第三十三話「初音出撃~ヤマブキの力~」

☆ ☆ ☆


「……道也くん……」


 初音は、空を見上げたまま呆然と想い人の名前をつぶやく。


「もう、わけわからないよー! なんなのこの戦い!」

「……異次元としか……言いようがない……」


 芋子と茶菓も同じように、ただ空を見上げることしかできないようだ。


「お兄ちゃん……このままじゃ、危険なの……」


 ヤマブキはギュッと拳を握りしめると、一歩踏み出す。

 それに気がついて、初音は慌てて制止した。


「ヤマブキちゃん? だめですっ!」


「……お姉ちゃん、お父様は……魔王は、まだこれから強くなるの……秘儀の力は、こんなものじゃないはずなの……このままじゃ、お兄ちゃんが危ないの……だから、ヤマブキが助けに行かなきゃいけないの……」


「だめですよ、ヤマブキちゃん、危険すぎます!」

「で、でも、このままじゃダメ、なの……お兄ちゃん、やられちゃうの……」


 そうなることを確信しているのだろう。

 ヤマブキの瞳は、不安げに揺れていた。


「ヤマブキちゃん……でも……」


 今の状況で加勢しようとしても、逆に足手まといになることは初音自身わかっている。でも、今すぐにでも駆けつけたい気持ちはある。それは当然のことだ。


(どうしたら、いいのでしょうか……ヤマブキちゃんがここまで確信しているということは……)


 初音は心を落ち着けて思考を巡らせる。

 そこで、ヤマブキが意を決したように声をかけてきた。


「……実は、ヤマブキの力を一時的にお姉ちゃんに貸すことができるの……このままじゃ、きっとお兄ちゃんは押しきられちゃう……ヤマブキじゃ、お父様相手には力を発揮できないの……植えつけられた恐怖心が強すぎて……だから、だから……」


 ヤマブキは遠く離れた魔王を見つめるうちにガタガタと震え始めた。

 やはり心の底に植えつけられた恐怖は根深いようだ。


「……お姉ちゃん、お願い……お兄ちゃんを、助けてあげてほしいの……ヤマブキのことを受け入れてくれた優しいお兄ちゃんを……救ってほしいの……」


 ヤマブキは涙を流しながら、初音に抱きついてきた。


「ヤマブキちゃん……わかりました。道也くんを助けられる手段があるなら、わたしからもお願いしたいです。お願いします、ヤマブキちゃん。ヤマブキちゃんの力を、どうかわたしに貸してください……!」


 初音はヤマブキを軽く抱きしめて、安心させるように何度も背中を撫でた。

 そうしているうちに、ヤマブキの震えは少しずつ収まっていった。


「……ありがとう、お姉ちゃん……心が落ち着いたの。これで魔力移譲の秘儀を使うことができるの……」


 ヤマブキはそっと体を離すと、初音の右手にそっと握って自らの口元に持っていった。


「えっ? ヤマブキちゃん……?」

「魔力移譲の秘儀に必要なの……初音お姉ちゃん、じっとしていてほしいの……」


 ヤマブキは小さく口を開くと初音の人差し指を咥えこんでいった。

 熱い口内の感触に、初音はビクッと反応してしまう。


「んちゅっ……」

「や、ヤマブキちゃん……」


 くすぐったさに初音は身をよじる。

 だが、指を通して――ヤマブキの魔力が体内に流れ込んでいくのがわかった。


(……すごい、です……これがヤマブキちゃんの魔力……)


 やがて、ヤマブキの身体が赤く発光する。それとともに全身に力がみなぎっていき――初音自身からは青紫色のオーラが放出され始めた。


「……ん……これで、秘儀は終了なの……」


 指から口を離したヤマブキの表情は、眠たげだ。


「……これで、一時間ぐらいは……初音お姉ちゃんの戦闘能力は格段に跳ね上がるの……魔法も、お兄ちゃんみたいに自由に使えると思うの……お願いするの……お父様を……魔王を倒して……この世界に平和を取り戻してほしいの……」


 そこまで言うと体力の限界が訪れたのか……初音に向かって倒れこんできた。

 それを抱きとめて、初音はヤマブキに優しく囁いた。


「……ありがとうございます、ヤマブキちゃん……ヤマブキちゃんから貸してもらったこの力で道也くんと一緒に戦って、必ず世界に平和を取り戻します……」


 初音は決意を新たに空を見上げる。

 漲る力によって、戦況を見ても足が竦(すく)むことはなくなっていた。


「それでは……行きます。芋子ちゃん、茶菓ちゃん……あとは頼みます!」


 決然として告げる初音に、ふたりも頷いた。


「ヤマブキちゃんはあたしに任せて!」

「……川越の町は茶菓たちが守る……存分に戦ってきて……」


「はい! みんなのぶんまで存分に戦ってきます! ヤマブキちゃんのこと、川越の町のこと……頼みました!」


 ヤマブキを芋子に預けると、初音は視線を戦友とかわしあう。

 本当は、みんなだって一緒に戦いたいはずだ。

 でも、足手まといになることがわかっているから、こうして託してくれる。


「初音、出撃します。帰ったら一緒に鰻重を食べましょう!」


 悲愴なだけでなく少し茶目っ気も出して――でも、すぐに表情を引き締めて――霧城初音は地を駆け、空へ翔け上がっていった――。

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