1.点火

9月~10月

1.碧月夜空/作家交流が上手いだけ

 知らないアカウントの面白くなさそうな小説宣伝ツイートを今日もRTする。一〇〇回RTすれば一〇人くらいはRTしたアカウントのホームを見に行くかもしれないし、そのうちひとりくらいは固定ツイに置いてある作品URLをタップしてくれるかもしれない。それを一〇〇回繰り返せばひとりくらいは新しい読者になってくれるかもしれないし、あわよくば星を入れてくれるかも。どうせみんな、そういう打算でツイッターをやっている。でも誰も正直には言わない。そして定期的に、相互フォローの人の作品を読む義務はない、作品と切り離した人と人で交流したっていいんだという内容のツイートが小さくバズって回ってくる。

「あー、くっだらね」

 と呟きながら、碧月夜空の指先は相互の新作紹介ツイートをリツイートし、心にもない内容をツイートしている。


《@Yozora_Bluemoon ヨヨさんの新作面白そう! これは期待大!》


 末尾には作品URLをつけておき、直後に作品フォローしておく。二週間くらいしたらとりあえず星3を入れておく。篠塚ヨヨという人は相互が多く、クラスタの中心人物だから、媚を売っておくに越したことはない。定期的にこちらの作品もRTしてくれるし、彼女を経由したらしき読者がついたこともある。でも、互いに互いの作品の長文感想をツイートしたことはない。そしてそれを牽制するように、時々、二次創作界隈が発端の長文感想を競う文化を下に見たようなツイートをしている。

 碧月夜空、というペンネームを痛いと思ったことはある。夜。月。碧。空。黒歴史ハンネにありがちな漢字のてんこ盛り。それでもこれを使い続けているのは、中学生の頃にピクシブで推しカプが支離滅裂なエモーションで心中する二次創作を狂ったように書き続けていた頃の読者と、今も繋がっているからだ。だから時々、あの頃腐女子黒歴史ネタをツイートする。極稀に、これが一〇〇〇RTくらい伸びることがある。当時のジャンルの二次は、もう書かないし読まない。原作の連載は、長い中断を挟んで今も続いている。推しだった長髪剣士の少年は味方だったはずの組織に追われて身を隠してからリアル時間で五年以上全く登場していないし、もう一方の悪魔に魅入られた少年は、恐るべき力を封印されたまま時々顔を見せるだけ。なぜか今は、最初は悪役として登場したはずのキャラが主人公のように振る舞っている。たぶんもう、作者も風呂敷を畳めなくなったのだと思う。女の子のように線が細い男の子と、彼に冷たいけど女の子のような名前の男の子の関係性に夢中だった。当時は、「感情」とか「関係性」のような言い回しがそもそも存在していなかった。

 じゃあ、どうして今は小説を書いているんだろう。

 二次なら、自分の解釈をぶつけるとか、愛を発散するとか、言い訳っぽい理由をいくらでも並べ立てることができる。でも一次に場を移すと、そんなものは通用しない。

 褒められたい。

 すごいと言われたい。

 誰かに共感されたい。

 自分の感情は正しいのだと思いたい。

 間違っているんじゃないかという自分が自分にかけた呪いから解放されたい。

 色々と考えを巡らせても、結局はたった四文字の言葉に収束していく。

 承認欲求。

 違うんだ、と叫びたい気持ちをいつも堪えている。承認のためじゃないと騒いだら、承認のためだと認めているようなものだから。

 でも、読まれたい、と思うのは普通のことだよね。

 だったら、ツイッターのフォロワーが一〇〇〇以上いるのに更新後のPVが三〇もないことに、悲しい気持ちになってもいいよね。

 スマホを充電ケーブルに繋いでPCを開く。スリープから復帰すると即ナクヨムのダッシュボード。ブラウザの更新ボタンをクリックする。増えないPV。灯らない通知。最新更新は六時間前。

 一回あたりの更新を三〇〇〇文字以内に収め、更新は不定期にするのが、夜空のスタイルだった。一〇〇〇文字少しで更新していては、PV数欲しさに細切れにしていると思われる。でも五〇〇〇や六〇〇〇文字も一話に詰め込んでいては、読者への阿らなさが鼻につく。毎日更新では必死すぎ、定期更新ではお高く止まって見える。書き溜めて放出しています、とツイッターでアピールするのは、リアルタイムの反応を無視しますと宣言して読者を下に見ているようで反感を買う。かと言って「あと三〇〇字!」などとツイートするのは、頑張って書いている自分をアピールして歓心を買おうとしているようでダサい。

 肩の力を抜いて、自然体で創作をして、そのままのスタイルで受け入れられる。そういう自分が理想だけど、最後の受け入れられるの部分が足りない。

 碧月夜空の、ナクヨムでの完結済み長編は五つ。どれも二〇〇に少し届かないくらいの星を獲得して、伸びが止まった。うち三作は、過去のコンテストで読者選考を通過した。だからそれなりに面白いと思いたい。だが心のどこかでは、ツイッターでの交流のおかげでもらったお情けの評価なのではないか、と疑念を抱いている。

 タイムラインにいくつもの宣伝ツイートが流れていく。夜宣伝。昨日更新してます。本人だけがパワーワードだと思っているつまらない一四〇字の紹介文。意外なことに、この一四〇字という短い枠の中でも、凡庸な作品の凡庸さは溢れ出してしまう。画像がついているものも多い。一太郎で作ったようなロゴ。黒歴史一歩手前の下手なイラスト。もしもこのアカウントの中の人達に会えたら、訊いてみたい。今日も宣伝ツイお疲れさまです。PVいくつ伸びました? フォロー増えました? ひとりくらい星つけてくれました? ちなみにわたし、一応読者選考通過したことあるんですけど。三回。

 でも、宣伝しないわけにはいかない。誰かの目の前を通り過ぎていくだけだとしても、全く通り過ぎないよりはいい。一の可能性かもしれないけど、〇ではない。

 まず、流れていく宣伝のいくつかにいいねをする。それから一〇分くらい開けて、定期宣伝。六時間前に更新して宣伝した作品に、いつもの定型文を添えてタイムラインに放流する。しばらくすると、いいねしておいたアカウントからいいねとRTが返ってくる。先にいいねをされたから、気分をよくしているのだ。こちらは全部戦略でやっているというのに。

 さらにダメ押しをしておくことにする。

 共感を買って読まれるようにするのだ。そのために、過去にいいねしておいた小バズツイート読み返す。もっと読まれたい届けたい云々という、その人にとっては切実なのかもしれない思いの吐露だった。上手いのは、性癖に突っ走るバカ同人女を演じているということだ。

 コピペやパクツイと言われないように慎重に改変しながら、似たような文面を入力する。

 ツイートボタンをクリックした時だった。

 部屋の扉がノックされ、返事をする前に開く。ツイートを送信しました、という表示が現れて消える。

「茉由花」と夜空は言った。

 妹だった。夜空と同じく実家暮らしの二四歳。だが、医療系の専門学校を中退して無職の夜空と違って、デザイン系の大学を出て広告代理店に勤めている。毎朝七時半に家を出ていく時は、いつも小綺麗なオフィスカジュアルに身を包んでいる。でも外出帰りらしい今日はネイビーのワンピースに白いボレロ。いつも後ろでひとつに纏めている髪は、下ろして毛先を清楚にワンカールさせている。こういう時は彼氏に会った帰りと決まっている。

 茉由花の目が、ノートPCの前に座る夜空の爪先から頭頂部まで往復した。見ていることを悟られても構わない、むしろ見ていると知らせたいかのような無遠慮な視線だった。

 そんなに、着飾った自分を見せつけたいのか。着飾った自分を見せに行く相手がいる自分を誇りたいのか。

 茉由花は頭が幸せなのだ。今の立場を得たのは、自分の力だと思っている。実際は違う。子供の頃から、茉由花は我儘で、両親もその我儘を許した。お下がりの服を与えられると夜中でも構わず泣きわめくわりに、夜空が気に入っていた服ばかり欲しがった。そして両親はお姉ちゃんなんだから我慢しなさいと言って、茉由花だけを一方的に甘やかした。だから茉由花は、自分が幸福だから与えられているけど、他の人は努力しなければ手に入らないものが、わからない。自分より幸福でない人が想像できない。

 そんな茉由花に夜空は努めて厳しく接した。もちろん、親の愛を独り占めする妹への妬みもあったし、自分ばかりが割を食う理不尽への怒りもあった。だがそれ以上に、茉由花をまともにできるのは自分以外にいないと確信していた。このまま放っておいたら、他人の優しさを当然のものと思って感謝しない、自分とは違う方向性の歪みを抱えた人間になってしまうと思った。

 そして、俯いてばかりだった妹は、大学に入学したあたりから、逆に夜空に汚いものを見るような目を向けるようになった。妹の恋人は、いつも顔が良くてお洒落で清潔感があった。たぶん、関わりのあるグループで一番見た目の体裁がいい男を狙い撃っているのだ。そして必ず、姉である夜空に紹介する。まるでカエルやバッタを捕まえてくる猫みたいに。

 顔が良くてお洒落で清潔感、では正確ではない。

 夜空の恋人より顔が良くてお洒落で清潔感のある男なのだ。

 専門学校に入ったくらいから、別に興味がない男から言い寄られることが増えた。決まって、相手の気持ちを想像することが得意ではなさそうな、有り体に言うとモテなさそうな男ばかりだった。同期や先輩だけではなく、先生に迫られたこともあった。身体を触られたのだ。それで専門は中退した。

 うち何人かとは付き合ってみた。でもしっくりこなかった。相手が語る夜空のいいところが、夜空自身が考える自分と全く重ならなかったのだ。そしてピンボケした甘い言葉ほどおぞましいものはない。

 そんな夜空の前に、入れ代わり立ち代わり顔が良くて清潔感のある男を連れた茉由花が現れる。いい男に選ばれるいい女としての価値のようなものを見せつけてくる。

「今度、彼氏来るから」と茉由花は言った。

「うちに?」

「そう。近くなったら連絡するから。家にいてね」

 いつものことだ。

 茉由花は、恋人ができると必ず家に連れてくる。両親は、呆れながらもそんな茉由花を律儀だと褒める。本当の目的は、姉である夜空に見せつけることだとは気づいていない。それとなく、邪魔だから外出していようかと提案しても、家にいろと言ってくる。

 夜空がいないと茉由花は困るのだ。彼氏をわざわざ実家に連れてくる意味がなくなってしまうのだ。

 茉由花にとって、すべては姉への復讐なのだから。

 だからどんなにスペックが高くて性格も優しい男でも、長続きしない。そして茉由花本人も、次から次へと男を乗り換えるたびに自分をすり減らしているとわからない。

 ひとつの歪みを直したことで、茉由花を別の歪みへと導いてしまったという自覚はあった。でも間違っていたとは思わない。

「へえー。前の智くんじゃないんだよね」

「それ五年前だよ。お姉ちゃん、わざと間違えて言ってるよね。めっちゃ興味あんじゃん。ダサっ」

 智くんが前の前の彼氏であることは知っている。茉由花の男のことなら何でも知っている。茉由花自身が刻みつけてくるからだ。そして忘れたふりをして、妹の男のことなどどうでもいいと思っている自分を演出していることすら、一秒もかからずに悟られている。

「そんなことないよ」

「ふーん。じゃあ仕事辞めてボケたの? 駄目だよー、ちゃんと社会参加しないと。どんどんボケちゃうよ」

「ごめんって」夜空は苦笑いで応じる。何かひとつでも付け入る隙を見せると、茉由花はあれもこれもと次々と人格否定の言葉を繰り出してくる。唇は笑顔なのに、目は蔑みに染まった、いつもの表情で。その顔をする時、茉由花は自分の言葉でどんなに他人が傷ついても、正しいから許されると思っている。むしろ、そんな言葉を言わされる自分の方こそ共感されるべきだとまで思っている。「そっかー、彼氏かあ。何着よっかな」

「なんでもいいよ。そんなに気遣わないで」茉由花はにっこりと微笑む。「変なリボンとかボウタイついてない服とか、膝より下のスカートならなんでもいいよ。……あ、持ってなかったっけ?」

 扉が閉まる。夜空は、我知らず右手の爪と爪を擦り合わせている。

 怒るな、怒るなと自分に言い聞かせて、目をPCの画面に戻す。先程のツイートがいいねとリツイートされた通知が灯っている。一〇RT、二〇いいね。RT先といいね先を確認しておく。否定的なツイートは見当たらなかった。

 タイムラインを、書籍化作家のツイートが流れていく。


《@fukufuku_kurukuru 素人から一ヶ月で10万字書いて50万PV行って、書籍化するって言われたから物理書籍にしてもらった。それからは編集さんに言われてひたすら書いてるからわかんない…… #私が小説を書く理由》


 舌打ちしてホームを見てみる。リツイートだらけで本人のツイートがなかなか追えない。印税。猫が可愛い。嫁が可愛い。兼業だから忙しい。遅筆アピールの形を取った速筆自慢。感謝の言葉。

 また、気づけば爪と爪を擦り合わせている。

 ツイッターの通知は止まらない。先程のツイートと、前後した宣伝ツイートのいいねとRTの通知がスマホのホーム画面にどんどん連なっていく。

 交流が上手いだけの作家。

 あの書籍化作家とは、格が違う。それが碧月夜空。

 タイムラインに戻ると、今度は別のツイートが目についた。


《@nakuyomu_official 第6回ナクヨムWeb小説コンテスト 開催のお知らせ》


 夜空は深呼吸する。居間の方から、妹と両親の話し声が聞こえる。

 ナクヨムWeb小説コンテスト、通称ナクコンには夜空も一次創作を初めてからずっと参加している。小説サイト『ナクヨム』で一番大きな公募コンテストだ。毎回数多くの書籍化作家を輩出し、そしてその多くが消えていく。開催は毎年冬。

 今年も冬が来るのだ。

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