彼女の電子辞書に「サザエ」と入力した瞬間爆破装置が起動すると聞いた彼氏

  ** これまでのあらすじ **


俺――隙数寄すきすき寿帝夢じゅてーむはかくかくしかじかあって現在お付き合いさせていただいている同級生、仁義野じんぎの緒条おじょうさんの使っている電子辞書に「サザエ」と入力した瞬間起爆する爆破装置が仕込まれていると知った!

 犯人は組の人達がもう東京湾に沈めてくれたからいいけど、学校という公的機関に組の人達が乗り込んだら大騒ぎになってしまう!

 緒条さんの平和な高校生活を守るためにも、僕が彼女を守るしかないのだ――。


◆◆◆


「……ふう。今日も寿帝夢くんのお弁当はおいしいね」

「それは良かった」

 緒条さんはいつもの通り、ふわふわとした笑みを浮かべている。ああ、なんてかわいいんだろう。

 このふわふわとした笑みのためなら、僕はマリアナ海溝の底にドラム缶ごと沈められたって後悔はすまい。

「いつもいつもありがと、寿帝夢くん。私のために毎日毎日お弁当作ってきてくれて」

「そういう約束をしちゃったから」

「まったく、あんな意地悪な人達の言うことなんて聞かなくていいんだよ? どうせ銃の弾なんてそうそう当たらないんだから」

「いや。やっぱり一度交わした約束を一方的に破るような人には、なりたくないからさ」

「律儀な人だね。――でも」


 ぞっと。底冷えするような空気。ふわふわとした、綿菓子のような甘い雰囲気はいつしか消え失せ、緒条さんは目を開けてこちらを射貫くような鋭い視線で見つめていた。


「ねえ、寿帝夢」


 こころなしか、声音は普段よりいくぶんか低く感じられる。少し小柄なイマドキの高校生、仁義野緒条ではなく、極道の娘としての仁義野緒条がそこにはいた。


「隠しごと。してるよね?」

「………………」

「ええ。別に構わないわ。寿帝夢は私の伴侶となる人。今のうちから色々と抱えなくてはならないというのは、たしかに。そうでしょう――でもね」


 緒条さんは立ち上がった。


「それは私だって同じです。私だって組の人間なのだから、なにかあるなら話してほしい。私にも、背負わせてほしい」


 緒条さんの言うことはもっともだ。それに、僕達の間にそういう隠しごとを持ち込みたくないという思いは僕にもある。

 だが、話すわけにはいかない。

 緒条さんは薄々、いやはっきりと理解しているだろう。この平穏な高校生活が薄氷の上に成立しているのだと。

 けれど、それに甘えて本当に崩壊させてしまうのは、現実を見せたくはない。


「だとしても、嫌なんだ」

「それは、私が弱く見えるから?」

「違う。彼氏としての、わがままだよ」

「――そう」


 ふう、と緒条さんは目をつむった。それからふわりと、ただの高校生の笑みに戻って、


「なら、信じるよ。寿帝夢くん」


 そう言ってくれた。


◆◆◆


 ――さて。緒条さんの許可もいただいたので本格的に守るとしよう。

 前提として、緒条さんの電子辞書を預かるということはしたくない。それでは隠すことを許してもらった意味がなくなってしまう。

 幸い、起爆条件はそう簡単には満たされまい。電子辞書に「サザエ」と入力する機会がいったいどれだけあるだろう?


「はーい、今日の現代文は評論でぇす♡ それじゃあ134ページ、『サザエはなぜサザエなのか』やっていきましょー♡」


 まずい。

 電子辞書にサザエを入力する貴重な瞬間が訪れてしまう。


「分からない単語があったら電子辞書で調べて下さいねー♡」


 ヤバイ。

 サザエが入力されてしまう。

 いや、さすがにサザエをわざわざ調べるような人はいないだろう。だってあのサザエだぞ?


「……ねぇねぇ、寿帝夢くん。サザエって人名じゃなかったの?」

 ――ダメっぽい。

 いや、むしろこれは好機! ここで僕がサザエを教えてあげれば緒条さんがサザエを電子辞書で調べることも――

「はぁい♡ 授業中の私語は厳禁って、先生言ってますよねー♡」

 ――ダメっぽい。

 どうしよう。詰んだ。

 途方に暮れて周囲をぼうっと見てみると、廊下側の席でこそこそとやりとりしている人達が目に入った。なにをしているのかと見てみると、どうやら手紙を回しているらしい。

 これだっ!

「はぁい♡ お手紙は没収でぇす♡」

 ――畜生ッッ!

 まずいな。さすがにそろそろ緒条さんが怪しんでしまう。

 彼氏としてのわがままとかなんとか、色々かっこつけたけど限界かも――

「あれぇ♡ 仁義野さんは電子辞書どうしたんですかぁ♡」

「あっごめんなさい。電池切れでただの文鎮になってたんで鞄にしまってます」

 ――解決した。なにもせずとも解決していた。

「あらぁ♡ それじゃあ誰かに貸してもらうといいですよー♡」


 ◆◆◆


 放課後。僕は緒条さんから少しだけ訝しむような視線を向けられることになった。

「国語の時間、なんか不自然だった……」

「はい」

「電子辞書?」

「お察しの通りで」

「使うと爆発する?」

「だいたいそんな感じです」

「はぁ」

 緒条さんはため息をついた。

「さんざカッコつけておいて、結局自力ではどうにもできなかったというワケ」

「面目ない……」

「言葉だけで、行動が伴っていなかったと知ったら、うちの組の人達がなんと言うか……」

「…………沈められるかな」

「子供相手にそんなことはしないでしょう。けどまあ、色々大変でしょうね」

「…………」

 気が重い。

「まあでも、寿帝夢のわがまま、嬉しかったわ」

 緒条さんは立ち止まって、こちらへと振り返る。

「今回の件、寿帝夢があらかじめ私の電子辞書の電池を空のに取り替えておいてくれったってことにしておいてあげる」

「それは――」

「彼女のわがままが聞けないっていうの?」

「はい……ありがとうございます」

「善し」


 彼氏として、僕はまだまだ未熟だ。

 そんなことを痛感させられる一日だった。


(お題「電子辞書」「爆破装置」「サザエ」)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る