第三十一話「一対一の総力戦」

★ ★ ★


 秘儀を用いた魔王ザガルドは――巨大化していた。


「ぐふぅ……!」


 大地を踏みつけ、木々を破壊し、雄々しく歩を進める。

 それはあたかも、山が進撃しているかのような悪夢そのものの光景であった。


 この世界に散らばる無数のモンスターを吸収して自らの血肉と化し、これ以上ないほど魔力と腕力を上昇させたのだ。


(……四天王と魔王軍の諸将が勇者を消耗させたところで、わし自ら勇者ごと忌々しい異世界人の町を踏み潰す――)


 この姿になることで敏捷性は失われるが、圧倒的な防御力と破壊力と無尽蔵の魔力を手に入れることができた。


 異世界人たちの使う謎の長距離攻撃兵器に対抗するには、この姿になることが一番であると確信したのだ。


 魔王であるがゆえに、さまざまな魔法を使うことができる。

 たとえ自らが鈍重であっても高速追尾魔法で武器を射出すれば、問題はない。


「面妖な兵器によって調子に乗っている人間たちに鉄槌を下してくれるわ!」


 頃合いはよし――と、魔王ザガルドは空中に浮遊した。山のような体はゆっくりと、地を黒く覆いながら――勇者の守る小江戸川越へ向かった。


☆ ☆ ☆


「なっ……!?」


 圧倒的な魔力と信じられないような巨体を誇る魔王の姿を、道也の視界は捉えた。


「あんな巨体が空に浮く?」


 これまでに空を飛ぶ魔族を見てきているとはいえ、通常の魔族の三十倍はあろうかという大きさにたじろいだ。


「くっ、関係ない! でかかろうと強かろうと、俺がやることは川越を守ることだけだ!」


 瞬時に心を戦闘モードに切り替えた道也は、先手を打って長遠距離射撃を開始する。まだ距離は1キロ以上あるだろう。だが、的は大きい。


 ――ダァン! ダァン! ダァン!


 道也の放った銃弾は、巨大な魔王に次々と吸いこまれていく。

 全弾、胸部に命中。鎧兜のない部分を見事に狙い澄ましたが――。


「……効いてない……だと?」


 魔王の進撃は、まったく止まる気配がない。四天王やイヅナを屠った銃弾も、どうやら魔王にほとんどダメージがないようであった。


「なら、数を増やすだけだ!」


 道也は次々と魔力を銃弾に変換して、放っていく。

 ガトリング砲ほどの連射力はないとはいえ、可能な限りの速さで撃つ。


 通常の魔族なら一撃で霧消するような銃撃を数十発受けても、魔王は止まらない。

 それどころか――近づく速さが増していた。


「くそっ、来るな!」


 本能的な恐怖心を覚えながら、射撃を繰り返す。

 だが、あれだけの銃弾を浴びても魔王はダメージを受けた様子がない。


「ぐははははは! 無駄だ! 無駄だ! 勇者、貴様はここで終わりだ!」


 天地を震わす大音声が響き渡り、ビリビリと身体に震えすら走る。

 巨大な瞳は血走り、憎悪と殺意に溢れていた。


「終わるのはお前のほうだ! おまえを倒して魔族と人の戦いを終わらせる!」

「ほざけ! 異世界人めが! ここで死ねぇい!」


 魔王から強烈な魔力が発するとともに――背中から数十を超える黒い蛇のようなものが射出された。


(蛇? いや、矛か?)


 蛇のような形をした矛――『蛇矛』――が渦を巻くように襲いかかってくる。


「くっ……!」


 道也は魔王本体から蛇矛に向けて銃撃を切り替え、そのうちのいくつかを撃ち落とした。しかし、それでも十を越える蛇矛が襲いかかってくる。


(射撃、間に合わないか)


 こうとなっては銃剣で斬り払うしかない。道也はギリギリまで射撃を続けてから銃剣モードに切り替え、肉薄してきた蛇矛を勇者の力を込めて斬り払っていく。


(……硬い、だが――!)


 勇者の力を込めた斬り払いによって、蛇矛を霧消させることができた。

 しかし、射撃で落とせないぶん次々と新たな蛇矛は供給されてくる。


(キリがない……! だが、ひとつでも町に行かせるものか!)


 背後には初音たちがいる。

 自分はなによりも大事な人たちを守るために戦っているのだ。


 道也は魔王への攻撃よりも守備主体に切り替える。

 つまり、防戦一方になることを意味するが――。


「やってやる!」


 自分から逆に迎え撃って蛇矛を斬り払い、本体に射撃をしていく。

 相手の攻撃数が多いのなら、単純にそれを上回ればいい。

 道也はさらに勇者の力を解放して加速し、蛇矛を潰していった。


「ぬぐぅ! 手数で上回ろうなどと! 舐めるな勇者ぁ!」


 魔王は背中のみならず全身から蛇矛を放出していくが、道也は全力で挑んでいく。


「負けるかよ! 負けられるか!」


 数百を超える蛇矛をめまぐるしい動きで捌きながら、道也はひたすら反撃と攻撃を繰り返していった。


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