第三十話「地と空、町と人」

☆ ☆ ☆


 新と小江戸見回り組の砲撃・銃撃を潜り抜けてきた魔族は、初音たちが着実に仕留めていた。


(道也くんが敵を引きつけてくれているおかげで楽に戦えてますね)


 初音はまた一体魔族を斬り倒して、状況を把握する。


「こっちもオッケー!」

「……倒した……」


 芋子と茶菓も、新たち小江戸見廻組も全員無事。

 道也のおかげで、川越防衛は完全に成功していた。


「道也くんは?」


 遠方の空を確認すると、道也は目まぐるしく翔け回りながら敵軍に凄まじい射撃と刺突を繰り返していた。みるみるうちに、数が減っていく。


「すごいです……道也くん」


 もし道也が覚醒していなかったら、為す術もなく川越は壊滅していたかもしれない。初音ですら一対一で魔族を倒すのに時間がかかるほどなのだ。

 そこへ……。


「お兄ちゃん、すごいの……」

「ヤマブキちゃん? だめですよ、家にいなくちゃ」


 ヤマブキは初音の家に置いてきていたのだが、戦闘が気になったのか出てきてしまったようだ。


「ごめんなさい、お姉ちゃん。でも、ヤマブキ、気になって……」


 素直に謝るヤマブキだが、その表情は曇っていく。


「……うっ、うぅ……そ、そろそろ、来るのっ……お父様が、やって来るの……怖いの」

「大丈夫ですよ、ヤマブキちゃん。わたしたちも道也くんもいますから」


 初音は刀を鞘に収めると、ヤマブキの背中を優しく撫でてあげた。

 こんな小さな身体に恐怖を植えつけられていることに、心が痛む。


「大丈夫だって! 新さんたちもいるしね! あのガトリング砲とかいうすげーのもあるし!」

「……川越は落ちない……茶菓たちが決して落とさせない……」


 芋子と茶菓も励ましの言葉をかけたことで、ヤマブキも落ち着きを取り戻していった。震えが止まり、表情から怯えが消えていく。


「……ありがとう、お姉ちゃんたち……ヤマブキも、この町を、みんなを守りたいの」


 そして、意思の籠った瞳で空を見上げる。遥か前方の上空では道也が休むことなく銃撃を続けており、敵の数を減らしていた。

 町は安全だが、すぐそばは戦場なのだ。


「ありがとうございます、ヤマブキちゃん。無理しなくて大丈夫ですよ。ここはわたしたち川越市民に任せてください」


(こんな年端もいかないヤマブキちゃんまで戦わようとする魔族なんて、絶対に間違ってます)


 戦いの時代に終止符を打つためにも、絶対に魔王には負けられない。

 初音は決意を新たにした。


「皆さん、がんばりましょう。この戦いに必ず勝って、戦いの時代を終わらせましょう」

「うん、必ず勝つ!」

「……茶菓たちの代で戦いを終わらせる……」


 ずっと一緒に戦ってきた仲間たちと改めて気持ちをひとつにする。

 そして、銃創を負いながらも来襲してきた魔族を、初音たちは抜群の連携プレイで迎え撃つのだった――。


☆ ☆ ☆


「これで、残り百ってところか!」


 魔力は、いっこうに尽きる気配はない。

 ゆえに、銃弾は無尽蔵といってもいいほど生み出すことができる。いかな魔族たちが強くとも、刀槍、弓矢では銃には敵わない。


 人知を超えた勇者の力と銃というオーバーテクノロジーが合わさって道也は空の戦場を完全に支配していた。


 最初は凶悪そのものだった魔族たちも、今は怯えの表情を浮かべている。

 空中にもかかわらず浮足立っていた。


(本当は俺だって戦いたくはないんだ! でも、みんなを守るためにはやるしかないから――!)


 ともすると萎えそうになる闘争本能を奮い起こし、銃撃を続行する。

 魔族たちにとっては絶望的な状況だが、それでも逃げることはなかった。


(こんな死に方してまで戦うことを選ぶのかよ!)


 ヤマブキが川越観光を楽しんでくれた姿を見たときは、もしかすると魔族とわかりあえる日も来るかもしれないと思った。


 しかし――魔族は、やはり生粋の戦士なのだろう。

 友好を結ぶことよりも、戦士として死ぬことを選んだのだ。


(魔王さえ倒せば――魔族のトップさえ倒せば……きっと変われるはずだ――)


 少なくともヤマブキは川越の町を楽しみ、気に入ってくれた。

 だから、この戦いで絶対に魔王を倒さねばならない。


 その意思を貫徹することだけを考えて銃撃と突撃し続け――ついに、道也は押し寄せてきた魔族の大軍をたったひとりで壊滅させた。


「……っ……! ……はぁ、はぁっ、はぁ、はぁっ……!」


 敵を殲滅しきったところで、遅れて疲労と呼吸の乱れが出てくる。

 四天王戦からずっと神経を使う戦いの連続だったのだ。


 いくら魔力量が無尽蔵といっても、精神力と体力についてはそうはいかない。

 勇者の力があるといっても、本来的に道也は戦士ではないのだ。


(この短時間で、どれだけの魔族の命を奪ったんだろうな……)


 仕方なかったとはいえ、多くの魔族の命をこの手で奪った。

 その事実は、消えることはない。


(はは……本当に勇者っていうのは、魔族にとって悪夢のような存在だよな……)


 自嘲しつつも、虚無感が込み上げてくる。

 心が暗く染まっていくかのようだった。

 だが、そこで――背後から温かい気配が近づいてきた。


「……道也くん! 大丈夫ですかっ!? 怪我はないですか!?」


 振り向くと、初音が空を飛んでこちらに向かってきていた。

 言葉をかわしてそこまで時間は経ってないのに、やたらと懐かしく聞こえる。

 戦いで荒んでいた心が、和らいでいく。


「初音っ!」

「はい、初音です。大丈夫ですか?」


 その声を聞いた途端に、硬く固まっていた心が柔らかくなっていく。

 初音は、すぐそばまで飛んできて止まった。


「ありがとう、来てくれたんだな。町のほうは大丈夫だったか?」


「はい。新さんがすごい武器で魔族たちを手負いにしてくれたおかげで、わたしたちでも倒すことができました。怪我人も軽傷が少しいるぐらいです」


「そうか……よかった」


 四天王戦で思った以上に動きを封じられたことで序盤は町の防衛戦にまでは意識を向けることができなかったが、守備隊と初音たちは上手く連繋して防ぎきったのだ。


「ヤマブキちゃんが……魔王が来る気配がすると言ってました。おそらく、これから、また戦いになると思います……」

「やはり、そうだよな……俺も、それは感じていた。勇者の力ってやつなのかな……魔族の気配が、わかるんだ……」


 そして、その強大さと凶悪さも推し量ることもできた。


 四天王のときにもすさまじいプレッシャーを感じたが、遠く離れているであろう今でも、その驚異的な魔力を嫌でも感じられた。


「前線まで来てくれて、ありがとう。でも、ここは危険だから……また町の防衛に回ってくれ」


「でも」


「初音に万が一のことがあったら、俺、生きていけないから……今だって、勇者の力で自分自身を見失いそうになってたからな……俺の帰る町を、川越を、守ってくれ」


「…………わかりました。道也くんの帰る場所を守りながら待ってます……必ず、生きて帰ってきてください……!」


 道也は左手に武器を持ち帰ると、右手で初音の肩を軽く抱き寄せた。


(この温もりを守るために、絶対に生きて帰らないとな……)


 魔王が近づく気配は、ヒシヒシと伝わってきている。

 本当は両手で強く抱きしめたかったが、今はこれが精一杯だ。


「それじゃ、初音。川越の町を頼んだ。まだ、敵の軍勢が来るかもしれないしな……」

「はい、道也くんも、どうかご無事で」


 体を離すと、初音は名残惜しそうにしながらも前線から離れていった。

 少し離れたところで待っていた川越娘も、それぞれ手を振る。


「あたしたちも待ってるからねー!」

「……茶菓たちも、待っているから……がんばって……」


 みんなの言葉によって、心がさらに和らいでいく。

 そして、川越の町からも防災無線を通した新の声が聞こえてきた。


「がんばれよー! 雁田道也! 川越の希望の星!」


 それに続いて、川越各所から「がんばれー!」とか「頼んだぞー!」という声援が上がった。


「……ほんと、俺には、みんながついてくれているんだな」


 道也は銃剣を掲げると、初音たち、そして川越方面に向けて左右に大きく振る。

 初音たちもはこちらに手を振ると、川越市街へ戻っていった。

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