第4話 右も左もわからぬ新人ですが。

 ひょんなことから、死神と一緒に幽霊の成仏のお手伝いをすることになった私。

 その初仕事であった。

「妻とは二十歳離れているんだ。妻がはたちの時に嫁に貰った。私が見てもわかるくらい、嫁姑の仲はあまりよくなかったと思う。きっと、彼女には居づらい家だったろう」

 成仏対象者、田中正さん(享年九十七歳)は、その歳に見合わずすらすらと喋る。

「やがて息子が二人生まれた。大変なことも沢山あったが、幸せな日々だった。そして月日が経って、息子たちが独り立ちし、この家は私と妻だけになった」

 田中さんはもう一度、仏壇を眺めるばかりの奥さんを見た。

「妻は、良く笑う娘だった。出会った時から。どれだけ私の母親に嫌味を言われようと。子育てが大変だろうと。笑顔だけは絶やさなかった」

 だんだん、田中さんの声が潤んでいく。

「私は大馬鹿者だ。こうして死んで、彼女が笑顔を失って、初めてその笑顔の大切さに気が付いた。生前、私は彼女に感謝など述べたことがなかった。そこにあるのが当たり前だった。気恥ずかしさから、いつもぶっきらぼうな態度をとってしまっていた」

 言葉と、涙の一つ一つから、後悔が滲む。

「それでも彼女は笑顔を絶やさなかった。私はその理由が知りたい。そして、せめて一言、感謝を伝えたいんだ」

 私はシニーの方を見る。すると、彼はいつも通りの胡散臭い笑顔のままだった。

「ちょっと! どうするの? 幽霊は現実世界に干渉できないんでしょ⁉」

 小さな声でシニーに言う。するとシニーは、「大丈夫です」と言って笑った。

「田中さん。幽霊が直接現実世界に干渉することはできません。しかし、その不可能を可能にするのが我々死神の仕事。お任せください」

 恭しく一礼をしたあと、シニーは鞄からレターセットのようなものを取り出した。

「このレターセットに、思いの丈をありったけ書いてください。我々死神局には、現世郵便課がございます。幽霊から人間へ、思いを伝える唯一かつ一度きりの手段です」

「唯一ってのはわかるけど、一度きりなの?」

 思わず私は尋ねた。するとシニーは小さく頷く。

「是非、今の思いの丈を心ゆくまで綴って下さい。また後日、お受け取りに上がります」

 田中さんは、レターセットを受け取って、それをずっと眺めていた。

「では。本日はこの辺で失礼させて頂きます」

 シニーはさっさと立ち上がり、田中さんと奥さんに一礼したあと、同じように壁をすり抜けて帰って行った。私も慌てて後を追う。


「あれは嘘です」

「え?」

 田中さんの家から少し離れ、私は手紙のやり取りが一度きりな理由を尋ねた。

「嘘ってどういうこと?」

「シンプルな話です。死後も想い人と手紙でやり取りができるとなれば、それが新たな未練になってしまう可能性がある、ということです」

 なるほど、と納得してしまう。

「何度も言いますが、幽霊という存在は、本来存在してはならないもの。幽霊が幽霊としてのアイデンティティーを得てしまうのは、良くないことなのです」

 それを言われて、じゃあ私はどうなるんだ、と思う。

「ですから、レイさんはイレギュラーです」

「~~…………」

 田中さんは、一体どんな手紙を書くのだろう。私はなんだかワクワクしてきた。

「手紙を書いた後、受け取りに行くのはなんで?」

「我々には田中さんの成仏を見届ける義務があります。それに、手紙を出した時に成仏されるか、読まれた時に成仏されるか。もしかしたら書ききった時に成仏する可能性もありますし、逆に手紙を読まれても成仏しない場合もある。一筋縄ではいきませんから」

「じゃあ、成仏しなかったら?」

「その時は、次の手を考えるしかありません。今回、レイさんは見学です。どうやって死神の仕事をこなしていくのか。見ていてもらいます」

 

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