第5話 生前(かこ)と死後(いま)。
突然現れた死神、シニー・ガミ。私は彼の手引きによって幽霊でありながら幽霊の成仏の手伝いをすることになった。
そして、初めての仕事。それは、シニーの後に続いてその仕事を見学することだった。
自分の死後、変わってしまった妻。それを見て、自分の生前の行いを反省した。結果、ずっと抱いていた思いや、今更気が付いたことを伝えたい。それが田中正さんの未練だった。
しかし、人間に幽霊が直接かかわることはできない。そこでシニーは、特殊なレターセットを手渡し、そこに思いをしたためるといい、と言った。
そして私達は、田中さんの元へその手紙を受け取りに行く道中であった。
先日と同じように向かう道すがら、シニーは「少し基本をお教えします」と言った。
「まず、幽霊を成仏させるときに気を付けなければならないことが二つあります」
そう言ってシニーは、指を二本立てた。
「一つは、魂は、強い未練によって幽霊と成る。ということです」
その話は前も聞いたような気がする。しかし、私のこの心の声は聞こえていないのか、歩いは無視しているのか、シニーは話を続ける。
「今回の田中さんの場合、未練は妻への思いの方なのです。生前心に抱いていた妻への思い。それそのものが、彼を幽霊たらしめる」
「どういうこと?」
「死後、打ちひしがれる奥様を見て、彼は己の生前の行いを反省したとおっしゃっていました。しかし、それでは順序が逆なのです」
その回りくどい言いまわしにやきもきしながらも、少し考えた。
「つまり――、生きている時に後悔していることがないと、そもそも幽霊にならないから、ってこと?」
シニーは、いつもと変わらない胡散臭い笑顔で頷いた。
「正解です。先日田中さんがおっしゃっていたことは、死後の感情です。即ちそれは、本来の未練ではない。もちろん、死後の感情が未練となることもあります」
「田中さんはそのパターンだったってこと?」
「そうです。正確には見えなくなっていた、といいますか」
「見えなくなっていた?」
「レイさんもそうですが、幽霊の多くは自分が幽霊であることを認識していない場合が多い。田中さんの場合、それが現状を作ったんです」
「――、そっか! 幽霊の自覚が無くて、その上で奥さんが打ちひしがれているのを見たから、そのことが新しく心に引っかかっていた、ってこと?」
「はい。要するに、です。手紙にしたためられていることは、基本的に彼が幽霊である本来の未練とは関係ないと考えていいでしょう」
「え? じゃあなんで手紙書かせたの? それを出しても成仏しないってことでしょ?」
すると、シニーは笑みを鋭くした。
「そこで、二つ目です」
「二つ目」
「二つ目は、未練というものは上書きされる、ということです」
私は思わず絶句してしまった。
だってそうだろう。ここまで聞いた根本的な未練云々の話は何だったんだ。
「まぁそう言いたくなる気持ちもわかります。話を聞いてください」
「心を――」
「読んでません。顔に出てます」
「くっ」
「それはともかく。最初に言いましたよね。魂は、「強い未練」によって幽霊に成る、と」
「――死後、本来の未練よりも強い未練を抱いたら、そっちに上書きされる、ってこと⁉」
「その通りです。優秀ですね」
「だから手紙でいい、ってことかぁ……」
「そしてもう一つ。この二点から導き出されることは、生前の人間性や行いがあまり反映されない、もしくは、参考にならない可能性が非常に高い、ということです」
「え?」
「田中さんの最初の未練は、もしかしたら家に隠した遺産が見つかるかもしれない、という不安だったかもしれない。でも、幽霊として気がついた時に傷ついた奥様を見て、そのことが心配になった。そして、そちらがより強い未練となった」
私には、シニーの言うことが分からなかった。いや、意味は理解できるが、何故それを、今、私に言うのかがわからなかった。
すると、また顔に出ていたのか、心の声が漏れていたのか、シニーは「理由は簡単です」と口を開いた。
「幽霊の未練と、遺族の感情が一致しないパターンもある、ということを頭に入れておいて欲しかった、ということ。そして、レイさんが生前どんな人間であっても、今のレイさんには関係がない、ということです」
シニーの表情はうかがえない。というか、いつもと変わらないように見えるからわからない。いつも通りに胡散臭い笑顔だ。
シニー・ガミという男はいったいこの笑顔に、どんな思いを込めているのやら。
でも、私は何となく、初めて、シニーをいい奴だと思った。
「心配してくれてんの?」
からかうように笑ってみる。シニーの表情は変わらない。
「案外優しいんだね」
ニヤニヤとシニーの周りを飛び回ってみる。
「まぁ、気にするほど繊細でもないですか」
すると、シニーは私よりも先に行ってしまった。
「あっ! 逃げた! 照れんなよ~」
「いいから早く。田中さんの家に行きますよ」
私は、足早に進む死神の後を追った。
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