9.儀武一寸/Web講評会①
プロットはいつもオフィスソフトを駆使して作成する。まず、表計算ソフトの履歴書フォーマットに主な登場人物の生い立ちや動機、能力などを整理してまとめる。次に、普通に文書ソフトで世界観や作中の技術、用語などの設定を作り、ついでにその技術が活用されるシチュエーションを物語から離れたところでいくつか考えておく。そして、プレゼンテーションソフトで作中イベントの5W1Hを書いたテキストボックスを並べて連結し、一連の物語とし、これがプロットになる。ボックスひとつあたりどのくらいの文字数になるかは概ね想定でき、連結させていくことで流れが成り立たないところを客観的に見極められる。複数箇所で事件が同時進行するようなプロットにもある程度は対応できる。
学生の頃は箇条書きのテキストファイルで作っていたし、公募原稿に添付するいわゆる梗概を詳細にしたものをプロットとするような方法を否定するわけではない。アウトラインプロセッサを使うような方法でもいい。儀武がオフィスソフトを使うのは、単に仕事でよく使っていて操作に慣れているからだ。
PDFで送ったそのプロットに、ふたりから講評のようなものが届いていた。
《@Yozora_Bluemoon 儀武さんのプロット、とてもわかりやすくて詳細ですごいです! ここまでしっかり決めておくと書く時に迷わないし、込み入った物語でも整理できるんですね……。参考にさせてください!
すみません、内容について。基本的には、早く本文が読みたい、以上のことはないです。題材がすごくいいと思います! SFというととっつきづらいイメージがありますけど、ウエディングプランナーなら女子の憧れの職業のひとつですし、私みたいなのでも読めそう、ってなります。ですから、これから書くことは、私の目線から見た個人的な思いです。
まず、一編目。私がこの花嫁さんなら、知能化化粧? の下にさらに別の美人の顔を張っておくと思います。女優さんやモデルさんならともかく、自分の顔に自信があって、ハレの席ですっぴんの顔を見て欲しいと思う人って、あんまりいないんじゃないでしょうか。でも、男性は見せてくれることを気を許した印のように解釈して、嬉しいと思うんですよね。だから花嫁さんはベールを上げたら化粧をオフにすることを提案するんです。騙しているようですけど、みんな幸せですよね。花嫁さんは綺麗な自分を見てもらえる。花婿さんは本当の顔を見せてくれて嬉しいし、それが美人でもっと嬉しい。どうでしょうか?
二編目は、復讐を企む花嫁さんの方はすごくいいと思います。わからないのは花婿さんの方で……自分ではないと気づかないものでしょうか? 花婿さんが何も知らず、上手く行かないからそれらしいものを作成したと信じるフォローが必要だと思います。
三編目が完結編になるんですよね? だったら私は、昔事情があって式を挙げられなかったカップルの話とか読みたいです。知能化商品群っていうのの組み合わせで、若い頃のふたりに戻った気分で挙式するんです。どうですか?》
《@7oYou_seventh 七尾です。プロット見ました。初見でさすが元プロだなってなりました。第16回スパーク文庫大賞の『無間船団行軍録/インフィニティ・クルセイド』の儀武一寸さんですよね? 大手ラノベレーベルの白背景ヒロイン表紙が全盛期だった頃にハードSFだったので話題になったの覚えてます。続きとか書かないんですか?
すいません本題入ります。全般的な指摘になりますけど、生活感、強すぎませんかね。SF読者はもっと飛躍した世界がいいんじゃないんですかね。結婚式を更新する技術もまあいいと思いますし、そういう近い未来のSFもありだと思いますけど。結婚そのものを変えてしまうような技術とか社会の変化とかがないと、面白くないかなと。でも、結婚式っていう題材はいいですね。軽めのSF要素で遠ざかってしまう読者層を結婚式場スタッフって要素で繋ぎ止めて、結果的に重めのSFは読まない層を読者に取り込めるんじゃないかと思います。結局、そういうライトSF? 的なのって大半がしっかり想像力を巡らせた上で面白くすることへの逃げで現代に舞台を近づけてるんですよね。自戒込めて。
話の流れとかは、むしろ勉強になった感じです。面白そうです。三編目のアイデアがないわけではないですが、それは儀武さんの領分だと思うので差し控えます。以上です。》
見事なまでに私視点、そして見事なまでに何様視点の講評だ。それぞれから、妙な尊敬の眼差しと、捻じ曲がった憎悪のようなものを感じる。
碧月夜空の講評には、女性ならではの目線があった。結婚式には女性の意志が強く反映されるから、この物語がウエディングプランナーを主人公にする限り、彼女の意見は貴重だ。しかし七尾ユウの言葉にも、一見の価値はある。少しだけSF、というものは、プロの作品よりむしろアマチュアの作品に多く、そしてその大半が想像力の不足から来る逃げ、または現代の企業や学術団体の発信内容に発想を縛られている結果だ。自動車メーカーや経済新聞社が、少し未来のライトSFを募集したり発行している例も実際にある。とはいえ、遺憾ながら、インターネットにおいて『自戒を込めて』という文言はバカの使うものと相場が決まっている。
作品名を見たことで、学生時代のことを思い出した。
『無間船団行軍録/インフィニティ・クルセイド』は、確かに儀武が学生時代に佐和のアドバイスを受けながら書き、スパーク文庫大賞に応募し、佳作を受賞して出版した作品だった。近未来、量子状態の乱れが観測されたことで平行世界の近接が予言され、それが七つであることが判明。基底宇宙を防衛し、近接する宇宙を破壊するために組織されたのが、無間船団である。宇宙の破壊は、おいそれと観測し得ない多数の命を破壊することであり、船員は寿命以上の刑を言い渡された犯罪者と彼らを管理する看守から成る。主人公は看守であり、量子状態の乱れを感じることのできるペンローズ脳を持つ少女と共に艦隊を指揮する。基底宇宙含む八つの宇宙はそれぞれ地獄の名前を与えられ、応募原稿は基底宇宙である「無間」の艦隊が「阿鼻」のロボット軍団を撃破し、宇宙ごと幾億もの生命を消滅させるところで終わっている。大筋よりも、詳細を考えるのが楽しかった。数字的にも理屈的にもスケールが大きい出鱈目な兵器を次々と登場させたのだ。そして囚人たちや少女を巡るドラマは、残酷に命を使い捨てるところを儀武が、彼らに共感させるちょっとしたエピソードの部分はほとんど佐和が考えていた。
「七尾さんって、あれ読んだことあるんだね。ちょっと恥ずかしい」と佐和が言った。「結末の構想あるんでしょ? 酷いやつ」
「『阿鼻』『大焦熱』『焦熱』『大叫喚』『叫喚』『衆合』『黒蠅』まで倒したところで、そもそも量子状態が0/1でなくなった原因であり、平行世界を無限増殖させることができる現実記述装置を作った上位世界『浄土』の存在が明らかになる。分裂した八つの宇宙は元々ひとつであり、オリジナルは『等活』であり、『無間』ではなかった。無間は等活と浄土の連合軍により破滅するが、主人公とペンローズ脳の少女と、ごく少数の人物だけが荒野の星に漂着する。彼らはそこを新天地とすることを誓うが、実はそこは現実記述装置の内側だ」
「酷い話だね」
「たぶん、書いていれば救いを盛り込んでしまっていたと思う」
「もうすぐだっけ? わたし映り込まない方がいいよね?」
「そうだね……。悪い」
「いいって」
佐和はipadを片手に寝室に入る。儀武はウェブ通話アプリを立ち上げ、開始ボタンをクリックした。
程なくして、ふたりが入場する。
「儀武です。こんにちは。音声、聞こえていますか」
『はいっ、聞こえます。碧月です。儀武さん見えますし聞こえます。こっちのはどうですか?』
動物の鳴き声のような高めの音域の声だった。Webカメラの狭い画角の中に、背筋を伸ばした若い女の姿が映る。まるでくせやうねりと無縁のようなぺったりした真っ直ぐな黒髪。左右を長めに残した前髪が斜めに揃っている。アイドルにありそうな髪型だな、と思った。胸元に黒いリボンタイが結ばれた白いブラウスは、襟の先に黒い十字架の飾りがある。袖は透ける素材のようだった。これもアイドルの衣装のようだな、と思う。年の頃は二〇代の半ばだろうか。
自室のようだ。白と黒とピンク色の家具やベッドが写り込んでいた。それと、何かのマスコットキャラクターのぬいぐるみ。
「映像、音声とも良好です」と応じる。「七尾さんは……」
すると、七尾ユウの音声がオンになり、ノイズが増える。続いてオンになった映像と、聞こえてきた声に、儀武は思わず怪訝な顔になってしまった。
「こんばんは。七尾ユウです。聞こえます?」
低めだが、女の声だった。栗色のこざっぱりとしたショートの髪。これでいいのかな、と読後しつつ手を伸ばすとカメラが揺れる。丸首の襟ぐりの浅いシャツの上からパーカーのようなものを羽織っている。三〇歳の儀武は、そんな彼女の姿に、同い年か少し下だろうな、と思う。細面のせいか、疲れているような細い目のせいか、ツイッターとは違った理知的な印象を受ける。
画面の向こうで碧月夜空が目を丸くしている。イメージが違うのは彼女も同じようだった。
『えっ……えっちょ待って待って、七尾さん、女の人だったんですか!? 全然気づかなかった』
『いやー、男みたいなもんですよ。こんなだし』七尾ユウはパーカーのポケットに入れたままの手を上げる。『失礼かもしれませんけど、おふたりともイメージ通りです。安心しました』
「僕も、七尾さんは男性だとばかり。勝手なイメージで、申し訳ない」画面に向かって頭を下げ、印刷しておいたものを取り上げる。「それじゃあ、時間ももったいないし始めますか。どういう手順で進めます?」
ユウがメタルフレームの眼鏡をかける。理知的な印象がますます強まる。『ひとりのプロットに全員で意見出し合って、それを順番に。どうですか?』
「時間を制限しましょうか。議論最低二〇分、最長三〇分。まとめで五分。せっかくですので、言うことに遠慮はなしで」
『了解でーす。誰から始めましょうかね』
夜空が手を挙げる。肘から先は見切れている。『はいっ! それじゃあ私やります!』
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