第二十六話「魔王と謎の声」

★ ★ ★


 イヅナがやられたところで、魔王ザガルドは水晶を叩き割った。


「ぬぐぅ! ついに勇者が現れおったか……!」


 これまで代々の魔王は、例外なく勇者によって討たれてきた。

 勇者は、あるとき人間の中から覚醒する。ゆえに、先手を打って人間を根絶やしにすべくこれまで軍を動かしてきたのだが――。


(あの見慣れぬ飛び道具といい、空を飛ぶ女たちといい、カワゴエとかいう町にいる連中はこれまでの人間と種類が違いすぎる)


 武装した人間たちはこれまでにもいたが、あの強さや未知の武器を操るところは異質だ。この世界の人間とは明らかに文明レベルが違う。

 異世界から町ごと転移してきたと見るのが正確な分析だろう。


 代々の勇者はこの世界の人間から選ばれてきたが、今回、初めて異世界人が勇者化したということになる。


(あの飛び道具を持った男……あれは脅威だ……)


 魔族の中でも指折りの戦士イヅナですら一撃で葬り去られた。

 勇者の力と未知の武器が合わさるということは、災厄以外のなにものでもない。


「こうなったら、ワシも秘儀を用いるしかあるまい」


 イヅナが死に、ヤマブキも敵の手に落ちた。先鋒部隊が容易く壊滅したことから追加の軍勢を出しても、いたずらに消耗するだけだろう。


「戦闘種族である魔族を統べる魔王の力、異世界人どもに見せつけてくれるわ!」


 魔王は水晶の欠片を踏み潰すと、秘儀を執り行うべく魔王の間を出ていった――。


☆ ☆ ☆


 夕暮れの小江戸川越――。


(ふぅ……今日は疲れたな)


 初音たちと自宅に帰る道すがら、道也は急激に疲労を覚えた。


(無理もないか)


 『勇者の力』に目覚め、敵の騎鳥兵を壊滅させてイヅナを討ち取り、魔法としか言いようのない不思議な力まで使って初音たちの傷を癒したのだ。

 一日――というよりも数十分の間に、あまりにもいろいろなことがありすぎた。


 なお、ヤマブキは話し合いの末、初音の家に泊まることになった。

 それがヤマブキのメンタルにとって一番良いだろうという判断だ。


(明日から、また戦いの日々かな……下手すれば夜に襲ってくる可能性もあるけど)


 これからも気を抜けない毎日が続きそうだ。


(だが、絶対に負けられない)


 そう心を引き締めたところで――。


『――滅せよ』


「……!?」


『滅せよ。魔を滅せよ――』


 突如として、脳内に言葉が響き始めた。


「う、あっ……!」


 頭が割れるように痛くなり、こらえきれずその場にうずくまる。


「道也くん?」


 初音が異変に気がつき駆け寄る。


「お兄ちゃん?」

「……大丈夫……?」

「ちょ、どうしたの!?」


 ヤマブキたちも声をかけてくるが、道也は答えることができなかった。


『例外なく全ての魔を滅せよ。魔王の子など生かしてはならぬ。今すぐ殺せ』


(魔王の子……ヤマブキのことか?)


「そんなこと、するわけないだろっ……ぐがっ!?」


『勇者の力は魔を滅せるために授けた。それに逆らうことなど許されぬ』


「ぐがあっああ!」


 一段と痛みが酷くなり、道也は頭を抱え込んでのたうち回る。


(なんだ、この声は……授けたって、まさか……)


『そうだ。わたしが力を授けた。この世界を正常なものとするため、おまえに勇者の力を授けた。勇者は魔を討つことが使命。それに逆らうことは許されぬ』


(ま、待ってくれっ……力を授けてくれたのは感謝する……だが、ヤマブキは悪い子じゃないんだ……)


『ならぬ! 魔を根絶やしにすることが勇者の使命である!』


「ぐががががっ……!?」

「道也くんっ!?」


 声の主が一喝するとともに、頭が破裂したかのような衝撃が走った。

 その激痛に耐えきれず、道也の意識は遠退いていった――。

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