10.儀武一寸/Web講評会②

『指摘いただいたことを参考に、少し変えました』夜空から新しいテキストファイルが共有される。全員が開いたことを確認して、夜空は続ける。『まず、妖怪たちの属性を大まかに火、水、土、風に整理しました。壺の付喪神のジンさんは風で、屏風キツネのコンちゃんは火です。中村さんのキャラ設定も包容力のある大人の男性に変更します。それと、主人公は昔おばあちゃんの家に遊びに来た時にジンさんと会っていることに。そこで主人公を自分の後継者として、桜見町のあやかしを束ねて七七年に一度復活する神社の悪霊を封じる巫女の役目を託すことにした、という設定にします』

『あーなるほど。確かに最後唐突でしたもんね』とユウが応じる。『連作なら別にいいかって思ってましたけど』

『それと、ご指摘は頂いても変えたくないなって思っているところもあって……あやかしたちとの距離感と、人の暖かさです。桜見町は人も、人ならざるものも人に寄り添って、人の心を癒やしてくれる優しい場所であってほしいんです』

『優しい場所ですか。異世界転生だとそういうのご都合主義とか、主人公に様づけして笑ったりするんですけどね』

「中村さんが癒やしパートを担うなら他は控えめでもいい気がしますが、作風ですからね。どちらがいいというものでもないでしょう。でも、ひとつ注意してほしいことはあります」一度切る。夜空は黙ってカメラを見ているので、儀武は続ける。「メアリー・スーってご存知ですか?」

『メアリー……? 翻訳ものは苦手で……』

『二次創作のオリ主の禁じ手一覧ですよ』眉を上げてユウが応じる。『ですよね?』

「ええ。元はスター・トレックの二次創作から生まれた言葉だそうで。原作のキャラがみんな一目置くとか、原作キャラより大活躍とか、最年少で超優秀とか、思春期の読者の欲求を具現化したオリキャラを揶揄するものなのですが……結構これが一次の主人公にも当てはまります。で、その典型的な要素のひとつが、動物に愛されることなんですよ。ファンタジーならなぜかドラゴンと自在に対話できるとか。SFなら……それこそクリンゴンと対話して艦隊を退かせることができる、とか」

『つまり碧月さんの主人公も、あやかしとやたら仲良しな万能で清廉潔白なキャラクターだと、読者の反感を買うことがある、と。ですよね、儀武さん』

「ええ、そうです。しかし読者の願望であることは間違いないので、要は塩梅ひとつです」

『あらゆる物質は毒であり、毒でないものは存在しない。毒と薬を分かつのは、偏に用量である』

「パラケルススですか」

『よくご存知ですね』

『あの!』置いてきぼりにされた夜空が割り込む。『えっと……つまりあやかしに嫌われた方がいいってことですか?』

「いいえ。嫌ってくる怪物なんて敵でしょう。これには簡単な解決策があります。主人公をポンコツにするんですよ」

『ポンコツ……?』

「主人公が調子に乗っていてずるいとか。すると妖怪が意地悪をするシーンと、主人公の成長が自然と現れます。主人公がぐうたらだとか。するとおばあちゃんとの差で最初はへそを曲げている妖怪たちが描けるでしょう。最初から動物に愛される主人公は反感を買いますが、駄目なところから成長すると、最終的にメアリー・スーになっても共感を得ることができます。悪役令嬢ものってこのあたりに上手くハマっているんだと思っているんですが、どうですか? 七尾さん」

『あー、確かにそうっすね。展開を知っているから無双するっていう基本のゲーム世界転生に、メインヒロインを逆に蹴落としてやるっていうずるさが加わりますもんね。負けヒロインからの逆転でメアリー・スーになっていくところに面白さがあったり、基本のテンプレがメアリー・スーを上手く回避してるって感じですね。で、メインヒロインがマジでいい子なので葛藤したり……』

「あくまでただの意見です。そういう戦略的な振れ幅というか、揺さぶりがないくても面白いもの、世の中にいくらでもありますし」

『ひとつ言えるのは』ユウの身体がカメラに寄った。『テクに頼らなかったことを読まれない言い訳にはしたくないっすよね』

『うわー、やめてくださいよ。ナクヨム投稿者あるある』

『キャッチーな引きを作ってないから、ホットスタートしないからPVが伸びないんだってツイッターで愚痴って、読めば面白いんだけどって暗にアピールするやつ……』

『わー、痛い、心が痛い、やめてくささいー』耳を塞ぐような仕草の夜空。『それで「久々にナクヨム開いたら通知来てた」とか言うんですよ、見てないアピール』

『よくあるやつ』ユウは口元を隠して笑う。

「屈折してますねえ」

『みんなですよ。儀武さんはそうでもないでしょうけど』と夜空。

『あー、確かに。そもそも儀武さんあんまりツイッターで作品の話しないし』

「えっと……プロットに戻りましょうか。他に……」


『では次は私で。その前に、特に絡みあるわけでもないのにこの話を受けてくれて、おふたりとも本当にありがとうございました』

 ユウが頭を下げると、『とんでもないです!』と夜空が応じる。

『ずっとこういうのやりたいなーって思ってたんですけど、ナクヨム投稿者同士ってこう、ちょっと距離ありません? 結局読む読まれる星入れるの、利害関係で相互フォローができあがるっていうか、普通に仲良くなるの難しいっていうか……』

『あるあるですね。だから碧月さんが募集してた時、私チャンスだって思ったんですよ』

「募集?」

『あ、儀武さんには私がお声がけしたんですよね』とユウ。『ぶっちゃけ、本出したことのある人が相互にいらっしゃるなら、技術とかノウハウとか学ばせてもらいたいなーって思って。真似できないってことしかわかんないですけど』

『それそれ! メッチャわかります!』

「僕の場合は、そんな褒められたもんじゃなくて……きっちり定めないとすぐ迷走するんです。碧月さんや七尾さんくらいのプロットで書けた方が、時間の無駄がないとわかっているんですが……」と、語ってしまいそうになり、儀武は我に返る。「失礼しました。今は七尾さんの時間ですね」

 すいません、と一言侘びて、ユウは姿勢を正す。『雑なプロットで、なんかすいません。まずおふたりともから、シチュ先行で雑! というお叱りをいただきました。はい、その通りです。猛省します。そこで、キャラごとの動機や背景を組み立て直しました。まずエルフ姫ネヴィアは、一族の中でも例外的にお転婆です。ですので、オーク軍が近づいてきても、ネヴィアは話し合いより先に戦おうとして、噂に聞いた主人公を訪ねます』

「なるほど」新しいプロットを見ながら儀武は応じる。「それで、お転婆とはいえ残酷な戦いは見たくない彼女のために、主人公はオーク軍を瞬殺。エルフの里は守られますが、里のエルフたちは主人公を責めて、ネヴィアは彼を庇って、えーと……」

 夜空が後を継ぐ。『そして里を出て主人公のお城へ。本人は里を出るのは嫁入りだと思っているのでグイグイ来る』

『どうっすかね?』

「すごくいいですね。彼女の動機からハーレムの一員になるまでがシームレスだ。捻りも利いてるし、エルフが陰険なのも僕好みです」

『私もいいと思います。結果的に一族のしがらみからネヴィアを救うことにもなってますもんね』と夜空。『でも、エルフって穏やかで争いを好まない優しい種族なんじゃないんですか?』

「僕としてはやっぱり指輪物語の印象が強くて。指輪のエルフたち、陰険だった印象しかなくてですね……」

『元はともかく、この世界では陰険ってことで』とユウ。『まあ、キャラ設定についてはこんな感じにそれぞれ変更してるので時間余ったら是非に。で、時間あるうちにもう一個の大きな組み立て直し点を話したくて……』

『もう一個?』と夜空。

『バトルの組み立てについてです。最初は強そうな相手を堂々とバカにしながら瞬殺するようなバトルで考えていたんですけど、常に帰りたい帰りたい言いながら適当に使った術が強すぎて敵が勝手に瞬殺されていく、それで女の子はメロメロっていう感じにします。だからどんなにハーレムが豪華になっても、こんなはずじゃない、俺はひとりで引きこもりたかったのに……ってなります』

「僕の指摘ですね。それなら確かに、引きこもりたがりと俺TUEEEが両立すると思います」

『私、実はそこテンプレだなーって思ってました。アニメ化してるのにもそういう俺様最強主人公いるじゃないですか。転生ものなら無理なテンプレでもオッケーなのかなって……』

『ま、変えたところでなろう系テンプレは基本出尽くしてるんで、たぶんどっかの誰かがもうやってるんですけどね……』

「それでも、話とちゃんと噛み合ってる方がいいと思います。無理にテンプレに乗せる必要はないですよ」

『でも読者が求めてるのは……』


「それでは最後は僕で。結末がないプロットなのに誠実に読んでもらって、ありがとうございました」

『いえいえ! 参考になりました。むしろこっちがお礼したいくらいです!』と夜空。

『同意ですね』とユウ。

「そう言っていただけると……」儀武は一拍置いて続ける。「実は、今回、碧月さんの意見が絶対に欲しいなと思っていました。ウエディングプランナーの物語なのですが、この題材を選んだ理由は、SF要素と一般向け要素の両立を図ろうとしたからです。ですが私はご覧の通りの男ですので、世の様々な女性が結婚式にどんな希望を持つのか、よくわからないんです」

『ご結婚されてるんですよね?』と夜空。

「いや、それ込みでもサンプル数一の意見ですから。彼女には悪いですが、当てにしすぎるのもどうかと思っていまして。その上七尾さんも、すみません、完全に男性だと思っていましたが女性でしたので、おふたりともご意見大変ありがたいです。そこでですね、第一編は碧月さんの意見を参考に、結末を変えようと思います」

『ベールを上げたら本当の顔、と見せかけて花嫁さん自身が別の顔を設定して花婿さんを騙すっていうオチです。七尾さんどう思われます?』

『綺麗な姿を見てほしいですもんね。でも、家でも気を抜けなくなっちゃうのは、個人的には嫌だな……』

『えー、そこは頑張りましょうよ』

『性格と年齢の差かもしれません。私はいい年のおばさんですしインターネット老人会ですから、はい』

「この話の新婦は三二歳という設定で、たぶん七尾さんよりも歳上です。すると顔出ししたいってのもありなのか。ううむ、わからなくなってきた……。ちょっと持ち帰って考えてもいいですか?」

『制限時間ありますしね』とユウ。『三編目の話をした方がいいのでは?』

「ですね。おふたりから頂いたご意見を参考に、三編目のアイデアを考えています。プロットは……今ファイル共有したものです。読みにくいので、口頭で説明します。よろしいですか?」ふたりの返事を確認してから儀武は続けた。「ゲイのカップルの結婚式にしようかなと。彼らは自分たちのセクシャリティへの肯定感の小ささから、見た目だけでも男女の普通の結婚式にしようとします。カップルの一方は会社員で、同僚や上司が披露宴の招待客にはおり、そして会社にはセクシャリティを隠しているのです」

『切ない話ですね……』と夜空。

『危ないですね』とユウ。『病気とセクシャリティは安易に扱うと火傷しますよ』

「ええ。ですが、自在に見た目を操れる世界観ならではの、現代から飛躍した結婚式を描きたい。ふたりとも、式にはもちろん、タキシードです。そしてふたりは普通に挙式し、出席者は美しさに息を呑みます。それだけです。なぜかといえば、出席者の視覚にはその人が美しいと感じる顔と姿が映し出されているからです。たとえ男同士で、どちらもタキシードだとしても、見るものは必ずそれを美しいと感じてしまう。美しさを作って投影するのではなく、出席者が勝手に投影する。これが知能化粧の真髄です。そして彼らの美しさが、ゲイのカップルの結婚式も普通に祝福するものという価値観の更新を起こします」

『ほとんど刷り込みですね。確かにそれなら、SFジャンルらしさがありますね』

『え、ちょ、それって、マインドコントロールみたいなものですよね?』夜空が眉を寄せてカメラに近寄る。『ゲイのカップルをその人が内心から、心から祝福するんじゃなくて、見た目が綺麗だから綺麗イコール祝福っていうことに、頭の中をハッキングするみたいに書き換えられてしまうんですよね? そんなの、ダイバーシティでもなんでもないじゃないですか』

「ああ、このプロットはいけそうです」と儀武はひと息つく。「その違和感を持ってくださるなら、結婚式という現代に繋がる要素、LGBTという社会派要素、そしてテクノロジーによる価値観の暴力的変容というSF要素を、すべてひとつの作品に共存させることができたということです」

『……あ、今の私みたいに、作品を読んだ人が考えさせられるってことですか』

「ええ。若い世代では当たり前の価値観に上の世代がついてこられず、いつまでも自分の世代の価値観に固執すること、ありますよね。それを取り払うことができるのなら、それは正しいことです。しかし、理解はできても感性の部分でおかしさを感じる。そのコンフリクトこそ、このプロットの肝であり……」

『SFらしさってことですね』とユウ。

「ええ。いや、よかった。肩の荷が下りました。大筋は、もう誰がなんと言おうとこれで行きます」

『じゃ、細かいところをビシバシしていきましょうか。ね、七尾さん』

『そっすねー』

「いやあ、後は書くだけだ」

『この人聞く気ないわ。なんか言ってやってくださいよ、碧月さん』

『書くのが一番大変なんですよ、儀武さん』

「そうですね」儀武は椅子に深く背を預けた。「ここからが大変だ……」

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