第3話 当たり前みたいに、壁も扉も突っ切る。

 二階建ての一軒家。赤い屋根が目印の、古く、懐かしく、優しい雰囲気のある家だった。

「ここが田中さん宅ですね」

 シニーが資料に目を通しながら言った。

「では、行きますか」

 そして、さも当然のように扉をすり抜けて中へ入った。

「え? あ、ちょっとまって!」

 少し抵抗がある。気が付いたら幽霊だったとはいえ、扉にそのまま突っ込むのは……。しかも人の家だ。

「~~ええい、ままよ!」

 すみません、田中さん! と思いながら扉へ突進する。すると、なんの抵抗もなく家の中へ入ることができた。続いて、人様の家に土足で踏み入ったような、罪悪感に襲われた。

「いいんですよ、そんなことは気にしなくて」

「ぐっ……」

「田中さんは、仏間にいる様です」

 シニーは壁を突っ切って、一気に仏間へと向かった。私も後に続く。幽霊とはいえ、壁を突っ切って進んでいくのは慣れない。壁から自分の身体が生えている違和感を覚えながらも、仏間へとたどり着いた。

 そこには、よれよれの菫色のセーターを着たおばあさんが、仏壇に向かってぼうっと座っていた。そして、そのおばあさんを見守るように、同じようによれよれの緑色のセーターを着たおじいさんが浮いていた。

「田中正さんですか?」

 シニーの声かけに、おじいさんは驚いたような顔を向けた。

「……あんたたちは……?」

「私たちはこういうものです」

 二人して名刺を渡す。

「死神……? 成仏……?」

「はい。我々はあなたを成仏させる為にやってきました」

 シニーの言葉に、田中さんは思うところがあるようだった。

「あなたはお亡くなりになられてから日が浅い。まだ生前の記憶もあるようだ。ご自分の未練が何か、わかっておられるのではないですか?」

「……あぁ」

 少しうつむいたあと、田中さんは再びおばあさんを見た。

「妻のことが心配でな……」

「奥様、ですか」

 田中さんは頷く。

「私が死んでから、ずっとああして仏壇をぼうっと眺めるばかり。笑うこともなくなった。せめて一言、声をかけてやりたい――」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る