
リアルタイムで反応が確認できるがゆえに、反応がないかを常に気にしてしまう。それで肝心の書くほうが捗らなくなってしまう。レビューだけではない。いいねひとつ、PVひとつでさえ、脳の報酬系を刺激する。常に刺激され続けないと満足できなくなり、刺激を求めてページを更新し続ける。
原稿に戻ろうとして、うっかり別のものを開いてしまった。
5chのナクヨムスレだった。
主な話題はコンテスト。読まれないことや星が入らないことへの愚痴、相互クラスタへの批判や、システムへの不満が匿名で渦巻いている。
ユウの手がキーボードを流れた。
『今回のナクコン面白そうなのある?』
そして別回線のスマホを取り出してレスしようとした時、部屋のドアがノックされた。
慌てて5chを隠してスマホもロックする。
入ってきたのは、例によって姉だった。
「なんだよ、姉ちゃん」
「進捗どうかなーって思って」
「悪い」
「自分のペースで頑張ればいいよ。たとえ評価されなくたって、ユウちゃんの書いてるものが駄目になるわけじゃないでしょ」
「駄目になるんだよ。評価されなきゃ、価値なんかないんだよ」
「そんなことないと思うけどなあ」姉はスマホに目を落としたまま、ユウのベッドに腰を下ろす。
「……LINE? 誰?」
「夜空ちゃん」
「ちゃんって……」
「あの子もやっぱり興味あるみたいだから、教えてあげようと思ってさ」
姉は封筒を携えていた。なんとか興信所、と書かれていた。
姉が何かを調べていることは知っていた。それが儀武一寸と碧月夜空に関することだということも。
だが、ユウとしては、彼ら自身についてはそこまで興味がなかった。鬱陶しいツイートを見ると頭がおかしくなりそうなこともあったが、そこまでだ。むしろ知ってしまったら妄想ができないから、興味はあるが聞きたくない、という方が正しいかもしれない。
どうせ斯々だ、きっと然々だと思い込んで溜飲を下げる方がいい。ただでさえ、どうせブスだと思っていた碧月夜空がかなり可愛いので腹が立っていたのだ。
だが、姉は探偵まで使って積極的に調べている。最近、仕事でもないのにPCを開いて、ユウの後ろで何か文書を作っているのも見た。
「姉ちゃん、何してんの?」
「ユウちゃんのためだから。安心して」
そう言われると、返す言葉がなくなってしまう。
自分のペースで頑張ればいい、と姉は言う。
だがそれならば、投稿サイトなど使わず、公募新人賞に作品を送ればいいのだ。
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