【第零ノ弐話】呆けた色に変わっている、緑の電話と蛍光灯。

おそらく殺し屋の、緑の電話ボックスらしきものを背負った謎の少女が、男達の死体をランニングシューズでグリグリしながら質問をしてきた。


「何で君は『ハギノ』を知らないんだ?どっから来たんだ?」


死体についてとてもツッコミたいのだが、先に質問に答える。


「ちょっと……遠い街から来たんだ。だからあまりこの『ハギノ』を知らないだ。」


 別世界から、急に飛ばされたなんて言ったって信じてもらえ……あっ!


「君、もしかしてアホ?」


呆れた顔で言う。――なんぼでも言え。


「ああ、どうやらそのようだ。」


「ところで別世界から来た事に、何でそんなに驚かねえんだ?」


「最近この街にとどまらず、各地で不可解な失踪事件がおきてるようだからな。もしかしたら君は、別世界の方で、此方の世界の事件に巻き込まれたのかもね。」


「……へぇ。」


「でも何で俺の元々いた世界でおきたんだ?」


「それはわからないな。」


「わかんないのかよ……。」


「でも君が異世界、此方の世界に来ている事がまず一番の謎だろ?」


「まあ確かに。」


 ふと空からバサバサと布団の埃をはらっている音が狭い路地に落ちてくる。

 路地を裂いて見える空は幽かに紅く染まって宵の口がじりじりと近づく。そこを、産まれたてのヒナみたいな見た目をした巨大な鳥が、バサバサと音をたて飛んでいた。

 少女が背負う緑の電話ボックスは、受話器はもちろん、金槌や、御札が貼ってあり、とてもごちゃごちゃしている。それはまるで路地裏の壁のようだった。少しずつ心の騒めきがおさまってくる。


「名前は?」


「君、名前を訊ねる時は、最初に名のるのが礼儀ってもんだろ。」


「随分、定番なセリフだな。」


 「すまんかった。」と言いながら右手を項に置きながら次に言う言葉を口にのせる。


「俺の名前は膳所凛太郎ぜぜりんたろうだ。」


「異世界なのにこっちと同じ様な名前だな。」


 少しだけ少女の目が大きくなった。ポケットに手を突っ込むとき少女の手に目が反射的に移ったが、包帯やら絆創膏やらが、ちらりと見えた。


「…………?」


「僕の名前はだな、夜久日登美やくひとみだ。」


 そう言い、少しだけ口の両端を釣り上げた。


「へぇ……、不思議な事もあるんだね。」


 確かに名前は異世界だからヨーロッパっぽい名前かと思ったら、バリバリ日本だ。

いや、異世界だからイコール西洋は違う気がする。昔から日本風の異世界ファンタジーは普通に存在したし、なんなら九龍城みたいな、本当にこの今いる世界まんまの作品は、あったわけだ。

 路地裏の影が濃くなり、黄昏たそがれ時の終わりを告げる様に、ごったがえした香りが裏路地に流れ込む。その匂いが屋台や飯屋の香りだとすぐさま理解した。元々昼から何も食べて無いので、釣られてギュルルとお腹が鳴る。


「助け賃……といきたいとこだが、色々と君に興味が湧いてきたよ。私は例の失踪事件を追っているんだ。情報料として一杯飯を奢ろう。」


 はぁ……と、溜息を付きながら、言う。


「ホントか!とても嬉しい……のだが、よ……少女に恵んでもらうとかプライドが傷つく。」


「……君、幼女って言いかけたろ。あと思った事口に出すタイプだろ。嫌われるぞ。」


「おかげで散々苦労しましたよ。」


 グリュリュリュと俺と夜久のお腹がシンクロする。若干の沈黙。それを打ち破るように、口を開いた。


「そろそろ俺の腹も限界だし、それじゃあ適当に近くの店に行くか。」


「私の金だぞ!躊躇ちゅうちょしろ!」


 8、9メートル先にある路地裏の出口に向かって、俺達は歩きだした。

 路地裏から出て、右手の方には寂れた看板とネオンがあり、左手の方にはまたもや寂れた看板とネオン、そして錆で汚れた自動販売機が一つ。ぽつんと置いてあったその自動販売機は剥がれかけていたり貼ったばかりのステッカーが所狭しと貼ってあり、時々マーカーペンで描かれたグラフィティがある。今にも消えそうな看板の灯りでも集まれば、そこそこな明るさになり、居酒屋通りはこんな感じなんだろうなと思った。行ったこと無いけど。

 ところで異世界に来ても随分落ち着いてきている事が、自分自身でも驚きだ。しかも相手は初対面なのに、やけにお互い馴れ馴れしい。

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自堕落な俺、血達磨な街。 刈割セイネ @touzui

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